最強の武士団、その一員として



「最強の武士団を作るだって……?」


「そう! 妖を屠り、その被害に苦しむ人々を救う最強の武士団を作ること。それがわしらの立てた計画だ。その団員として、お前たち二人が選ばれた。どうだ? 聞いてるだけでわくわくするだろう?」


 無邪気な笑みを浮かべ、燈の反応を伺う宗正。

 先のいい反応を思い返し、またしても燈が面白い反応を見せてくれるだろうと期待していたのだが……。


「……す、すんません。その前に、武士団ってなんすか?」


「あだぁっ!?」


 ……彼は失念していた。燈はそもそも、この世界の人間ではない。一週間前にこの大和国に来たばかりの彼にとっては、武士団という単語は馴染みのないものなのだということを。


 単純な自分のミスに気が付きながら、期待が裏切られたことにずっこけた宗正に代わって、蒼が燈への説明の役目を担う。


「武士団っていうのは、武神刀を持った人間たちが作る集まりのことさ。幕府が所有する軍とは別の、傭兵団みたいなものだよ。規模にもよるけど、最大で数百名ほどの団員が所属する武士団もあって、幕府から協力を要請されて妖退治に参加することもあるんだ」


「おお、なるほどな! そんじゃあ、その武士団ってのを俺たち二人で作るってことか?」


「二人ではない、六人だ。それに、ただの武士団ではないぞ。この国で最強の武士団だ!」


 ぽん、と手を叩いて納得した様子を見せた燈に対して宗正がそう付け加える。

 この場で最も興奮している彼のことを蒼は困ったように笑いながら見ていたが、特に何も言いはしなかった。


「六人? でも、師匠は、さっき俺を二人目の弟子って言ったっすよね? なら、後の四人は何処に……?」


「燈、わしが天元三刀匠と名乗ったことを忘れたか? お前たちの仲間となる四人の武士は、わしの旧友である残りの二人の刀匠が育てておるわ」


 そう言いながら手にした煙管に火を灯した宗正は、口から煙を吐き出してから、遠い昔を思い返すような眼差しを浮かべ、自らの過去を語り始めた。


「天元三刀匠、それはあまりにも優れた才能を持っていたが故に世間から理解されなかった三人の刀匠を差す言葉。元は他七名を加えて十傑刀匠と呼ばれていたが、わしらの訴えを聞かなかった幕府の連中からその称号を剥奪され、今ではこんな山奥で刀を打つ日々を送っておる。だがな、わしらは自分たちが間違っているとは欠片も思ってない。いつの日か、必ず、わしらの打った刀と、それを振るう武士の力が必要になると信じて生きてきた」


 そこで一度言葉を区切り、再び煙管を吸った宗正は、溜息でもつくかのように多くの煙を口から吐き出すと、話を再開する。


「現に今、幕府の連中は拡大する妖の被害を止められてない。起死回生の一手として異世界から燈のような若者を呼び寄せたようだが、その中で一番の逸材を見逃すようでは、その成果も程度がしれとるわい。だからわしらの話を聞けと言ってたんだ。そもそも常識の範囲で打てる刀だけで妖を討滅出来るというのなら、ここまで苦戦するはずもなかろうに。残りの七人もちょっといい刀が作れるからって調子に乗りおって……!」


「師匠、話が逸れてます。燈への説明をするのでしょう?」


「お、おお、すまんすまん! 昔のことを思い出すと愚痴が多くなってな……さて、どこまで話したかな?」


「師匠たちが自分たちの作った刀と僕たちのような若者が必要になると信じてた、というところまでです」


 上手いこと宗正を操り、話を本題に戻した蒼の手腕に感心しながら、これじゃどっちが上の立場かわからないなと燈は苦笑する。

 だが、こんな風に気軽に突っ込みを入れられるところを見るに、この二人の間には良い信頼関係が築けているのだろうなと、燈はそう思った。


「ごほん! ……自分たちのことを信じたわしらは、以降十数年に渡って消息を絶った。その間にも刀を打ち続け、自らの腕を研磨すると共に、これはと思う若者を見つけ出して自らの弟子として鍛え上げることに決めたんだ。わしらの打った刀を振るい、妖を倒す剣士として育てるとな。そして約束の日にその弟子たちを引き合わせ、最強の武士団として巣立たせることを計画した。これがわしらの約束だよ」


「……補足すると、その約束の日はもう数か月後に迫ってる。ついでに弟子は最低でも二人は育てておくようにって約束してたのに、師匠は僕以外の弟子を育ててなかったんだよね。他の二人の刀匠さんたちにも面目が立たないし、僕も恥ずかしいから早めに探してくださいって言ってたんだけど、この人、全然動かないから困ってたんだよ」


