やはり、暴力は全てを解決する

「まさか、清香があんな簡単にやられるだなんて……」


「敵も馬鹿ではない、ということか。あの女どもの目を掻い潜らなければならないとは、厄介だな」


 夕食後、まだ広間に顔を出さない清香のことを心配しながら、残りのくのいちたちは任務の障害となるこころたちについて話し合っていた。

 燈への接近をガードし、必要以上の接触を持とうとすると実力行使で排除にかかる彼女たちの存在を章姫たちが苦々し気に思う中、短絡的で楽観的な思考の飛鳥が鼻を鳴らして笑みを浮かべる。


「まあ、このくらいの妨害があった方がやり甲斐があるってもんだろ。それに、向こうがあの手この手でオレたちのことを排除しようとするのなら、こっちは一直線に突っ切ってやればいいんだよ」


「一直線に突っ切るって……どうするつもり?」


「へへっ! まあ見てなって!」


 そう、仲間たちに告げた飛鳥は勢いよく立ち上がると、言葉通りに食事を終えてくつろいでいる燈へと近付いていった。

 そうして、卓を挟んで彼の真向いの位置に腰を下ろすと、ずいっとそこに身を乗り出すようにしながら燈へと声をかける。


「なあなあ! 食後の腹ごなしってわけじゃないけど、少しオレと運動しないか?」


「は? 運動って、なにを……?」


「これだよ、これこれ!!」


 予想通りの反応を引き出した飛鳥が、着物の袖を引きながら右腕を卓の上に乗せる。

 腕を曲げ、肘を立てた状態で手を開いたり握り締めたりした彼女は、その手と自分の顔とを交互に見つめる燈に向け、笑顔で答えた。


しようぜ! 鬼をも打ち倒す剣士の力強さに興味があってさあ……ちょっとばかし、胸を貸してくれよ」


「お、おお。そんくらいなら別に構わねえけど……」


「あはっ! ありがとな! そんじゃ、早速――」


 ぺろり、と舌なめずりをして、机の上に身を乗り出すような前屈みの体勢を取る飛鳥。

 敢えて着物の胸元をはだけさせ、褐色の豊かな山々と谷間を見せびらかすようにしながら、右手で挑発するように手招きをする。


 この頃にはもう賢者モードが終了していた燈は、彼女の健康的で興味深い山脈の光景に一瞬だけだが目を奪われてしまった。

 反応は上々、と心の中でほくそ笑みながら、飛鳥が少し熱を帯びた声で彼を誘う。


「な~あ~、早く始めようぜ~! こんなにオレを焦らすだなんて、燈さまは意地悪だな~……!!」


 むにゅっ、むにゅっと、卓に押し付けている胸を弾ませ、潰し、柔らかさと弾力を見せつけるようにして飛鳥が動く。

 発育の暴力とでもいうべき精神攻撃を行う彼女は、結局は強引な戦法が男の股間によく響くことを熟知していた。


(男なら好きだよな~、でっかい乳!! 小細工なんて要らねえ! 見せるモン見せつけて、その時間を出来るだけ長引かせれば、勝手に欲情してくれるって寸法よ!)


 あの手この手でべたつく必要はない。予想外な方法で標的の関心を惹く必要もない。

 結局は単純シンプルな力技こそが一番強いのだと、自身の最大の武器である褐色巨乳を弾ませる飛鳥が、心の中で作戦の成功を確信した時だった。


「ほう? 随分と面白そうなことをしているじゃないか。……私も、混ぜてくれよ」


「うっ……!?」


 やや低めの、脅しの意味を含ませた呟きと共に、燈の背に二つの柔らかな感触が押し当てられる。

 背後から彼にのしかかるようにして話に乱入してきた栞桜は、燈の肩越しに飛鳥と睨み合い、彼女の思惑に待ったをかけた。


「し、栞桜? なんだ、急に……!?」


「気にするな。私も食後に少しだけ体を動かしたくなってな……軽い運動代わりだ、女相手なら私に譲れ」


「……ちっ」


 余計なことを、と自分と燈の間に入ってきた栞桜へと明らかな不快感を見せる飛鳥。

 実際に挟まれているのは燈の方なのだが、今の彼はそれどころではない。


 前方に顔を向ければ、そこには健康的な小麦色をした山々が燈の眼を楽しませるように鎮座している。

 ともすれば、着物からこぼれて全容が見えてしまいそうなくらいの大胆さを見せる飛鳥の胸元から目を逸らしたとしても、背後には彼女の山脈以上の質量を誇る栞桜の双峰が押し当てられているのだ。

