燈が思ふに

「……元気なかったな、あの村の連中。やっぱ、戦が近くで起きてると不安になるんだろうな」


「……そうだね。銀華城が陥落した時もそうだけど、今回はそれ以上に規模の大きい戦いだしね」


 蒼と共に周辺の村々の警邏を行っていた燈が、数日前と比べて随分と静かになってしまった村の様子を思いながらそう零す。

 どことなく村の住民たちの顔は疲れ気味だったし、代表である村長も以前と比べておどおどとした雰囲気で蒼と話していたような気がする。

 心なしか鶏たちの活気も消え失せ、一人でエサやりを行っていた男も沈鬱な表情を浮かべていた。


「これが、戦って奴の影響か。狒々の時はすぐに終わっちまったからわからなかったけど、戦場以外にもこんなに影響が出るものなんだな」


 しみじみと、戦の恐ろしさに怯える人々の姿を見た燈は、如何に大和国の人々が妖に恐怖を抱いているかを再認識した。

 桁外れの気力を持ち、それを活かせるだけの修行を積んだ自分たちにとっては恐れるに足りない敵も多くいるが、そういった妖ですらもただの村人からすれば十分過ぎるほどの脅威なのだ。


 そんな妖が、徒党を組んで近くで暴れまわっている。

 城を落とし、そこを住処として、幕府の派遣した軍と激しい戦いを繰り広げている鬼たちが何時、軍勢を率いてこの村に襲い掛かって来るかも判らない状況で、不安を抱くなという方が無理な相談だ。


 不安を取り除いてやりたいと、燈は思う。

 鬼たちの脅威に怯える村人たちを救うには、一刻も早い戦の決着が必要だ。

 しかし、最近の戦ぶりを見るに、匡史が率いる軍の兵たちは、どうにも戦いに身が入っていないように思えた。


 無論、要害である銀華城元来の堅牢さと、鬼たちが懸命に防備を固めていることもあるのだろう。

 しかして、今の幕府軍からは初戦のぶつかり合いの時には僅かに感じられた真剣さが消え失せてしまっている。

 もうこの戦には勝ったも同然だろうと、無謀な戦い方をして死ぬような真似は避けたいと、そんな彼らの慢心が見て取れる戦いぶりに、燈は怒りと苛立ちが抑えられずにいた。


(こっちには負傷兵がいるんだ。無駄に戦を長引かせるくらいなら、さっさと城を落として決着をつけやがれってんだよ!)


 このまま浮ついた気分でいたら今に痛い目を見るぞ、と幕府軍の兵たちの様子を見る度に燈は思う。

 だが、彼らが手痛いしっぺ返しを食らうということは、それ即ち銀華城の周囲に住まう人々の命が脅かされるということなのだ。


 こうして数日間、任務として村を巡り、そこに生きる人々の姿を見続けた燈には、彼らに対する情というか、その生活を守りたいという責任感というものが芽生えていた。

 それは第三軍の兵たち全員が同じで、仲間の命もそうではあるが、人々が戦に巻き込まれて苦しむことだけは起きないようにと各自が尽力している。


 ここ最近の村人たちの暗い様子に心を痛めている者も多いだろう。

 その気分の沈みが仕事に影響を出さないといいのだが……と考えていた燈は、そこでふと隣を歩いているはずの蒼の気配が感じられないことに気が付き、顔を上げた。


「蒼? どうしたんだ?」


 歩いて来た道を振り向けば、少し戻った位置に蒼の姿がある。

 顎に手を当て、足で地面を何度か叩きながら何か考え事をしている風な彼に対して質問を投げかければ、軽く息を吐いた後で蒼は静かに答えを返してくれた。


「……少し気になることがあって考え事をしてたんだ。燈、今夜時間を貰えるかい? 付き合ってほしいことがあるんだけど」


「え……? あ、ああ、構わねえぞ。でも、急にどうしたんだ?」


「それは後で話すよ。今は陣地に戻って、椿さんたちと一緒に負傷兵の看病をしよう」


「そう、だな……椿の奴、休む暇もなく働いてるし、ここらで少しゆっくりさせねえと倒れちまいそうだしな……」


 それは、自分の隣を歩む男も同じだが、という言葉を飲み込んで、蒼を見つめる燈。

 いきなり責任者を任された重圧や匡史たちからの嫌がらせ、部隊員たちを纏め上げ、一切の失態を犯さないようにしなければならないというプレッシャーに圧し掛かられながらも、蒼は見事に自分の責務を全うしている。


 朝早くからその日の行動を考え、必要な物資と兵糧を計算しつつ、兵士たちに仕事を言い渡す。

 昼は昼で直に足を運んで村の様子を確認し、代表者たちと話をしてから帰陣。そこからも負傷兵の看病を自ら行ったり、本陣から送られてきた使者の相手もしなくてはならない。

 夜になったらその日の報告書を纏め、消耗した物品の確認を行って、時には夜襲に対する警備に出たり、それがなくとも指揮官としての仕事を幕舎の中で行う蒼は、文字通り不眠不休での仕事ぶりを披露していた。


 それでいて、まだまだ余裕があるように振舞う蒼の態度には驚嘆するしかないなと思いながら、そういった彼の手伝いを出来ないことを燈は歯痒く思う。


 磐木での出来事から自分の無力さを自覚したこころは、いざという時のために応急手当をはじめとした簡単な医療行為の手解きを宗正や桔梗から教わっていたらしい。

 目の前で冬美が刺され、それに対して自分が何も出来なかったことを気に病んでいたからこそ、こころは少しでも自分に出来ることを増やそうとしたのだろう。

 そのお陰で負傷兵の看病という役目をこなせるようになったことをこころ自身は喜んでいたが、過酷な任務に昼夜問わず励んでいる彼女の姿を見る燈たちの心境は複雑だ。


 取り合えず、今は蒼の言う通りに陣に戻り、こころの手伝いをして彼女の負担を軽くしようと思いながら、同時にこの戦が終わったら自分も兵法や戦術について学ぼうかなと燈は思った。

 そして、これってなんだか死亡フラグみたいじゃないかと自分自身で思い、苦笑してから……仲間たちと共に、三軍の陣地へと歩んでいった。

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