天元三刀匠・桔梗



昇陽しょうよう、っすか? そこに、師匠の昔の仲間がいるんすね」


「ああ、そうだ。お前たちが輝夜に行っている間に手紙が届いてな。そろそろ、お互いの弟子を引き合わせようということになったんだ」


 夕食時、こころお手製の味噌汁を啜った宗正は、お椀を膳に乗せて代わりに湯呑を手にする。

 そうして、自分と向かい合って座す弟子たちに視線を向けた彼は、話の続きを口にした。


「天元三刀匠、及び十傑刀匠において唯一の女鍛冶師、桔梗ききょう……奴は西の大都市『昇陽』に居を構え、弟子たちを育成しておる。お前たちには奴の下へ向かい、同じ武士団の仲間となる者たちと顔合わせをしてもらうつもりだ」


「おお……! 武士団の仲間、か……! なんか、わくわくしてくるっすね!」


「師匠たちの夢であり、目標である大和国最強の武士団を共に作る武士と邂逅する日が、遂に……!」


 破顔し、期待感に胸を躍らせる燈と、緊張感を覚えて拳を強く握る蒼。

 師である宗正の話を聞いた二人の反応はそれぞれだが、志を同じくする仲間との出会いを楽しみにしているという部分は共通している。


 燈もそうだが、蒼は彼よりもずっと長い間、この夢の成就のために努力を重ねてきた。

 最強の武士団を作るという夢が現実に近づいていることを強く実感出来るこの顔合わせは、弟子だけではなく師匠たちにとっても喜ばしいことだ。


「師匠のお仲間が育ててる弟子たちって、どんな奴らなんすかね? やっぱ、俺とか蒼みたいに気力が馬鹿みたいにある奴、とか……?」


「それは実際に会ってみてのお楽しみだ。まあ、ある程度の予想は出来るがな……」


「ある程度の予想というと、師匠も桔梗さんのお弟子さんとは会ったことはないのですか?」


「まあな。わしはこの辺鄙な山小屋から殆ど出んし、桔梗の奴は仕立屋としての仕事があるから、長い期間屋敷を空けることは出来んのだ」


「んにゃ? 仕立屋……? ってことは、もう刀鍛冶は辞めちゃった人、ってことっすかね?」


「いいや、違う。わしら天元三刀匠は、刀鍛冶師としての顔以外にももう一つの顔があるんだ。わしは一流の刀鍛冶師ではあるが、自身で打った武神刀を振るう、無双の剣豪としての顔も持っておる。それと同じで、桔梗は独創的な武神刀を作る天才女鍛冶師でありながら、同時に超天才級の仕立屋でもあるということだ」


「超天才級の仕立屋って、普通に服を作るだけじゃなさそうっすね」


「左様。奴は美麗で豪華な着物を作ることは当然として、自身の気力を用いた丈夫な戦装束を作る技術も有しておる。普通の羽織よりも軽く、それでいて鎧よりも丈夫な戦装束を作る奴の下には、多額の報酬を支払ってでもその天下一品の戦装束を作って欲しいという依頼が後を絶たん」


「すっげ……!! 師匠もそうですけど、やっぱりそれと肩を並べる人たちも只者じゃないんすね……!」


「ふふん! 燈、蒼、喜べ。武士団の結成を祝って、桔梗はお前たちにも戦装束を見繕ってくれるそうだ。今回、お前たちを奴の所に行かせるのも、その採寸をしたいという奴からの申し出あってのこと。天元三刀匠が打った武神刀と天下一の仕立屋が作った戦装束、お前たちの晴れ姿にこれ以上相応しいものはあるまいて」


「す、凄い……! 大和国中の武士団を見てみても、そこまで立派な装備に身を固めた武士たちはいませんよ!」


「な、なんか逆にプレッシャーが……師匠たちがくれた装備に見合った武士にならねえと、中身が伴ってねえって言われちまいそうな予感……」


 まさに至れり尽くせりとはこのことだ。

 ただでさえ高名な刀鍛冶である宗正が作り上げた武神刀を与えられている自分たちに、多くの武士たちがこぞって望む戦装束まで与えてくれるという師たちの心遣いに感謝と共に重圧を感じる燈。

 しかして、そうやって装備と環境が整っていくことで、武士団の結成が近づいていることを実感し、興奮していることも確かだ。


「へへへ……! いよいよって感じだな。あちらさんはどんな奴が来るのかね?」


「嬉しそうだね、燈。随分と楽しそうに笑ってるじゃないか」


「そう言うお前こそ、口の端がつり上がってんぞ。楽しみなのはお互い様じゃねえか」


 湧き上がる興奮に笑みを浮かべ、同志との邂逅を楽しみにする二人。

 昇陽で待つ新たな出会いに期待を膨らませる両者の姿を見て小さく頷いた宗正が、湯呑を傾けてその中身を啜っていると――


「あの……宗正さん。その顔合わせ、私も一緒に行っちゃ駄目ですか?」


「む……? おお、こころか。お前も一緒に行きたいと?」


「は、はい。私は武士団の仲間にはなれないことはわかってるんですけど、二人の仲間になる人がどんな人なのかは気になりますし……この大和国っていう国がどんな世界なのか、もっと知ってみたいんです」


