第36話 アバン王との戦い

 翌日の早朝、広間には長老を含む各先鋭隊が机を囲んでいた。

 ジョナとルアンナ率いる飛竜守り、長老率いる魔術師たち、レイアン率いる戦士たち、ヴェリエル率いる天使の子孫たち、そして、戦いの頭脳としてルーノも席に着いていた。

 他のダイモーンや飛竜たちは速やかに結界の内側に移動し、じっと終結の時を待っていた。

 選び抜かれた先鋭隊を前に長老は口を開いた。

「アバン王は先ほど母なる森に入り、真っ直ぐこちらに向かって進んで来ている。速度はゆっくりだが、油断は出来ない。ライリーにつけた追跡羽が我々に位置を教えてくれている」

(……皮肉なものだが、今ライリーがあちら側にいて助かっている)

 長老は決して口には出さなかったが、心の中で呟いた。

「やつらが葬られた崖ガル・デルガに侵入出来る経路は一つ。崖と崖の間にあるこの道だ」

 長老は地図を指さしながら、全員が把握するのを待った。

「我々はここでアバン王を迎え打つ。昨日ヴェリエル殿と打ち合わせをした結果、第一陣に天使の子孫たち先鋭隊を。そして、第二陣にレイアンの隊を。ダイモーンは人間に危害を加える事は出来ないが、守ることは出来る。レイアンたちは天使の子孫たちの護衛を頼む。我々魔術師は全体を見渡せる崖上から援護する。そして飛竜守りたちは隙をみてライリーを奪い返してもらう。呪詛じゅそがらすを外せたら合図の指笛を鳴らすから、合図とともにライリーを囲ってくれ。そこに結界をほどこす」

 長老の指示をうけ、皆それぞれが自分の役割を理解し、大きくうなずいた。



 アバン王の第一陣が現れたのは、ジョナたちがそれぞれの位置についてすぐの事だった。

 アバン王の騎馬隊は砂埃を上げながら、速度を落とすことなくヴェリエル率いる有翼馬隊に真っ直ぐ突っ込んで来た。

 しかし、両隊が衝突する前にアバン王の騎馬隊は突如地面から現れた大きな岩によって足を掬われ次々と落馬していった。

 混乱した馬達は暴れまわり四方八方へと走り去っていく。

 ヴェリエルはその様子を眺めながら、崖の上に居る魔術師たちを思い浮かべた。

(つくづく思うが、本当に魔術が人の手に渡らなくて良かったよ)

 ヴェリエルが苦笑いをこぼしたのも束の間、落馬した兵士たちは即座にその場でいくつもの小さな陣を組み、歩兵隊として形を変えた。

 それを見たヴェリエルは、剣を握りしめた右腕を大きく天に掲げた。

「お前たち! 今こそ長年の屈辱を、友を守れなかった悔しさを晴らせる時だ! 進め!」

 腹の底から出たヴェリエルの開戦の合図を聞き、天使の子孫たちは共鳴するかのように叫びながら歩兵隊とぶつかった。


 レイアンはその戦いを呆然と眺めていた。

 こんなにも簡単に敵の兵士たちの首が宙を舞っていくものだろうか。

 ヴェリエルたちの熟練された剣裁き、攻撃のいなし方、馬の扱いを目の当たりにして、レイアンは身震いをした。

 数では圧倒的におとっていた有翼馬隊はその力を十二分に発揮し、次々と兵士たちを斬り倒していく。

 だが、アバン王の兵たちも良く鍛錬されており、戦いの最中でありながら幾度となく戦略を練り変えているように見てとれた。

 しかし、レイアンはこの戦いに一抹の違和感を覚えた。

(この隊に隊長は居ないのか?)

 通常一つの隊には隊長という存在が居るはずだ。だが、アバン王の騎馬隊にはその人物が見当たらなかった。

 レイアンはその瞬間一つの言葉が頭に浮かんだ

(捨て駒……まさか、この数全てがか!?)

「ヴェリエル殿!」

 レイアンは慌てて先陣を切っているヴェリエルに伝えようと叫んだが、時すでに遅かった。

 大きな地鳴りの音とともに騎馬隊の本陣がこちらに向かってくるのが見えた。

 レイアンは愕然としながらその光景に目を奪われた。

(騎馬隊の本陣はあれか! だとしたらかなり不利だ。数が多すぎる……!)

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