武神刀『紅龍』
「蒼、燈。話がある、そこに座れ」
その日の昼食を食べ終え、少し休んでから鍛錬を再開しようとしていた二人は、宗正から呼び止められて言われるがままに座布団の上に座した。
燈と初めて会った時のような、厳粛な雰囲気を醸し出す宗正の様子に緊張感を抱く二人に対して、彼は落ち着いた声でこう言う。
「蒼、燈、お前たちは十分に自らの力を鍛え上げ、行使出来るようになった。特に燈は一か月という短い期間ながら、基礎固めという部分では十分な実力を得ている。そろそろ、修行を次の段階に進めるべきだろう」
「ということは……武神刀を用いた、技の修行に入るということですね?」
「うむ。しかし、お前が今までやっていた修行とはまた違う修行になる。修行で使うのは、わしがお前たちのために打ち上げた、お前たち専用の武神刀……すなわち、これからお前たちの愛刀となる真剣を用い、その特性を活かした技を作り上げるということだ」
ビクリと、宗正の発した言葉を耳にした二人の体が震える。
大和国でも有数の鍛冶師と呼ばれ、その中でも傑物として君臨する宗正が打った武神刀を手にする時が訪れたことに、二人は緊張と光栄さを感じていた。
押し黙り、自分のことをじっと見つめる燈と蒼に対して、すっと細長い布に包まれた刀を取り出した宗正は、その包みを解きながらまずは蒼へと武神刀を差し出す。
「蒼、お前はわしの修行によくついてきてくれた。気が優しく、戦うことを好まないお前だが、心根には正しさと誰かのために命を張れる勇気がある。ここで身につけた力を、苦しむ人たちのために振るってくれ。この刀が、その役に立つことを切に祈ろう」
「……ありがとうございます、師匠」
恭しく頭を下げた蒼が受け取った刀は、柄も鞘も青く染められた美しい刀であった。
深い海のような青色と、そこに差す日差しのような銀。美しくも強き力を感じさせるその武神刀を手にした蒼の顔が、興奮と感激で赤く染まる。
「銘は『時雨』。お前の気力に最も合う水属性の武神刀だ」
「『時雨』……これが、僕の武神刀……!!」
鞘から抜いた刀は鋭い光を放つも、それと同時に何処か優し気な雰囲気を感じさせる。
純粋な武力だけではない何かを感じさせる『時雨』の姿を目にし、この刀を打ってくれた尊敬する師への感謝で胸をいっぱいにしながら、蒼は手にした愛刀を握る手にぐっと力を込めた。
宗正は、今度はそんな蒼の様子を黙って見ていた燈に対して向き直る。
そして、もう片方の包みを開け、赤と金に彩られた武神刀を差し出すと、燈へとこう告げた。
「燈、お前は人の醜さと力を得た人間が悪意に歪む様を知っている。だからこそ、お前はそうなるな。力を得たとしても、その力を正しいことに使え。お前が真っ直ぐに、正しき道を進むのなら、この『
「……あ、ありがとう、ございます……!」
「属性は火。『時雨』もそうだが、お前たちの化物じみた気力量に対応出来るよう、わしが仕上げてある。こいつを扱えるようになることが、次の目標だ」
その名の通り、燃える炎の龍を想起させる力強さを持つ『紅龍』の姿に息を飲む燈。天元三刀匠を名乗る稀代の刀鍛冶師である宗正が、自分のために作り上げてくれた専用の武神刀、それがこの『紅龍』だ。
一目で名刀だとわかる武神刀を手にした燈は、自分がどれだけ彼に期待されているかを感じ取り、興奮と感動に胸を震わせる。
「本当に、ありがとうございます。師匠のくださったこの武神刀に恥じぬ使い手となってみせます」
「俺も、全力で努力します。この『紅龍』を正しく使えるようになってみせます!」
師匠である宗正が自分たちのために打ってくれた刀を手に、二人はこれからの修行により一層尽力することを誓う。
そんな二人の様子を見て満足気に頷いた宗正は、すっくと立ちあがると彼らに先んじて修行場へと向かった。
「蒼、お前はある程度だが武神刀の扱い方を学んでいる。燈にそれを披露してやれ」
「はい、わかりました」
宗正の後に続いて蒼が、その後に続いて燈が、連れ立って修行場へと向かっていった。
これから始まる新しい修行への期待で心を弾ませ、自分たちが着実に目標に向かって進んでいることを感じる燈は、手にした『紅龍』を見て、口元を僅かに綻ばせるのであった。
――――――――――
――――――――――