「しょうがないだろう!? わしが育てたいと思うような人間が見つからなかったんだから! それに、燈を見つけて既定の人数は揃った! これで文句はあるまい!」


「はぁ……尊敬はしてますけど、そういうところは治した方がいいと思いますよ、師匠」


 呆れたように宗正にそう言う蒼を見ながら、燈は非常に重要な単語を聞き逃さなかった。


「あの~……数か月後に、武士団の旗揚げをするって本気っすか? 俺、まるで戦い方とかわからないんですけど!?」


「ああ、大丈夫大丈夫! その辺りのことはきっちりわしが仕込んでやるといっただろう? 修行は厳しいが、気張ってついてくるんだぞ!」


「ちょっと!? なんかノリが軽くなってないっすか!? さっきまでの重々しくて厳格な雰囲気は何処にやったんすか!?」


 恐る恐る、その部分に対して問いただしてみれば、からからと笑いながらの返答が宗正の口から発せられた。

 先ほどまでの威厳ある雰囲気から一変、どこからどう見ても無邪気な子供にしか見えない宗正の様子に突っ込んでみれば、頭を抱えた蒼の申し訳なさそうなフォローが耳に入る。


「本当にごめんなさい。師匠はこんな人なんです。でも、刀匠としての腕と、人を育てることに関しては本物だから、信じてついていってあげて。僕も一緒に協力しますから」


「ああ、はい……まあ、この人に救われたことも確かっすし、一度言った言葉を引っ込めるのは嫌だしな……」


 やや不安になりながらも、一度約束したことを反故にするのは矜持に反すると宗正について行くことを再決心する燈。

 そんな燈の様子を見てニヤリと笑った正宗は、悪戯っぽい笑みを浮かべながらこう話を切り出した。


「燈、これがお前さんの歩む道だ。強くなって、苦しむ人たちを救う英雄になる。優れた素質と得た力を正しいことに使う、これ以上にない立派なご名目だろう? お前を陥れた奴が言ってた、強い奴が弱い奴を支配するっていう主張に反した、強い奴が弱い奴を守るっていう道だぜ」


「まあ、そうっすね。これなら復讐なんかしなくても……」


「なに言ってんだ。これがお前の復讐なんだよ。強くなって、多くの人を救う英雄になる。それが虎藤燈って男が行う復讐だ」


「は、はい?」


 人助けと復讐、一見繋がりの無い二つの単語を組み合わせる宗正の主張にポカンとした表情を浮かべる耀。

 そんな彼にずいっと近づいた宗正は、したり顔で詳しい話を聞かせ始めた。


「いいか? お前を殺しかけた奴らからしてみれば、お前が生きてるって時点で自分の悪行をバラされるんじゃないかって戦々恐々し続ける毎日を送る羽目になる。しかも、見下してたお前が自分たちよりも圧倒的に強くなって復活してみろ、直接手を下されるんじゃないかって、怯えて過ごさなきゃならんわけだ」


「お、おお、確かにそうっすね……」


「こんなもんは序の口だ。お前を見下してた奴らは、一生懸命に武神刀や気力の扱い方を学んでるわけだろ? そんな奴らがいざ戦場に出て、妖を退治しようとした時、お前がその手柄を全部掻っ攫っちまえばいい。そいつらが得るはずだった名声や栄誉も全部、お前が手にしちまえばいいのさ」


「お、おぉ?」


「そういうことを意識する必要もない。お前はただ、困ってる人を助け、妖を倒し続ければいいんだ。お前と一緒に大和国にやって来た奴らより、お前の方が何倍も強い。俺の修行を乗り越え、俺の作った武神刀を手にすれば、その差は埋めようのないほどに広がるだろう。そんなお前が国中の人々を救い、問題を解決してみろ。お前より弱い、お前を見下してた奴らより、お前の方が英雄と呼ばれるのは当たり前の話だろ?」


「お、おお! おおっ!!」


 ようやく宗正の言っていることが理解出来た燈は、確かな興奮に胸を高鳴らせた。

 強くなった自分がこの大和国中の困っている人たちを助け、順平たちの主義主張を否定すると同時に英雄として彼らの受けるはずだった名声や栄誉を代わりに浴びることになったとなれば、絶対に順平も悔しがるだろう。

 しかし、そうなったところで順平には反撃の手立てはない。燈は彼よりも圧倒的に強いのだし、そうなれば立場も逆転しているはずだ。


 見下し続け、自分たちが殺したと思っている燈が実は生きていて、しかも猛烈なまでに強くなって国中で活躍している。そうなれば、順平たちも気が気ではない。

 自分の悪事をバラされたらどうしよう? 燈が報復に来たらどうしよう? そんな不安を抱えて日々を過ごし、しかも英雄としての立場すらも奪われたとあっては、彼らのプライドはズタズタになるだろう。直接手を下さずとも、彼らに対する報復はそれで十分だ。


 燈は誰かを助け、正しく力を行使する。順平たちは自分たちの力に酔い、弱者を見下し続ける。

 その結果として、彼らが辛酸を舐めることになるのならば、それは彼らの責任だ。勝手に破滅する順平たちのことを、燈は黙って見ていてやればいい。


「……だが、こいつはあくまで副産物みたいなもんだ。相手を見返すためだけに強くなるんじゃねえ。大事なのは――」


「弱い人たちを助ける、その精神ってことっすよね? 正しいことをするっていう心が何よりも大事。力は二の次。そういうことだろう?」


「……わかってるなら良い。なら、早速修行を始めるぞ」


「うっす!!」


 何よりも大事なことを理解している燈に対して、宗正と蒼が嬉しそうに微笑みを見せた。

 そうした後、立ち上がった宗正の言葉に元気よく返事をして、燈は手渡された稽古着をぎゅっと握り締める。


「改めて、これからお世話んなります! 師匠! 兄さん!」


「おう! 気張ってついて来いよ!」


「兄さんだなんて、そんな呼び方止めてよ。普通に名前で良いからさ。これから一緒に頑張ろうね!」


 この日、燈は様々なものを失った。仲間と思っていた人々に裏切られ、死を覚悟するまでに追い込まれた。

 しかし、同時に新たに得たものもある。信頼出来る師と目的を共にする仲間、そして、これからの目標だ。


 自分は強くなる。強くなって、沢山の人たちを救う。

 自分が思う正しい強さを証明し、自分の名前を馬鹿にした順平に一泡吹かせるために、燈は宗正の課す修行に打ち込み始めるのであった。


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