 そう、宗正の隣から意見を述べたこころは、ぐっと両手を握って真剣な表情を彼に向ける。

 輝夜の店から燈たちに身請けされて以来、ずっとここで自分たちの生活を支えてくれたこころの願いに首を傾けた宗正は、何度か頷いた後で溌溂とした声で彼女へと了解の意を示した。


「うむ! それも悪くないだろう! ここに住まう以上、お前も武士団と関わることがあるかもしれんし、その時のために自己紹介くらいはしておいた方がいいだろうて!」


「ありがとうございます! 宗正さん!」


「はっはっは! 良いて、良いて! 異世界から来て、右も左もわからぬだろうが、この機会に見聞を広めるといい!」


 非常に景気よくこころの申し出に許可を出した宗正は、デレデレとした表情を浮かべ、先ほどまでの真剣さがまるで感じられない様子で彼女と話している。

 そんな師の姿に顔を見合わせた燈と蒼は、かねがね思っていたことをひそひそ声で話し始めた。


「な~んか師匠って椿の奴に甘くないか?」


「うん……邪な考えがあるって言うより、孫娘が出来たみたいで嬉しいんだと思うよ。基本的に男たちの中で生きてきた人だからさ……」


「ああ、そういう……」


 初めて出来た孫を馬鹿可愛がりする祖父のような師匠の姿に納得した燈は、とても良い笑顔を浮かべる宗正の様子に苦笑しながら頷いてみせた。

 まあ、彼がこころに何か邪な想いを抱いているはずがないとは思っていたが……これはこれで、若干複雑な心境かもしれない。


 宗正が結構な頻度で見せるお茶目な好々爺としての姿に慣れつつある燈は、そんな師匠のデレデレとした様子も受け入れつつあったのだが、彼が武神刀を振るう格好いい姿を知っている燈からすると、その差が激し過ぎて困惑してしまうのであった。


「燈くん、蒼さん、二人の迷惑にならないようにするから、よろしくね!」


「お、おう、よろしくな。まあ、今回は別に危ないことがある旅ってわけじゃねえんだし、お前が一緒でも大丈夫だろ!」


「そうだよね! 燈くんたちの仲間になる人たちと会うだけだもん。何にも危ないことは無いよね!」


 そうやって、師匠を骨抜きにしている張本人と会話しながら、燈はまあ別に構わないかという思いを抱いていた。

 こころの言う通り、今回の旅の目的は今後ともに活動する仲間と顔合わせをすることだ。旅自体には多少の危険があるものの、時間や道を選べばそれもぐっと低くなる。


 急いでいるわけでもないし、蒼という頼りになる先輩もいる。

 こころと同じく、自分も大和国のことを知るためのもの、今回の旅を楽しむのも悪くはないだろう……などと考えながら、嬉しそうにはしゃぐこころの様子に少し落ち着きを取り戻した燈は、彼女が作ってくれた夕食を美味しくいただいていった。


 ……のだが、彼は知らない。つい先ほどまで、こころとの会話でデレデレしていた宗正が、何か不安そうな表情を浮かべていたことに。


(むぅ……大丈夫だとは思うが、たった一つだけ気がかりなことがあるな……)


 心の中でそう思いながらも、宗正はその懸念を燈たちに伝えることはしない。それは師として弟子を試しているが故の行動とかではなく、純粋に言いにくいからであった。


 実を言うと、こころを彼らの旅に同行させたのも、この懸念があるからである。

 確かに自分が彼女に甘い部分があることは認めるが、それだけで足手纏いになる可能性が高いこころの同行を許すはずがない。彼女がいることで、この不安が拭える可能性があったからこそ、こころを二人と共に行かせようと宗正は考えたのだ。


 では、その懸念とは何なのか? その答えは至極単純だ。

 自分の旧友であり、天元三刀匠として並び立つ女刀鍛冶師、桔梗。自分と同様に剣士を育てているであろう彼女は、どんな人間を弟子として取ったのか?

 その部分には色々な推察が出来るが……たった一つだけ、確実にいえることがある。


 桔梗が弟子にしたのは、。自分の知る限り、彼女は男を弟子に取るような性格をしていない。


 で、あるならば……この顔合わせは、二対二の男女の顔合わせとなるだろう。あるいは、桔梗がもっと多くの女子を弟子としていたならば、燈と蒼は多くの女性に囲まれることになるはずだ。


 そうなった時、彼らはまともに思考を働かせられるだろうか? 複雑な女心を理解して、良い関係を築けるだろうか?

 だって、なにせ、そう、彼らは――


(こいつら、だからなぁ……)


 欠片も女慣れしておらず、女の味を知らないこの二人の愛すべき弟子たちが女性に囲まれて上手くやっていけるか、師匠としては不安で不安で仕方がない。

 だから真剣に童貞を捨てて来いと命じて、なけなしのへそくりまで渡して輝夜に送り出したのに……と、女を身請けはしたが最重要の儀式をこなせていない燈と蒼の性格に不安を抱きながらも、ここでそんなことを指摘したら『紅龍』の炎でも溶かせないレベルで空気が凍り付くことを理解している宗正は、どうにかこうにか全てが上手くいくことをただただ心の中で祈り続けるのであった。


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