慎吾vs『第三の型』



「あ、燈くん! 私、重くない?」


「平気だ! あんまり喋るなよ、椿! 舌噛んじまうぞ!!」


「う、うんっ!」


 仲間たちと共に疾走する燈に背負われているこころは、そんな燈からの注意に口を閉じて大きく頷く。

 気力操作による身体能力強化が出来ない自分を連れて行くにあたって、こういった措置を取らなくてはならなくなってしまったことに申し訳なさを感じながら、こころは肌を刺すような強烈な妖気に体をぶるりと震わせる。


 戦いとは無縁の自分にも感じられる、禍々しい気配。

 これが物の怪が発する邪気なのかと、初めてそれを感じ取っているこころは、自分が今、その気配に着々と近付いているという緊張感にごくりと息を飲んだ。


 燈と王毅たちとの誤解を解き、真実を伝えることばかりに意識が向いていたが、この戦いの本題は妖刀を振るう辻斬り犯こと、鬼灯嵐との決着をつけることである。

 改めて、感じ取っている強い妖気から、自分が途轍もなく危険な戦いに参加しようとしていることを理解したこころであったが、それも覚悟してここまでついて来たんだろうと、自分自身を叱咤して、挫けそうになる心を強く奮い立たせた。


 これ以上、燈だけにクラスメイトたちと戦う苦しみを背負わせたりはしない。

 彼だけを王毅たちからの憎しみに晒すことも、敵としてみなされて殺意を向けられることもさせはしない。


 誤解が解けようとも、解けずとも、自分は燈と一緒だ。

 憎まれるのも敵として殺害対象として見られるのも、燈と一緒であろうと硬く決意した彼女は、ぐっと燈の肩を掴む手に力を籠める。


 もしも、自分の説得に王毅たちが耳を貸してくれなければ、自分の目の前でクラスメイトたちと仲間たちが戦う姿を見ることになってしまう。

 それを避けたいという気持ちと、自分の双肩に全てがかかっているという緊張感に吐き気を催すこころであったが、不意に頬を掠める風の勢いが弱まったことを感じて顔を上げた。


「ど、どうかしたの? まさか、敵……?」


「……ああ、らしいぜ。あちらさん、俺たちをお待ちだ」


 風のように走り続けていた燈たちは、前方から感じる気配に足を止め、慎重に先へと進んでいく。

 燈の背から降りたこころもまた、仲間たちの後を追って進んでいき……その先で、見知った顔と再会した。


「……来たな、虎藤。お前をこの先に行かせるわけにはいかねえ。腰の妖刀を回収するためにも、俺にぶっ飛ばされてもらおうか!」


 サッカー部の守護神として名を知られる巨漢、石動慎吾が姿を現した燈たちへと敵意を剥き出しにした咆哮を叫ぶ。

 明確な殺意と、クラスメイトであったはずの燈と戦うことへの迷いを感じさせない覇気の強さを込めたその叫びはビリビリと空気を震わせ、こころの体をも竦ませるが、それでは自分がここに来た意味はないと自分を叱りつけた彼女は、意を決して慎吾の前へと飛び出した。


「ま、待って、石動くん! わ、私のこと、わかる? 隣のクラスの椿こころだよ!!」


「ん……? 椿、だと……? お前は確か、何人かの仲間たちと一緒に学校から脱走したはずじゃ……?」


「違うの! 私は脱走なんかしてない! 本当に色々なことがあって、紆余曲折の果てに燈くんに助けてもらって、一緒にいるの!! お願い、私の話を聞いて! そうすれば、燈くんがあなたたちの敵じゃないってことがわかってもらえるはずだから……!!」


 慎吾は、予想だにしていなかったこころの登場に面食らったようだ。

 一瞬でも彼の闘争心を抑えることに成功したこころは、もしかしたらこのまま話を聞いてもらえるのではないかという期待に胸を躍らせた。


「聞いて、石動くん。私、本当は――」


 自分が脱走したというのは、順平の真っ赤な嘘。

 本当は都合の悪い秘密を知ってしまったが故に、彼に遊郭へと売り飛ばされてしまったのだと、真実を告げようと口を開いたこころであったが……慎吾は、そんな彼女の言葉を遮るようにして、得意技である陽光の砲弾を放った。