 先日の一件を想起させる現在の状況に全身を硬直させた燈は、既に腕相撲のことなんて頭の中から消し去ってしまっている。


 これぞまさしく、前門の虎後門の狼……自分に襲い掛かっているのは二人の少女で、傍から見れば羨ましい状況としか思えなくもないが、異様な気迫を放つ栞桜と飛鳥の両名に挟まれる燈の心臓は、うるさいくらいに早鐘を打っていた。


「わ、わかった! ここはお前に任せる!」


「……ああ、そうしてくれ。お前はそこで、勝負を見守っているといいさ」


 その重圧と、背後からのしかかる柔らかな重みに耐え切れなくなった燈が叫ぶようにして栞桜に腕相撲の相手を譲った。

 折角の燈と接触する機会を潰された飛鳥は、自分の邪魔をした栞桜と向かい合いながら恫喝するような視線を向ける。


(畜生が。手さえ繋いじまえば、谷間見せる時間だって幾らでも作れたのによ……! このデカ乳女、ぜってぇに許さねえ!!)


 直接の触れ合いと胸の谷間の強調さえあえば、燈への女性的アピールは十分過ぎるくらいだ。

 もしかしたら、積極的な飛鳥の態度に彼の方から夜伽の相手を求めてきたかもしれないのに……と、自分の計画が順調に進んだ際のことを思った飛鳥が、それを果たせなかった原因である栞桜を恨みを込めた目で睨んだ。


 昼間のことといい、今といい、この女は常に自分の邪魔をしてくる。

 少しばかり自分より胸が大きいからって調子に乗りやがって、と個人的な感情も含めた憎しみを抱いた飛鳥は、その怒りを気力へと変換して、右腕へと込めていった。


(丁度いい! 清香の仇討だ! こいつを瞬殺して、邪魔者を一人消してやるよ!)


 精鋭くのいち部隊・紅頬の中でも飛鳥の身体能力は頭一つ抜けている。

 特に純粋な力という部分であるならば、他の面々の追随を許さない程だ。


 褐色の肌に包まれた、細く見えてしっかりと鍛え上げられている腕の筋肉に力を込めると同時に、そこを更に強化するように気力を注ぎ込む。

 じっくり、たっぷりと練り上げた気力によって腕力を更に底上げした飛鳥は、ニタリと口元を僅かに歪めると栞桜へと挑発の言葉を口にした。


「さあ、いつでもいいぜ。かかってこいよ」


「………」


 無言のまま、飛鳥の手を取る栞桜。

 余裕を見せる飛鳥は、相手が何をしてこようともそれを跳ね除けて逆転勝利するだけの自信があった。


 如何に凄腕の剣士といえど、同じ女との力勝負ならば十分に勝ち目はある。

 重い刀を振り回しているから腕力に自信があるのかもしれないが、自分が井の中の蛙であることを教えてやろうではないか。


(軽く、事故を装って、腕の関節を外す。こいつが痛みに泣き喚く様が楽しみだぜ……!!)


