不意の気付き
「お疲れ様です。差し入れ持って来たんで、少し休憩にしませんか?」
「わ~い! こころちゃんってば気が利く~っ!! 将来いいお嫁さんになりますな、これは!!」
ほかほかと湯気を立てる緑茶が注がれている湯飲みを机に置き、蒼たちに休憩を勧めるこころ。
思考が行き詰まっていた蒼は素直にその誘いに乗り、頭をリフレッシュすることにした。
「ありがとう、椿さん。少し頭を整理したいところだったから、助かったよ」
「こんなことしか出来ませんけど、私も蒼天武士団の一員ですからね。少しでも、みんなの役に立ちたいですし……」
「その気持ちだけで十分だよ。縁の下の力持ちとして僕たちを支えてくれる椿さんの働きには、本当に感謝してるから」
ズズズ、と音を立てて茶を啜り、その苦みを堪能しながら、蒼がこころへと感謝の言葉を述べる。
真っ直ぐなその言葉に頬を赤らめ、手にしているお盆で顔を隠したこころは、自分の働きを認められたことに嬉しそうにはにかんでいた。
「ふぅ……いい味だ。程好い苦みのお陰で、眠気も吹き飛ぶ」
考えてみれば、今日の自分は食事や風呂といった時間以外はずっとこの書庫に籠り、調べものばかりしていた。
書物とにらめっこしながらの長時間頭脳労働は、意識していなかったが結構疲労が溜まるものだったようで、茶の苦みによって蓄積されていた眠気が解消されていくことを感じている。
日が落ちた夜の寒さを和らげるような暖かい緑茶の味を堪能し、疲弊した頭脳を休息させていた蒼が、年寄りの如くのほほんと湯飲みを手にして休み時間を楽しんでいると――
「ねえねえ、こころちゃん! お茶請けのお菓子はないの!?」
「あ、ごめん。適当なものが用意出来なくって、お茶だけなんだ」
「え~、ちょっと残念だなぁ。やっぱり渋いお茶は、甘~いお茶菓子と一緒に味わわないと勿体無いよね!」
「こら、折角用意してくれた椿さんに文句を言わないの!」
「わかってるって! 文句なんかじゃなくって、ちょっと残念だな~、って気持ちを口にしただけだよ。お茶を用意してくれたこころちゃんには感謝してるし、足りないものは自分で補えばいいんだもんね~!」
お茶と共に味わう甘味を求めるやよいは、自分の胸の谷間に手を突っ込むと金平糖が入った紙包みを取り出した。
ごそごそとそれを開き、カラフルな砂糖菓子を頬張った彼女は、こころの持って来たお茶と菓子を交互に食べ、幸せそうな声を漏らす。
「ん~っ! やっぱりこの組み合わせが最高!! 蒼くんも食べる? あたしの人肌で温められてるから、ぬくぬくしてて美味しいよ!」
「結構です!! 君って人は、本当にさあ……」
「まあまあ、そう言わないで! あ~んしてあげるから、口開けなよ!!」
「人の話聞いてる!? ちょっと! 何狙い定めてるの!?」
やよいにかかれば金平糖一つでも蒼へのからかいに繋がってしまう。
無邪気なやよいに振り回される蒼の姿にくすくすと笑ったこころは、少し前に風呂場で友人たちと繰り広げた会話の内容を思い出し、何の気なしにそれを口にした。
「ふふふ……! やよいちゃんもそうだけど、涼音ちゃんも同じこと言ってたな。甘いお菓子にはお茶がぴったりだって。やっぱり、みんな考えることは一緒なんだね」
「別に僕もその組み合わせが嫌いなわけじゃないけどさ、今回は眠気覚ましとしてお茶を味わってるんだから、お菓子は必要ないでしょ? 緑茶は緑茶、金平糖は金平糖。常に組み合わせるんじゃなくって、別々の物として味、わ、う……?」
……それは、正に天啓とでも言うべき気付きだった。
やよいの行動に端を発したこころの一言が、蒼にある可能性を思い至らせることとなる。
「……蒼くん? どうかしたの?」
「……二つ、一緒じゃない。別々のもの……だと、したら……」
目の前の机に置かれている湯飲みと金平糖を見つめながら、蒼は思考を深めていく。
ここまで、自分が抱いてきた疑問を紐解くように、思い至った可能性を当て嵌める彼の脳内では、この鷺宮領で聞いた八岐大蛇の逸話と、自分自身が目にしたここ数日の出来事が思い返されていた。
『我が領民が安心して暮らせる土地が日に日に少なくなって……』
『将来、何かの折にこの仕事を振り返ることになった時、そういった認識の誤差が思わぬ誤解を生むことだってあるんだ』
『炎の中に閉じ込められた! これでは外に逃げられんぞ!!』
この鷺宮領に初めてやって来た時に雪之丞から聞いた話。
先日、やよいに話した、正確な記録を残すことの重要さと、それを怠った際に生まれる未来の被害についての話。
そして、二度目の襲撃の際に八岐大蛇の呪いの炎に囲まれ、身動きが出来なくなった時に誰かが叫んだその声を思い返した蒼は……とある結論へと至る。
「そういうこと、なのか……? だとしたら……まずい!!」
「どうしたの蒼くん!? 何がまずいのさ!?」
「僕たちは、とんでもない思い違いをしていた可能性がある! この考えが正しければ、まだ呪いの驚異は去っちゃいない! むしろ、ここからが本番で――」
血相を変えた蒼がやよいへと語る中、不意に書庫の扉が静かに開いた。
その音に反応し、扉の方へと視線を向けた三人は、何処か様子がおかしいタクトの姿を目にする。
「黒岩くん……? どうして、ここに――」
来たのか? というこころの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
自分の姿を捉えたタクトが、狂気に満ちた表情を浮かべて一直線に突っ込んできたからだ。
「きゃあっ!?」
その異質さに、あまりにも唐突な出来事に、防御も回避も出来なかったこころが悲鳴を上げて蹲る。
そんな彼女を救ったのは、タクトが放つ異様な雰囲気を一目で察した蒼とやよいだった。
「ぐ、ぎいっっ!?」
「こころちゃんっ、こっち!!」
こころ目掛けて突っ込むタクトの体を吹き飛ばすように、蒼が体当たりを見舞う。
同時に、後方へと彼女の体を引っ張り、その身を護衛するかのように前に立ったやよいは、武神刀を引き抜くと真剣な表情でそれを構えた。
「な、なに? 何が起きてるの?」
「ぐ、ぐひひっ! こぉこぉろぉ……! やよいぃぃ……っ! きゃわいひおんにゃのこは、ぜぇんぶ、ぼくのものぉ……!! きって、おしたおして、てごめにするんだぁい……!!」
「……こころちゃん、絶対にあたしの傍から離れないで。今の彼は、あたしたちが知ってる彼じゃない!」
およそ正気を保っているとは思えない瞳と、浮ついたを通り越して完全に狂っているタクトの言動が、こころの感じている恐怖を倍増させた。
違う……これは明らかに、タクトではない。
彼の形をした、何か異質な存在を目の当たりにしたこころが身を竦ませる中、開いた扉の向こう側から響く悲鳴と狂騒を耳にした蒼が舌打ちと共に吐き捨てる。
「一歩、遅かったか……! 敵は既に、動き出していた……!!」
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