「さて、先も述べた通り、これからは武神刀を扱えるようになるための修行を始める。まずは蒼、燈に手本を見せてやれ」
「はい、師匠」
標的として並べられた巻藁の前に立った蒼は、ふぅと深く息を吐いて神経を研ぎ澄まさせる。
腰から引き抜いた『時雨』を正眼の位置に構え、集中力を高めていくと共に、武神刀へと己の気力を注ぎ込んでいった。
「燈、お前は武神刀の能力を目の当たりにするのは初めてだったな。よく見ておけ、自分が持つ力の凄まじさって奴をな」
「う、うっす!」
宗正からの言葉に大声で返事をした燈は、食い入るようにして蒼の演武を見つめ始める。
『時雨』を握り、構える蒼の気力は、彼の集中力の高まりと共に大きな奔流を描いていた。それはまるで、海岸に打ち寄せる波が徐々にその高さを増していくような、そんな雰囲気がある。
静かに、されど激しく強さを増していく蒼の気力が最高潮に達した瞬間、燈の目には彼が手にする『時雨』の刃が青く煌いて見えた。
ふっ、と息を吐き、それと同時に一歩前に踏み込んだ蒼は、水平に空を裂くようにして左から右へと横薙ぎの一閃を繰り出す。
蒼い残光を刻み、流れるような動きで巻藁に一撃を繰り出した蒼がほんの瞬き一つの間に攻撃を繰り出し終えると、彼がぴたりと動きを止めるのを見計らったかのように、斬られた巻藁がポトリと地面へと落ちていった。
「すっ、げ……!」
見事、その一言に尽きる演武を見た燈の口から感嘆の声が漏れる。
真剣を用いた剣舞を見ることが初めてだということもあるが、それ以上に蒼の美しい動きに魅せられてしまった感激が彼の胸を締めていた。
が、しかし、そんな燈の様子にくっくと喉を鳴らした宗正は、まだ彼が気が付いていないあることを指摘し、更に燈を驚かせる。
「燈、よく見てみろ。蒼が斬った巻藁は、一つだけじゃない」
「え……? あっ!?」
宗正の言葉を受けた燈が目を凝らしてみれば、蒼の立つ位置から見て左方向にも一つ、見事に斬られた巻藁の姿があった。
右奥方向にも同様に横薙ぎに斬り裂かれた巻藁が有り、一度の斬撃で三つの藁を叩き斬った蒼の腕前に燈は更なる感心を抱くことになるのだが……。
(……あれ? にしても、どうやってあれを斬ったんだ? あの位置からじゃ、絶対に刀は届かないだろ?)
蒼と斬られた巻藁たちとの位置関係を頭の中で整理した燈は、絶対に間合いに入っていない二つの巻藁が斬られたという事実に疑問を抱く。
真正面にあった巻藁は斬られて当然ではあるが、残り二つに関しては絶対に蒼のいる位置からでは斬撃が届くはずがないと思う彼に対して、斬られた巻藁の残骸を手にした宗正が、その切り口を見せながら答えを教えた。
「不思議そうな顔をしてるな。お前さんの疑問を解消する答えは、ここにあるぜ」
「え……? こいつは……?」
「触ってみろ、斬られた部分が軽く湿ってるだろう? こいつが、普通の刀と武神刀との違いだ」
言われた通りに切り口に触れてみれば、確かにそこは軽く湿り気を帯びていた。
しかし、これが何だというのか? 蒼が三つの巻藁を同時に斬った謎に加えて、その切り口が湿り気を帯びていた理由という謎が増えただけだ。
未だに訳がわからないといった表情を浮かべる燈は、より詳しい説明を求めて師匠の顔を見る。
そんな燈の様子にまた愉快気に喉を鳴らして笑った宗正が、自分の腰に差してあった武神刀を引き抜き、そこに気力を込めてみせると――。
「う、うおっ!?」
ごうっ、と音を立てて、その刀身が燃え始めたではないか。
火打石やライターのような、何か火種になるような物すらも存在していない状況からいきなり武神刀が火を放ったことに驚きを隠せない燈。
宗正は、そんな燈の前で燃え上がる武神刀を軽く振ると、得意気な表情で解説を始めた。
「こいつが武神刀の持つ能力だ。気力を注ぎ込むことで、摩訶不思議な現象を引き起こす。と言っても、こいつはほんの序の口の能力さ。持ち主の気力に応じた属性を刀身に纏うってだけさね」
燃え盛る炎を纏った武神刀を振り、燈に武神刀の力を見せつけた宗正は、一度その炎を消すと腰の鞘へと刀身を収める。
そして、演武を終えて自分たちの下にやって来た蒼の肩を叩くと、先ほどの斬撃の種明かしをした。
「蒼が離れた位置の巻藁を斬れたのは、この特性を利用したからだ。蒼の持つ水属性の気力を『時雨』に流し込み、極限まで圧縮した水流を纏いながら横薙ぎの一撃を繰り出す。すると、広範囲を一度に攻撃出来る水の斬撃が放てるってわけだ」
