一同、北へ!



「おばば様~、話ってなに~?」


「慌てるんじゃないよ、やよい。まずはそこに座って話を聞く姿勢になりな」


「は~い!」


 普段通りの厳しさを見せる桔梗に指示されたやよいは、用意されていた座布団の上に正座で乗っかった。

 既に部屋には燈たちも揃っており、自分たちの面倒を見てくれている桔梗の呼び出しに真剣な表情を見せている。


 特に先日、宗正が飛ばしたと思わしき鴉がこの屋敷にやって来ていることを知っている燈と蒼は、師匠からの連絡があったのではないかとそわそわしていた。


 栞桜もやよいも、この場には若干相応しくないのではないかと不安そうにしているこころも、全員が桔梗のことを見つめている。

 自分の話を待つ弟子たちの様子を見て取った桔梗は、一度咳払いをしてから至極真面目な様子で話を始めた。


「えへん! ……私たち天元三刀匠の悲願である最強の武士団の結成。その団員となる若き武士たちが一堂に会す時が、遂に訪れたようだ。機は熟した。お前たちはこれから北に向かい、磐木いわき街という街に行きな。そこで、天元三刀匠の最後の一人である百元びゃくげんとその弟子が待っている」


「……遂に、遂にその時が来たのですね。天元三刀匠が育て上げた弟子たちが、全員揃う時が……!!」


 ぴりりとした、良い緊張感。

 桔梗の言葉を耳にした一同の背筋は自然と伸び、高揚感と期待感が交錯した気分に胸が包まれる。


 遂に、その時がやって来た。

 大和国最強の武士団を結成するという、長年の修行を重ねてきた栞桜ややよい、蒼にとっては待ち侘びた日の訪れは、桔梗たち師匠側の人間にとっても良い報せだ。

 まだ数か月という短い期間ながらも、この日のために鍛錬を積んできた燈ですら、胸の高鳴りが抑えられないでいる。


 自分がこうなのだ、蒼たちはもっと嬉しいのだろうと思いながらちらりと相棒たちの様子を窺ってみると、緊張の中に喜びを感じているであろう複雑な面持ちをした仲間の姿が目に入り、それだけで燈もまた嬉しくなってしまった。


「まあ、実際には全員が揃ったところですぐに武士団を結成というわけにもいくまい。私もまだ、羽織を作ってる最中だしね」


「にゃはは! 毎日頑張ってくれてるもんね~! 別府屋の奴らが来なくなったとはいえ、これだけの大人数の服を作るのはおばば様も大変でしょ?」


「まったくだよ。どこに出しても恥ずかしくない服を五人分だなんて、相当に面倒な仕事だねぇ……」


「え? あれ……?」


 少し疲れを見せながら呟いた桔梗のぼやきに、こころが不思議そうな顔を浮かべる。

 そうして、指を折って何かを数えた彼女は、恐る恐るといった様子で手を挙げると、桔梗へとこう問いかけた。


「あ、あの……人数、間違ってませんか? 宗正さんたちはそれぞれ二人ずつお弟子さんを育ててて、それが三人いるんですよね? なら、二×三で作るべき衣装は六人分なんじゃ……?」


「ああ、まだこの場にいない二人の分の服は作ってないよ。いくら私でも、採寸もせずに制作に取り掛かれるわけがないじゃないか」


「そ、それでも作るべき服の数は四着で、五着だと一人分多いですよ!」


「えぇ? 桔梗さんは間違ってねえだろ? 作る数はどう考えても五着で合ってるよ」


 少し慌てた様子のこころに対して、とても不思議そうにそう語る燈。

 蒼も、栞桜も、やよいも、そんな彼の言うことが正しいとばかりに頷いている姿に、こころは狼狽気味だ。


 そんな彼女に対して向き合った燈は、自分たちを一人一人指差してその数を数えてみせる。


「俺に、蒼、栞桜とやよい、そこにお前を加えりゃ五人だろ? ほら、何も間違っちゃいねえ」


「え、えええっ!? わ、私!? 私にはみんなとお揃いの服なんて必要ないよ! そもそも、戦えない私が武士団の一員になるなんておかしな話だし……」


「……って、椿は言ってるけどよ。お前らはどう思う?」


 自己否定がちなこころの態度に対し、燈は仲間たちへとその是非を問いかけた。

 そうすれば、彼らは何一つ表情を変えることなく、当たり前だと言わんばかりの様子でこう言葉を返す。


「戦う力だけが全てではない。誰かと繋がり、支え合うことこそが真の強さを生むということを、私はお前と燈から教わった。たとえ戦場には出られずとも、お前は私たちの立派な仲間だ。何より大切な友達を除け者にするなんてこと、もう二度としたくはないからな」


「椿さんの存在は、君が思っている以上に僕たちにとって大きなものになっている。僕は、これからも椿さんと一緒に活動していきたいなって思っているよ」


「こころちゃんは機転が利くし、作ってくれるご飯も美味しいしね~! あたしもこころちゃんさえ良ければ、武士団の仲間として一緒にやっていきたいな!!」


「み、みんな……! え、えっと、その……!」


 戦力にならない自分に対する、仲間たちからの高い評価と温かい言葉。

 予想もしていなかった事態に涙ぐみ、武士団の一員として数えられていることに感激するこころの肩に優しく手を置いた燈は、その強面の顔を綻ばせて楽し気に言う。


「な? っつーわけで、お前も含めて団員は五人! ここからさらに二人増えて、七人になるわけだ! これからも面倒かけるかもしれねえがよろしく頼むぜ、椿!」


「うんっ!!」


 感極まって涙を流しながら、それでも本当に嬉しそうに笑いながら……こころは燈へとそう答え、大きく頷く。

 そんな弟子たちの微笑ましいやり取りを見守っていた桔梗は、彼らが自分の想像以上に良い関係を築けていることを喜びつつも、話を本題へと引き戻した。


「では、改めてお前たちのすべきことを伝える。明日、お前たちは磐木を目指して北へ旅立ち、百元とその弟子と合流して、ここに戻って来るんだ。別に期日もない、気楽な旅さ。むこうの弟子と仲良くなるいい機会だと思って、時間をかけ過ぎない程度にのんびりしてくると良い」


「はいっ!!」


 元気よく桔梗へと返事をした五人は、早速明日の出立に備えての旅支度を始めようとしたのだが、ふと何かに気が付いたやよいが振り返り、桔梗へとこう尋ねた。


「あのさ、おばば様。結局はここで百元さんたちと合流するなら、あたしたちが磐木に行く必要はないんじゃない? そりゃあ、北への旅は楽しみだけどさ……」


「あ~、そのことだがね。やむにやまれぬ事情があるんだ」


「……なんすか、その事情って?」


 珍しく狼狽し、とてもその事情を言いにくそうにしていた桔梗は、過去を思い返すように天を仰ぎ、大きく溜息を吐くと――


「……百元の奴は、方向音痴なのさ。それも信じられないくらいにね。だから、案内役がいないと磐木からこの昇陽まで辿り着くのに、何年かかるかわかったもんじゃないんだよ」


 ――とても残念な理由を口にして、弟子たちをずっこけさせたのであった。


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