真相・三

「何だと? 僕たちが八岐大蛇を倒したから、こうなっただって!? 元凶を取り除いた僕たちの行動の何処が間違っていたというんだ!? 見苦しい言い逃れもいい加減にしろ!!」


「聖川殿、お待ちください! 今は蒼殿のお話を聞くべきかと……」


 蒼の言葉を理解しようともせず、ただただ食ってかかる匡史を制止したのは玄白であった。

 自分たちの予想を超えた事態が起きていることをひしひしと感じている彼は、この状況について何かを掴んだ蒼の話へと耳を傾ける。


「お聞かせください、蒼殿。いったい、我々は何を勘違いしているというのです? 八岐大蛇を倒したからこうなったというのは、どういう意味なのですか?」


「……結論から申し上げましょう。この鷺宮領に災いを振り撒き、百合姫さまを狙う八岐大蛇という妖は……最初から存在していなかったんです」


「はっ!? 何を言い出すかと思えば……!! お聞きになりましたか、玄白殿!? 八岐大蛇など、いないだって!? ふざけたことを言うな! 僕たちは間違いなく、八岐大蛇が封印されているとされる洞窟で奴を倒したんだ! その様は、雪之丞さんも確認している! 八岐大蛇が存在していなかったなどというお前の考えは、全くの見当違いだ!!」


 蒼の言葉を思い切り否定した匡史は、唾を飛ばしながら彼を罵倒した。

 匡史の言う通り、大和国聖徒会が八岐大蛇を屠る様を目にした雪之丞も困惑しながらも頷き、肯定の意を見せる。


 しかして、蒼はゆっくりと首を振ると、先程の自分の意見を捕捉するようにして尚も話を続けた。


「聖川殿、あなたたち大和国聖徒会は確かに八岐大蛇を倒した。しかし、それは……んですよ」


「……は?」


 ぽかんと、その言葉を受けた匡史が口を開け、何を言ってるのか判らないといった様子の表情を浮かべる。

 他の面々も蒼の話に理解が及ばないという雰囲気を醸し出す中、蒼は話を玄白へと振り、彼にこんな質問を投げかけた。


「玄白さん、思い出してください。我々が妖から襲撃を受けた際、敵はどのような動きをしていましたか?」


「う、うぅむ……確か、まず今、この屋敷を襲っている黒い靄のような妖が大量に出現し、我々を襲って――」


「その後、八岐大蛇が登場し、呪いの炎での攻撃を仕掛けてくる、といった形だったと思いますが……?」


 父の言葉を継ぎ、二人で蒼の質問に答えた百合姫が彼へと視線を向ける。

 その答えに大きく頷いた蒼は、それを踏まえての解説を行っていった。


「お二人の言う通り、妖の攻撃は二段階に分かれていました。雑魚妖の大群による第一波の攻撃の後、満を持して八岐大蛇が登場し、我々に襲い掛かる。その際、残っていた妖たちは八岐大蛇の呪いの炎で焼き尽くされています。これを我々は、配下の攻撃では埒が明かないと踏んだ八岐大蛇が、役に立たない手下諸共敵を焼き尽くそうとしているのだと考えていましたが……見方を変えれば、八岐大蛇は我々を襲うあの黒い妖を焼き払ってくれたということになります」


「え……?」


「そして、二度目の襲撃の際のことを思い出してください。あの時我々は、足場の悪い山岳地帯で敵に囲まれ、進むも退くにも難儀していました。そこに登場した八岐大蛇は、我々を黒炎で囲んで逃げ場を潰してみせましたが、あれも見方を変えると――」


「――あの黒い妖たちが、百合姫さまに近付けないようにしていた……?」


 炎の囲いの中に百合姫と共に閉じ込められていたこころが、逆説的なその答えを口にする。

 確かにあの時、自分たちは黒い炎の囲いによって逃げることは出来なくなっていたが、逆にあの妖たちも自分たちに手出しが出来なくなってもいた。


 そもそも、あの土地では移動もままならず、囲いなど使わずとも普通に追えばそれで十分に追いつける可能性が高い。

 わざわざあんなことをしても、八岐大蛇が手下の妖を使って百合姫を捕獲しようとしていたのならば、むしろ自分への不利益しか生み出さないのである。


 徐々に、徐々に……この場に集う面々が、その答えに感付いていく。

 ただ一人、思考を停止して呆然としている匡史が自分を置いて真実へと進む周囲の人々を見回す中、唇をわなわなと震わせた雪之丞が、顔を真っ青にしながら蒼へと声をかけた。


「で、では、まさか、八岐大蛇は……!?」


「そう……彼は、百合姫さまを守ってくれていたんです。八岐大蛇は妖などではなく、正真正銘、この土地の守り神だったんですよ」

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