「な、なるほど……! だから巻藁の切り口が濡れてたのか……!」
「こいつが水の武神刀の基本剣技【
「はは、燈に格好いいところを見せようとして、気力を練り過ぎましたね。反省してます」
師匠から問題点を指摘された蒼が笑いながら反省の言を述べる。
非常に軽い口調だが、そのことを宗正が咎める様子はない。恐らくだが、蒼が言う通り、今回は燈に良いところを見せようとして慎重になり過ぎただけで、本来の彼の動きならば何の問題もなくこの技を放てることを知っているからだろう。
今まで身体能力を強化するために用いていた気力の新たなる使い道を提示された燈は、胸の高鳴りを覚えると共にぐっと拳を握り締める。
蒼の見せた【漣】のような技を自分も使えるようになりたいと、そう期待感と功名心に逸る燈の様子を感じ取った宗正は、不敵な笑みを浮かべるとこう言った。
「『紅龍』を抜いてみろ、燈。気力を流し込む感覚を体験してみるといい」
「う、うっす!!」
ややもたつきながら鞘から刀を引き抜く燈。
素振りはしてきたが抜刀の方法は習ってなかったなと思いつつ、改めて蒼と同じように正眼の構えを取る。
右手と右足を前に出し、仮想敵の喉を狙うようにして剣先を構える。ただそれだけの基本姿勢を取っているだけなのに、武神刀を持つ腕はずっしりとした重みを感じていた。
木で出来た木刀と金属が素材となっている武神刀との重さの差がこの重みを感じさせているのか、それとも宗正たちからの期待が込められている『紅龍』に燈自身が心理的な重圧を感じているからこそ感じる重みなのか、あるいはその両方か。
その答えはわからないが、今までの修練で扱ってきた物とは違う真剣の重みを感じながら、燈はこれまでの修行で身につけた気力操作を利用して、『紅龍』へと己の気力を注ぎ込む。
「おおっ!? うおおおっ!?」
その瞬間、けたたましい爆発音と共に『紅龍』から巨大な火柱が上がった。
天を衝かんばかりの勢いで燃え上がる火柱の様子に驚き、このままでは山の木々を燃やして大火事に発展させかねないと慌てた燈は、急ぎ『紅龍』へと注ぎ込む気力を絞り、その火力を調節する。
およそ数十秒後、刀身が軽く火を纏う程度にまで火力を抑えた燈が、これでどうだとばかりの笑みを浮かべながら師と兄弟子へと顔を向けてみせれば、二人は愉快気に笑いながらこう言葉を返してきた。
「ま、初めてにしちゃあ合格点ってところだな。だが、常に刀身に火を纏う必要はないんだぜ」
「えっ!? そうなんすか?」
「常に武神刀に属性を纏わせるってことは、常に気力を放出し続けてるってことを意味するからね。僕たちが規格外の気力量を有していても、それって無駄だと思わない?」
「まあ、確かにそうだな……ってか、そもそも燃え続けてる刀を持ってると熱いし」
「燈、武神刀には、それに見合った丁度良い気力量ってものが存在する。まずはその量を見極めることから始めるんだ」
「うっす! ……でも、その丁度良い量って、どうやったらわかるんすか?」
「なに、簡単な話さ。『紅龍』が炎を纏わず、されど刃が赤熱しているくらいの状態を目指せ。それが『紅龍』の最適な状態だ」
そう、目標を告げた宗正は腰の刀を引き抜くと、今度は大きな岩の前に立った。
そして、そこから燈たちの方へと振り向くと、真剣な表情を浮かべて口を開く。
「燈、お前の才覚ならばすぐに『紅龍』の適切な気力量を見つけ出せるだろう。だからわしも、そのから一歩先に進むための修行を課す」
ゆっくり、ゆっくりと……宗正の纏う雰囲気が変わっていく。
飄々とした老人から、歴戦の強者へ。刀鍛冶師から一人の武人へと纏う雰囲気を変えた宗正の握る武神刀の刃が、灼熱を感じさせる赤色へと染まっていく様を見た燈は、あれが適正な気力を武神刀に注ぎ込んだ状態であるのかと理解した。
そして、今までに見たことのない真剣で緊迫した表情を浮かべた宗正は、自分のことをじっと見つめる弟子に向け、静かな声でこう告げる。
「燈、お前に一つ技を教える。これを習得することが、お前の剣士としての第一歩だ」
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