 くのいちとしての技量と、自分自身の筋力を合わせれば、その程度のことは造作もない。

 脱臼の痛みに悶える栞桜の姿を見れば、少しは自分や仲間たちの留飲も下がるだろうと、清香を厠送りにして報復行為を目論んでいる飛鳥は、じっと相手の様子を観察してその瞬間に備えた。


「………」


(はっ、なんだよ? オレのことを舐めてるのか? 所詮は小娘の細腕だと、本気を出さないつもりかよ)


 目の前の栞桜の肉体からは、力みも筋肉の膨張も感じられない。

 気力を用いることもしていなさそうで、本当に軽い力で飛鳥の相手をするつもりのようだ。


 自分を軽視するその態度に、短気な飛鳥の心は瞬間湯沸かし器のように沸騰した。

 必ずやその舐めた態度を後悔させてやると、出来る限り痛い関節の外し方を行ってやると……そう、決意を固めた彼女が獰猛な眼差しで栞桜を睨む中、飛鳥へと冷ややかな視線を向ける彼女が、軽い声と共に腕に力を込めた。


「……ほいっ」


 飛鳥の手を握った右腕を、左方向に倒す。たったそれだけ、それだけの行為だ。

 腕相撲などしていないような気軽な掛け声で腕に力を倒そうとした栞桜へとカウンターを決めようとしていた飛鳥は……その瞬間、世界が回転する光景を目にする。


「へっ……?」


 ぐるん、とまずは挨拶の一回転。

 その場で宙を舞い、握ったままの栞桜の手を支点に回転する彼女のことを、仲間たちが驚いた表情で見ている姿が目に映る。


 標的である燈が、これまでのやり取りを見守っていたやよいと蒼が、一瞬にして顔を青ざめさせ、この後に起こる大事故を予想する中……その予想を裏切ることなく、栞桜が握ったままの飛鳥の手を離し、彼女を解放してみせた。


「あひゃあぁぁぁぁぁ……」


 飛鳥が上げる悲鳴を耳にした燈が、まるで扇風機に向けて大声で叫んだ時の声みたいだなと、この状況にそぐわない緊張感の欠片もない思いを抱く。

 それ程までの回転で宙を舞い、うねり狂っていた飛鳥の体が広間の畳に触れた瞬間、自動車のタイヤよろしく彼女は回転の勢いのままに屋敷の中を転がっていった。


「あああ、飛鳥ーーっ!?」


 一枚、二枚、三枚……と、襖をぶち破って奥の部屋に転がっていく仲間の名を叫んだ章姫は、届くはずがないと理解しながらも懸命に手を伸ばさずを得なかった。

 徐々に遠くなっていくその悲鳴と、逆に大きくなる何かが壊れる音を聞いていた彼女の耳に、平然とした様子の栞桜の声が響く。


「……すまん、うっかりだ。悪気はなかった」


「おまっ……! 馬鹿か!? お前のゴリラ染みた力を発揮したら、ああなるってわかるだろ!?」


「そもそも燈くんも栞桜ちゃんに腕相撲なんてさせちゃ駄目だよ!! 予測出来た結末だったじゃない!!」


「あ、あの子、生きてるかい? 肉団子になってたりしないよね……?」


 栞桜を叱責する蒼天武士団の面々を紅頬の生き残りが愕然とした様子で見つめる中、呑気に食後の茶を啜っていたこころと涼音は、大して焦ることもなく仲間たちへと言ってのける。


「大丈夫だよ。栞桜ちゃんもしっかり手加減はしたんでしょ? 気絶はしてるかもしれないけど、大怪我まではいってないって」


「向こうは、気力を用いてた。手加減が難しくなって、当然……これは仕方がない、こと。不幸な事故だったわね……」


「んなわけあるか!! 事故で済む範疇を越えてるぞ、これは!」


 無茶苦茶な擁護をする涼音たちに怒鳴り、明らかに異質な雰囲気を放つ女性陣に対しての恐怖心を強める燈。

 そんな彼を尻目にすっくと立ちあがった栞桜は、大きく頷きながら一人呟きを漏らした。


「……やはり、いざという時はこの手に限るな」


 。困った時は、力業で何もかもをねじ伏せてしまえばいい。

 規格外のパワーを持つ彼女がそれをやると周囲に甚大な被害が出るということだけを除けば、非常に有用な物事の解決法を見出した栞桜は、飛鳥が転がっていった部屋の先を見つめながら満足気に頷くのであった。

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