再び、くのいちたちの作戦会議

「それで、すごすご逃げ帰ってきたと? あれだけ大口を叩いておいて、不甲斐ないことね……」


「し、仕方ないでしょう!? 状況が変わったなら、こちらも動きを再確認すべきなのは当り前じゃない!」


「落ち着けよ咲姫! ……言い訳じゃないけどさ、オレも咲姫の言うことは正しいと思うぜ。事前の情報と食い違いが発生したら、そこで作戦を練り直すべきだろ?」


 約束の時刻、離れに再集合した紅頬の面々がそれぞれの報告を行う中、咲姫からの話を聞いた章姫が嘲笑混じりに彼女を馬鹿にする発言を口にした。

 そんな彼女の態度に憤慨し、食って掛かろうとする咲姫を止めた飛鳥が見た目に反して冷静な意見を述べる。

 ちっ、と舌打ちを鳴らし、その意見の正当性を認めた章姫は、淡々と作戦会議を進行していった。


「虎藤燈と蒼が女に興味があることがわかってなによりだけど……既に女を作っていたとは予想外だったわね」


「武士団の仲間に手を出すってことは、それなりに遊び人ってことかしら?」


「そうだと思うわ。あのおじさまから話を聞いた限り、二人はおじさまの師匠みたいだし……弟子は師に似るっていうじゃない?」


「そもそも同時に女三人に手を出してる時点で遊び人だろ。流石は凄腕の剣豪様だ、夜の稽古も無双中ってか?」


「……一度、状況を整理しましょう。この屋敷に住んでいる人間と、その関係性を確認すべきね」


 すっ、と懐から紙と筆を取り出した章姫が、それを仲間たちの前で広げる。

 そうした後、他の四名からの視線を浴びながら、その紙に筆を走らせて屋敷の住人たちの名前を書き記していった。


「この屋敷に住んでいる人間は総勢九名。内訳は男が四の女が五。その内、好々爺であり、虎藤燈と蒼の師匠である宗正とかいう男と、基本的に部屋で過ごしている百元という男に関しては放置しておいていいわ」


「男性の中で注目すべきは、あくまで標的である二名だけということね?」


 夕紅の言葉に頷き、肯定の意志を見せた章姫は、今度は女性陣についての情報を話し始めた。


「次に女連中、屋敷の主である桔梗には要注意ね。私たちの素性まではわかってないと思うけど、もう十分に怪しまれていると思うわ」


「いいとこのお嬢様役をこなしながら色仕掛けするなんて無茶な話だしな。俺たちが何か目的を持ってこの屋敷に潜入したことはバレてるだろうぜ」


「でも、仕事を請け負った以上、私たちが致命的な失敗をしない限りは彼女が私たちを追い出すことはしないと思うわ」


「彼女に確固たる証拠を掴ませないことを意識して立ち回りましょう。つまりは、いつも通りってことね」


 普段から自分たちの素性や目的を気取られぬように立ち振る舞うことは意識している。

 それは誰が相手であろうとも同じようにすることで、相手が桔梗だからといって気を抜くことも必要以上に気負う必要もない。


 ここまでは、いつも通り。問題なく進めることが出来る範疇の話。

 この作戦の肝にして、大きな障害となる存在はここからだと、話をしている章姫の声と表情に真剣みが宿っていった。


「残りの四名は蒼天武士団の団員にして、おそらくは虎藤燈と蒼の女……こいつらの妨害を突破しつつ、二人を誘惑しなきゃならないわね」


「取り合えず、どんな娘たちがいるのかを教えてくれないかしら? 私、ずっと宗正の相手をしていたから、見た目も雰囲気も何も知らないのよね」


「わかった。では、まずは……椿こころ、蒼天武士団の裏方役を務め、この屋敷では団員たちの世話役も引き受けているようだ」


「オレたちに真っ先に絡んできた奴か。見た目の割に、案外根性あるみたいだな」


 とん、と指で地面を叩き、忍術によって投影したこころの容姿を仲間たちに見せる章姫。

 先の苦いやり取りを思い出した飛鳥と咲姫が顔を顰める中、最重要事項として章姫がこころに関するある情報を仲間たちに告げた。


「お前たちも耳に挟んでいるとは思うが、虎藤燈は元は大和国出身の人間ではないらしい。幕府が召喚した異世界の英雄の一人であり、どういう経緯があるかはわからないが、彼らと離れて蒼天武士団として活躍する道を選んだ、とのことだ」


