動き出す悪意
三日坊主ということわざがある。新たに始めた物事が三日も続かない、飽きっぽい人間のことを揶揄した言葉だ。
働きづめの毎日を送り、他の仲間たちとの格差を嫌というほど思い知らされ、それでもそんな生活から逃げ出せない人間からしてみれば、三日で辞められるなんて非常に良いことではないかというかもしれない。
そんな日々を送る小間使い組の男子たちにとっての限界は、五日目に訪れた。
学園生活ならば、退屈な授業を我慢して明日は休日だ! となるはずが、土曜日も日曜日もない奴隷となんら変わりのない毎日が繰り返されるだけであると知り、そんな日々の終わりも見えないとあっては、高校生である彼らが摩耗するのも当然の話だろう。
家に帰りたい。家族の顔が見たい。暖かい布団で眠り、美味しいご飯をお腹一杯食べたい……という欲求だけが肥大化し、過酷な労働もあって、心身ともに彼らは疲弊しきっていた。
そんな中での例外といえば、燈くらいのものだ。ついでに彼を慕い、懐き始めた正弘も明るさを保ち続けられてはいる。
だが、彼らは本当に例外中の例外で、普通ならばその他大勢がそうなっているように疲弊し切るのが当たり前なのだ。
まだ体力的に余裕がありそうだからと自分たちを指揮する武士たちに燈が連れていかれ、それに付き合う形で正弘も去った小屋の中で、僅かな休憩時間を得た彼らは死んだ目で天井を見上げていた。
いったい、何時までこんな生活が続くのか? もう自分たちの心も体も限界だ。早く家に帰らせてほしい。
快適で、平穏で、何不自由なく日々を過ごせていたことがとても昔のことに感じる。
まだ一週間も時間は経っていないのにそう思えてしまうことが、大和国での生活がどれだけ過酷かを物語っていた。
彼らは皆、思う。こんな生活はもう嫌だと。この異世界から帰還出来ないというのなら、せめて大多数の生徒たちと同じように英雄として扱われたいと強く願った。
こんな疲弊しかしない奴隷のような日々から抜け出して、自分たちも妖と戦う英雄になりたい。
多くの人たちから崇められ、尊敬される存在になって、この生活から抜け出したい。自分たちにだってその権利はあるはずだ。なにせ、普通の生活を奪われて、この国に呼び寄せられたのだから。
辛い、辛い、辛い、苦しい……! そんな思いが胸の中で渦巻き、暗い感情が心を埋めつくそうとする中、突如として滅多に人が訪れない小屋の戸がガラリと音を立てて開き、中に人が入って来る。
「よお、邪魔するぜ」
僅かな驚きの感情を抱きながら、挨拶の言葉を口にしたその人物へと視線を向ける生徒たち。
そこにいたのは、見るからにお調子者といった様子の男子生徒……竹元順平であった。
「本当に辛気臭いところに住んでるな。俺たちとは大違いだぜ。お前ら、こんな場所で生活してて楽しいか?」
煽りとしか思えない順平の言葉に対しても、小間使い組の生徒たちは何も言い返さない。
もう、彼らは疲れ切っているのだ。疲弊し過ぎて、感情の起伏すら薄くなっている。だから、順平に何を言われても反応を見せることなど――
「……お前ら、ここから抜け出したいか? 俺たちと同じ、英雄様って呼ばれたくねえか? だったら……俺が手を貸してやるよ」
ピクリ、と順平の言葉を耳にした生徒たちの体が動く。
彼の口から飛び出した、信じられない一言に死んでいた感情が首をもたげている。
彼らの視線が自分に集まっていることを感じ、事が自分の思うが儘に進んでいることも感じ取った順平は、ニヤリと笑みを浮かべると小屋の中心で演説を行うようにして言った。
「お前らが俺の計画に協力するのなら、お前ら全員に武神刀が渡るようにしてやる。計画が上手くいけば、絶対にお前たちも美味しい思いが出来るはずだ。この腐った生活から抜け出すためにも、俺の計画に乗ってみないか?」
「け、計画って、何をするんだよ……?」
怯えと期待の感情を抱きながら、一人の生徒が順平へとそう尋ねる。
順平は、その言葉を待っていたとばかりに不穏な笑みを浮かべると、はっきりとした口調でこう述べた。
「お前たちの仲間に虎藤燈って奴がいるだろ? そいつを……地獄に堕とすのさ」
「じ、地獄っ!? そ、それって、殺すってこと……?」
「安心しろ、お前たちが手を下す必要はない。あくまで事故に見せかけて、ひっそりと始末するのさ。騒ぎにはなるだろうが、俺たちがやったとは絶対に思われないようにする。お前らはそのお膳立てをしてくれればいいだけなんだよ」
そう言いながら、自分の腰に差した武神刀を見せびらかすようにして掲げた順平は、小間使い組の男子たちに対して彼らの感情をくすぐるような言葉を発していった。
「なあ、俺はお前らを可哀想だと思ってるんだぜ? 同じ学校の仲間だってのに、ほんのわずかな差でこの刀を手に入れられなくて、そのせいで奴隷と何ら変わらない生活を送る羽目になったお前らのことをなあ。だから、お前らにこの生活から抜け出せるチャンスをくれてやろうっていうんだ。ここでビビッて何も出来ないってんなら、ここでゴキブリみたいに惨めな日々を送るといいさ。でもな……」
順平が笑う、この場が自分の望んだ空気になりつつあることを感じ取って。
今や小間使い組の生徒たちの視線は順平と彼の掲げた武神刀へと一心に注がれ、誰もが順平の話をのめり込むようにして聞いていた。
そうして、小屋の中の空気を完全に支配した彼は、計画の成就のために必要な駒を手に入れるためのトドメの一言を口にする。
「もし、ここから抜け出したいっていうのなら、お前たちも覚悟を見せろよ。仲間一人を切り捨てて、お前たちはこの刀を手に入れる。その後のことも俺が面倒見てやるよ。同じ罪を背負った、決して裏切りが許されない同志として俺と組むっていうのなら……俺が連れて行ってやる、ここじゃない、煌びやかな世界にな」
ごくりと、誰かが息を飲む音が響いた。そんな小さな音が聞こえてしまうくらい、小屋の中は静寂に包まれていた。
彼らにとって、順平からの申し出は願ってもないチャンスだ。信憑性が薄くとも、もしかしたら自分たちがこの苦しくて辛い生活から抜け出せるかもしれないという希望がある。
その代償が、燈への裏切りだとしても……彼と友人でもなんでもない自分たちにとっては、どうでもいいことだ。
心苦しくはある。許されないことだという自覚もある。だが、だからといってこの蜘蛛の糸を手放す気にはなれない。
答えはもう、決まっていた。十数名の男子たちは瞳に暗い炎を灯し、順平へと頷いてみせる。
「……よし、決まりだな。じゃあ、計画を説明するぞ。お前たちは――」
こうして、憎き燈に対する報復に必要な手駒を揃えた順平は、その実行に向けてひたすらに突き進み続ける。
歪んだ感情と優越感に支配された彼を止める者はどこにも存在せず、この非道な計画はただただ実現に向けて動き続けるのであった。
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