極光・太陽拳サンバースト・ナックルっ!!」


「えっ……!?」


 前触れも、予兆もなく唐突に繰り出された慎吾の攻撃に対して、こころは驚きに眼を見開くことしか出来なかった。

 地面を焦がし、空気を焼く気力で作られた小型太陽の熱を感じながら立ち尽くす彼女にあわや攻撃が直撃する寸前、『紅龍』を抜いた燈が一刀の下に慎吾の攻撃を切り払う。


「椿! 大丈夫か!? 怪我は!?」


「だ、大丈、夫……い、石動くん、どうして……?」


「……はっ! 俺がそんな手に引っ掛かると思っているのか、虎藤? どうやったかは知らないが、まさか椿まで洗脳して手駒にしてるとはな!」


「せ、洗脳……? 何を言ってるの? 私は正気だよ! 誰にも操られてなんかない! 私の意志で、本当のことを話してる! ねえ、お願いだから話を聞いて! そうすれば、石動くんだってきっと――」


「ごちゃごちゃとうるせえんだよ、操り人形が!! お前は引っ込んでろっ!!」


 腕の具足に溜めた気力を、今度は熱風と衝撃波として放つ慎吾。

 陽光の砲弾ほどの威力はないが、十二分に人を蹴散らせるだけの力を持つ彼の攻撃を受けたこころは、悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。


「きゃあっっ!?」


「椿っ! しっかりしろ!!」


「う、うぅ……っ! ごめん、燈くん……私、結局足手纏いにしかならないみたい……!! 私の声、みんなに届かない……!」


 容赦の無い攻撃に晒され、対話を拒絶されたこころが悔しさに涙を滲ませながら燈へと謝罪する。

 覚悟はしていたが、実際にこうしてかつてのクラスメイトたちから敵としてみなされ、攻撃を受けるというのは、優しい彼女にとっては想像以上の精神的ショックをもたらしたようだ。


 燈は、視線でこころに対して「お前は十分にやった」と感謝の気持ちを伝えると共に、彼女に暴虐な態度を取った慎吾へと怒りを込めた視線をぶつける。


「石動……! てめぇ、想像以上に腐ってたみてえだな。武器も持ってない、戦うつもりもない女に手を上げるだなんて、それが男のやることか!?」


「妖刀に手を出したお前に言われたくはねえな。そもそも、お前と一緒にいる時点で椿も同類! 脱走の罪も含めて処刑されてもおかしくないところを、手加減して攻撃してやっただけでも感謝してほしいくらいだぜ」


「処刑、だと……? てめえらは、仲間を殺すことに何の躊躇いも持たねえのか!? 何様のつもりだ、この野郎!!」


 こころを裁き、その命の行方を処断しようとする慎吾の物言いに怒りを爆発させる燈。

 対して、慎吾の方は努めて冷静に、冷酷に、残酷とも取れる言葉を口にする。


「幕末最強組織である新選組は、組を抜ける奴には切腹を命じてたんだ。どんな理由があれ、お前も椿も学校から抜けた人間。お前たちはもう、俺たちの仲間じゃない! 隊規に乗っ取り、お前たちを粛正するっ!!」


「……ああ、そうかよ。お前がその気なら、こっちも相応の手段で行くぜ? 土方歳三気取りの大馬鹿野郎をぶっ飛ばしてやる!」


 自分だけでなく、こころまでもを殺害対象としてみなしている慎吾の叫びに、燈の怒りが爆発した。

 かつての仲間を、クラスメイトを、何の迷いもなく殺すと言い放った彼に対する激怒の感情は怒髪天を衝くほどであり、溢れ出す気力が炎となって『紅龍』の刀身を燃やしている。


 こころの説得に耳を貸さないばかりか、無抵抗の彼女に攻撃まで仕掛けた慎吾を許すわけにはいかない。

 こころの想いを踏み躙った彼に報いを受けさせるべく前に出ようとした燈であったが、そんな彼の肩を掴む人物がいた。


「待て、燈。あの男の相手は、私がする」


「し、栞桜……? うおっ!?」


 肩を掴まれた感触に驚いて振り返った燈が見たのは、精悍な表情を浮かべる栞桜の姿だった。

 そのまま、自慢の馬鹿力で燈を引き寄せ、こころの傍に押しのけた彼女は、腰から『金剛』を引き抜くと共に彼らへと言う。


「こころ、確かにあの男はお前の話を聞かなかった。だが、だからといって全員が全員、あいつと同じ反応を返すとは限らん。お前が諦めない限り、可能性はあるはずだ。お前は強い、こんなことでへこたれる人間じゃない……そうだろう?」