「それは知ってるけど……だからどうしたの?」


「……実は、この椿こころも虎藤燈と同様、異世界出身の人間だという話だ。彼女と燈との関係性は、私たちが思っているよりも深いのかもしれない」


「なるほど……! あの女、嘘は言ってなかったってことか」


「てっきりあの娘もこの世界に来てから虎藤燈の女になったものだと思っていたけど、もしかしたらそれよりも早くに関係を結んでいたのかもしれないわね」


「でも、虎藤燈の方はそこまで意識してる感じじゃなかったな。一緒に仲間たちのところから駆け落ちしたにしちゃ、扱いが雑じゃないか?」


「案外、あの娘はもう飽きられてるのかもね。虎藤燈は他の可愛い女の子に目移りしてるのかもよ」


 そう告げる清香の言葉が、一同には最もしっくりくる答えであった。

 なんとも燈にもこころにも失礼な発言を繰り返す紅頬たちは、そこでこころから次の人物へと話題を切り替える。


「西園寺栞桜。この屋敷の主である桔梗の養女にして、蒼天武士団の戦闘要員の一人。性格は苛烈、直情、短気……と、およそ女らしくないものね」


「でも、体は思いっきり女してる。こういう女って押されると弱い傾向があるから、虎藤燈に目を付けられてずるずると体を許して……みたいな展開があったのかもよ?」


「お手付きになったかまだかはわかんねえけど……こいつも思いっきりオレたちを威圧してきた。虎藤燈の女なのは間違いねえ」


「っていうか、こいつ本当に剣士なの? 夕紅にも負けず劣らずの胸してんじゃない」


 性格と肉体に関しての栞桜の地雷を踏みまくるくのいちたち。

 もしもこの話を栞桜本人が聞いていたら相当に恐ろしいことになるだろうが、そんなことも気にせずに彼女たちは話を続ける。


「同じく、桔梗の養女にして蒼天武士団の一員である西園寺やよい。子供のような身形だけど他の面々と歳は同じで、副長を任されるくらいの優秀な人材みたい」


「こいつ……っ! 私の背中を易々と取った挙句、おっぱい見せびらかしてきて……!! 許せない~~~っ!!」


 トラウマを思い出したかのように畳をばんばんと叩く清香へと溜息を漏らした四人は、彼女を放置して話し合いを続けることにしたようだ。

 神妙で、懸念的な表情を浮かべながら、小さく低い声で意見を交換し合っている。


「……どう思う?」


「微妙なところね。蒼の性格が清香の見立て通りだっていうのなら、お手付きになってる可能性は低いと思うわ」


「でもよ、少しでもこいつに気があるとしたら、真面目な性格の蒼はオレたちに靡くことはねえんじゃねえか?」


「そこよね。完全に、これっぽっちも女性として意識してなくって、団長と副長の関係性を貫き通しているとしたら、まだ芽はあるけど――」


 そこで言葉を切って、全員で暫し想像。

 愛らしい容姿をしていて、しかも女性としての魅力さを感じさせる豊満な肢体を持ち、陰に日向に自分を支えてくれる少女が常に傍にいたとして、男がそれを欠片も意識しないということはあり得るのだろうか?


 恋愛経験は皆無であるが、男性の思考というものをある程度は把握している一同は、数秒間の思考の後、全身揃って同じ答えを口にした。


「無理、あり得ない」


 考えるまでもない。普通の男なら、こんな女に惚れない道理があるはずがないではないか。

 むしろ手を出していてもなんらおかしくないと思えるくらいの関係性を感じさせる両者に関しての考察を深めた結果、一同はそういう相手専用のやり方で蒼に向かうと決めたようだ。


 そして、最後。残る一人の人物の姿を投影する章姫。

 無表情、無口、不愛想と三拍子そろった銀髪の少女の姿を目にした一同は、これまでとは趣の違う彼女の容姿に小さく息を吐く。


「鬼灯涼音、蒼天武士団戦闘員。こいつに関しての情報はあまりないわ。ただ、剣の腕は相当に立つみたい」


「貧相な体してる割には、妙な色気があるんだよな……なんていうか、ゾクっとくるっつーか……」


「この子、自分の女としての長所と短所をしっかり把握してる娘ね。私たちと似てる部分があるわ」


「こっちの思考が筒抜けになってる可能性があるってことか、やりにくいわね……」


 情報が少ない故に対策を練りにくい相手とぶつかってしまったくのいちたちが苦々し気に感想を吐き捨てる。


 体、という部分ならば十分に勝機はあるが、向こうには燈の性格や嗜好を把握しているという情報的なアドバンテージがあり、それを覆すのは容易な話ではない。

 蒼はまだしも、女性三名を侍らせている燈の好みがどんな女なのか?

 こころも栞桜も涼音もそれぞれが全く違うタイプの美少女であるため、流石のくのいちたちもその判断がつかないでいた。


「……仕方がない、か。ここは、見に徹しましょう。幸い夜までにはまだ時間があるし、標的たちの女性の好みを把握するための余裕はあるわ」


「ここからは私も参加しましょうかね。もう、あのおじさまから聞き出せる情報は全部引き出したと思うし……」


「おしっ! 夕紅がいれば男たちの目もこっちに向くだろ! 百人力だぜ!」


「あとはさりげなく私たちを意識させるように動いて、揺さぶりをかける感じかしら。そこからは、向こうの反応次第ね……」


 会議の結論は出た。再び情報収集、これに尽きる。

 女慣れしていない童貞から、ある程度の女遊びを知っている男たちへと脳内で燈と蒼の位置付けを変えたくのいちたちは、彼らの女性の趣味を探るべく行動を開始するのであった。

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