歴史についての検索→画像

博元 裕央

・過去と現在が変わるまで

「こんな、馬鹿なことが」


 タワノビッチ教授は、その髑髏めいて痩せ老いた顔の落ち窪んだ目を見開き、震える骨ばった指でその発掘物を掴んだ。褒められた行いでは無かったが、日ごろ歴史の研究や解釈について言い争う仲の、研究室に同席する禿頭巨躯の沖ノ島教授、黒い長髪に若いが陰気な渋面のヴァロア教授もそれを咎める余裕は無かった。


性質たちの悪い悪戯じゃ。そんな筈がない」

「ですが」


 発掘物を手にして逃避するように唸るタワノビッチ教授に、沖ノ島教授はそれの表面の拡大写真を提出し反論した。


「私の専門は鉄器です。私の研究成果をご存知でしょう。その私が断言します。間違いなくこれは東ゴート王国時代の鉄器です」

「だが!」


 沖ノ島教授の鉄器を見る目は確かだとタワノビッチ教授も知っていた。しかし、尚の事信じられぬとタワノビッチ教授はそれを指差した。


「東ゴート王国時代にこんな板金鎧プレートアーマーは存在せぬ! ローマ帝国式板金鎧ロリカ・セグメンタタが残っていた等という言い逃れも通用せんぞ、これは遥か後の時代の様式のそれに近い、いや、それよりは……」


 その発掘物は、鎧と二振りの剣だ。だが立派過ぎる。煌びやか過ぎる。華麗な装飾の施された板金鎧プレートアーマー鎖帷子チェインメイルが主だった時代にそぐわず、剣も時代の基準から外れているだけでなく振り回す事に難儀しそうな大剣と、時代の技術にそぐわぬ異常な鋭さと錆への耐性を備えた小剣の二振りだ。


「東ゴート王国の王テオドリックを基にした伝説上の英雄、ディートリッヒ・フォン・ベルン。これはその伝説シズレクのサガを思わせますな」


 まるで魔法の武器と防具、史実ではなく伝説だ、と苦笑するヴァロワ教授。


「……伝説? いいや、違う。違うと思っているだろう、ヴァロワ教授」


 その言葉に、当初は常識的だったタワノビッチ教授の論理が、寧ろ逆に怪しく飛躍した。


「な、何を言われるのです、タワノビッチ教授」

「もっと違うものだと思っているだろう、ヴァロワ教授。君のスマートフォンの中にあるものに似てると思っているだろう! いいや、私がそう思っている! これは正にあの、歴史と神話と伝説を一括りにキャラクターにし、歴史や神話や伝説についてネットを検索すると本来の人物どころか武器や兵器までキャラクター化された美男や美少女のマンガ・イラストを大量にヒットさせるあれらと同じものじゃ!」

「馬鹿な!?」


 ゲームを愛好するヴァロワ教授はスマートフォンを使うゲームも行っていた。仕事は仕事趣味は趣味と割り切ってか、歴史や神話や伝説の英雄たちがヒーロー・ヒロインとして、特に後者に関してはしばしば本来の性別を変更する形でヒロインとなりネットの検索結果を混乱させる現象を起こしていた作品達を。だが。


「そんな事ありえません! 妄想です! 画像についての検索結果が現実を侵食する筈が無い!?」

「だが起こったのだ! これは数日前まで何の変哲も無い東ゴート王国の発掘物だった筈なのだぞ!? それが衆人環視と監視カメラの撮影の中変わったのじゃ!」


 T教授の叫びに沖ノ島教授が同意し頷く。報告をしたのは彼だ。発見した当初は当たり前の鎖帷子チェインメイル短剣サクス二振りだった筈なのだ。それが突然こうなった。歴史的に有り得ないというより更に有り得る筈の無い怪奇現象だった。


「信じられぬのも否定したいのも無理はなかろう。私もそうだ。だが君のスマートフォンを少し見ただけの私でも、これがそれに出てくる武器にそっくりと見えたのだ。君ならそれは否定できない筈じゃ」

「……確かにそうです。ですが、だからこそ悪戯な筈だ……例えトリックの種が分からずとも……」

「悪戯だとすればあまりにも大規模に過ぎる。先だってシリー諸島で発見された、円卓騎士トリスタンの無駄無弓フェイルノート切先無き屠竜剣クルタナ。英王室は大混乱じゃ」

「……それに、元々過去とは、歴史とはそう言う要素があったとは思えませんか」

「沖ノ島教授、何を!?」


 突然柄にも無い突飛な事を言い出す沖ノ島教授に、ヴァロワ教授は目を剥いた。沖ノ島教授は淡々と呟く。


「長らくある人物のものとされた肖像がいつしかそうではない事になったり、革新的な指導者だと思われていた人物が寧ろ保守的な政策を行っていたという事になったり。歴史とは、元々書き換わるものだったのでは」

「な、何を言うのです。それは単に研究が進んだ結果で……」

「歴史の研究とは、そういうものがあったという記録同士・発掘物同士が相互補完し、それが一番正確ではないかと言う事は出来ても……決して私達は歴史の素顔を直視した事は無い。大多数の総意がそれを事実だとしているだけだ」


 そう、多数の新しい情報が流れ込む事で、威厳在る壮年の王が美少女と成る検索結果の画像めいて。


「現代の社会が、大量の人間の意識が、現実を歪め始めたと言うのですか!? 観測者効果や人間原理やマクスウェルの悪魔やシュレディンガーの猫のように!?」


 ヴァロワ教授の脳と心臓を根源的な恐怖が捉えていた。対して沖ノ島教授は、根源的恐怖を受け入れた微笑を浮かべた。


「必ずしもそういう原理とは限らないが、何度も歪んでいるのかもしれないぞ。世界五分前仮説というものもあったからな。我々の知る過去と現実がいつからそうだったのか、我々ごと変化しているのなら理解のしようがない。朝起きた時覚えている昨日が本当にその通りなのかどうか……」


 そう言いかけて、沖ノ島教授の姿が消えた。資料を検証した結果架空の存在だと判明した歴史上の人物のように。


(怖く、ない)


 そしてヴァロワ教授は気づいた。自分の心が驚く程落ち着いている事に。恐らく、自分もまた消えるか変わってしまう事にも。


「もしそうだとしたら、いや、例え我等が消えるのでなかったとしても」


 タワノビッチ教授が、憑き物が落ちたような表情で呟いた。


「歴史を巡って争うとは、何と愚かな事なのだろうな……」


 そして彼らは【過去】になった。

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