「栞桜ちゃん……!!」


「……燈、あの男を許せないというお前の気持ちはもっともだ。しかし、仲間たちを説得しようとしているこころを支えられるのは、お前を置いて他にいない。……お前は、こころと一緒に先に行け。あの男の根性を叩き直す役目は、私が担う!!」


 『金剛』の能力を解放、大剣の形へ変化させる。

 巨大な鉄の塊と化した愛刀を軽々と持ち上げ、双眸で慎吾を睨み付ける栞桜の背を見つめた燈は、彼女に対して大きく頷くと共にこの場を託す決断を下した。


「わかった。ここはお前に任せるぜ、栞桜。思いっきり、ぶちかましてくれよ!」


「ああ、任せろ! ……こころと、妖刀に関しては任せたぞ!」


「おうっ!! 行くぞ、みんなっ!!」


 こころを背負い、再び進軍の構えを取った燈たちは、立ち塞がる慎吾の防衛網を縫うようにしてその横をすり抜けようとする。

 当然、彼らを先に行かせないことを目的としている慎吾は、その動きを妨害しようとしたのだが……。


「おおおおおっっ!!」


「ちっ!? ぐううっ!?」


 真正面から、武骨な大剣を手に突っ込んで来る栞桜の攻撃を防ぐことに集中した彼は、自分の横を駆け抜けていく燈たちを取り逃がしてしまった。

 腕に響く重い衝撃と、みすみす敵を先へと進ませてしまった苛立ちに舌打ちを鳴らした彼は、ギラついた視線を自分と戦おうとしている栞桜へと向ける。


「随分と、俺を舐めてくれたもんだな……! 女一人で俺に勝とうなんざ、百年早いんだよ! 悪いが、俺は女相手でも手加減しねえ! さっさとお前を仕留めて、虎藤たちを追わせてもらうぜ!」


「ふんっ……! 随分と上から物を言ってくれるじゃあないか。先の発言もそうだが、異世界の英雄様は随分と腕に自信があるようだ。ならば、そうだな……お前の相手は、この型が相応しい」


 女であり、自分よりも背が低い栞桜に対して威圧感を交えながら吼える慎吾であったが、当の栞桜はそんな彼からの言葉を一笑に附すと、手にしていた『金剛』を上空へと放り投げた。


 人一人分はありそうな大きさの大剣を軽々と放り投げた彼女の力に驚く慎吾であったが、腕力ならば自分も負けていないと気を取り直し、わざわざ武器を捨てた彼女の次の動きへと注意を払う。

 そんな彼に対して、握り締めた拳を突きつけた栞桜は、先の燈にも負けない怒りの形相を浮かべながら叫んだ。


「お前は、何もわかっちゃいない! 人を強くするのは、厳しい規則でも冷酷な覚悟でもない! 誰かを信じる、心の絆だ! 私は、こころと燈からそのことを教えてもらった! あいつらのお陰で、私は真の意味で強くなれたんだ! ……だから、私はお前を許さない! 私の大切な友を傷つけ、涙させた貴様は、私がこの手で叩き潰す!」


 そう、慎吾に吼える栞桜の頭上では、彼女に放り投げられた『金剛』が新たな形へと変化を見せていた。


 分厚い鉄の塊が、四つの部品に分かれる。 

 そのそれぞれが栞桜の両腕、両脚に物凄い勢いで落下すると共に装着されると、桜色の光を放った後、手甲に宝玉が埋め込まれた具足の形へとしていった。


手甲ガントレット脚甲レガース……! 俺と同じタイプの武神刀か!?」


 光が収まった頃、黒と桜色に彩られた具足を両手両足に装備した栞桜が、無手での戦いの構えを見せて立ち塞がる姿が慎吾の目に映る。

 大剣、弓に続き、新たなる『金剛』の型を披露した栞桜は、戦いの呼吸を整えながら再び慎吾に向けて叫んだ。


「『金剛』第三の型『榛名』!! さあ! 具足型の武神刀の使い手同士、殴り合いで勝負といこうじゃないか! その体格だ、ちょっとやそっとじゃ壊れはしないだろう? 多少、手荒いやり方ではあるが……お前の根性を、叩き直してやる!!」

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