516話 親子丼 (アイリーンの婿取物語 12)







「我は アイリーンに相応しくない」


背中合わせに座るテンコが、ぐすんと鼻をすすりながら ぽつりとこぼした。


「また きっとアイリーンを危険な目にあわせてしまう」


アイリーンが愛おしくてたまらない。

アイリーンが欲しくてたまらない。


「アイリーンの側にいない方がいいと思う」


テンコは自分を止める自信がない。

好きなのに、守りたいのに そばにいたら自分が一番アイリーンを傷つけてしまう。


さっきみたいに。


「だけど、、だけど我は アイリーンと共にいたいのじゃ」


ううっ、と テンコが苦しそうに呻く。

もどかしくて、せつなさが涙となって 瞳からこぼれ落ちる。


「我が強くなるまで 待っててくれぬかのぉ?」


背中合わせに座るアイリーンの 床についた手に テンコが手を重ねようと動いた。


が、それは空振りに終わった。


アイリーンが すくっと立ち上がったのだ。


「アイリーン?」


テンコが振り向き、アイリーンを見上げる。


「言ったでしょ?待たないって」


アイリーンはテンコを見下ろし、無慈悲にもそう言い放った。


夢の中の母のように 相手が来てくれるのをただ待つのは嫌。

幸せはこの手でつかむ。


「こんなとこでウジウジ 停滞しているようなヤツはゴメンだわ」


「アイリーン……」


アイリーンの冷たい言葉に テンコがしょんぼり顔を伏せた。

カラン、と 狐面が 地に落ちる。

ぽたり、光る涙と共に。


「さっさと行きなさいよ」


「うぐっ、、ぐすっ」


「ヨーコがアンタを鍛え直すって言ってたから」


「!?」


テンコが顔を上げ アイリーンを見た。

涙に濡れた顔。

だけど、驚きと期待、ほんの少しの希望に輝く 金の瞳で。


「時間、ないわよ」


「う、うん///」


テンコが泣き止み、嬉しそうに頬をゆるめると パラパラと降っていた雨が止んだ。


「アタシ、明後日には合コンだから」


「えっ?」


「いい人いたら決めちゃうからね」


「ゴーン!?」


時間、無さすぎ!!


「だめじゃ、アイリーン!行ってはならぬ!」


テンコが飛び上がり アイリーンにまとわりつく。


「アタシの勝手でしょ」


「イヤじゃ!イヤじゃ~!!」


「うっさいわね、早くヨーコのとこ行きなさいよ」


「イ――ヤ――じゃ――!!」


「……邪魔」


「ゴーン!?」


テンコはいつもの調子を取り戻し、″すぐに強くなるから″と、ヨーコの元へと跳んで行った。



テンコが去ったあと、アイリーンの元に 心配するヒナが迎えに来てくれた。


話をしながら回廊へと歩いていると、丁度オーガの村から戻ってきたサクラとイシルに出会った。


「アイリーン、ヒナ、来てたんだ~」


「あ、サクラさん」

「……」


「雨が降ったから雨宿りしてて遅くなっちゃった」


たははと笑うサクラの顔が少し赤い。

隣に立つイシルは機嫌が良さそうだ。


こっちは大変だったのに二人でイチャイチャしてたのかと思うと サクラののほほん顔が恨めしい。


「あれ?アイリーン、どうかしたの?」


事態の飲み込めないサクラに、アイリーンは ずいっと詰めより、襟首を掴む。


「え?え?」


そして 凄みを増した顔をサクラに近づけ、ドスのきいた声を出す。


「サクラ、、」


「……はひ」


飼い猫ランのしつけくらい、ちゃんとしなさいよね」


(ひいいっ、、お怒りですね、アイリーンさん。何したんだ、ランよ。)





◇◆◇◆◇





今日の晩御飯は親子丼。

おかずはキャベツとブロッコリーのおかか炒めにはんぺん磯辺揚げ。

ほうれん草の白和えに ランの好物、ぷちぷち子持ちいか。


「「いただきます!」」


ランが早速子持ちイカを口にほうり込む。

むちむち、ぷちぷち。


「ねぇ、ラン」


サクラはサラダがわりのキャベツとブロッコリーのおかか炒めでベジファースト。


胡麻油で炒めたキャベツとブロッコリーに顆粒だしと塩で味つけし、ちょっぴり醤油で味を整え、おかかをまぶした常備野菜。

炒めすぎないのがコリコリ、しゃきしゃき食感。

あっ、エリンギも入ってる!


たっぷりおかかが香ります。


「アイリーンに何かした?」


「ん?オレ、今日アイツに会ってないぞ。バーガーウルフには行ったけど、アイツいなかったし」


「……そう」


はんぺんは磯辺揚げ。

はむんとかぶりつくと カリッとしたファーストコンタクトの後、ふわっ、とはんぺんの弾力。

雲を噛むってこんな感じ?


中にはチーズが入っていて、ほどよい塩気。

くしゅりとしたはんぺんにチーズがからまり、そこに青海苔の磯の香り。

う~ん、美味しい♪


「バーガーウルフに行ったって事は、ヒナには会ったんですね?」


イシルはほうれん草の白和えを口にしながら ランに質問する。

白だし香る まったり白和え。


「ああ。おかわり」


ランは早くも親子丼を平らげ、イシルにおかわりを催促した。

二杯目の親子丼をイシルがよそい、ランに差し出す。


鶏肉は柔らかく煮込まれ、程よく味が染み込み、とろっと玉ねぎ、ふんわり卵にいだかれている。

むちっ、もちっと 少し歯にまとわりつくような弾力。

ちょっぴり汁だくぎみの甘い割下が麦めしにしみ、優しい味わいの親子丼。


「もぐっ、、珍しくヒナが揉めててさ」


「お客さんと?」


「いんや、バイト仲間と」


「女性同士のケンカですか」


「うん、髪の毛引っ張りあって見物だったぜ」


ケタケタと笑うラン。


「でさ、周りの客も引いちまってるし、カウンターの狭くて手が出せないからオレがヒナを後ろから抱きしめて 止めたんだよ」


「「は?」」


男性が苦手なランを 後ろから抱きしめた、と?


「ヒナは大人しくなったんだけどよ、相手の女が ヤレ、アイリーンが 詐欺師だ、人の男食いまくってるだの騒いで煩かったから、言ってやったんだよ アイツ、まだ処女だって」


「「えっ!?」」


「匂いでわかるからさ」


「「……」」


隠されているからこそ妄想膨らむ女の子の秘密を 他人が公衆の前面で口にした、と!?


「騒ぎはおさまったし、不本意だがアイツのイメージも守ってやることになって、オレは今日ちゃんと仕事したんだぜ?おかわり」


ランがニコニコと得意気に どんぶりをイシルに差し出した。


イシルはビミョーな顔をして ランからどんぶりを受け取る。


純粋なヒナに手を出しフリーズさせ、乙女アイリーンの神秘を暴露したラン。


(これは、アイリーンの頼みを断るわけにはいかなくなりましたね……)


イシルはサクラに 心の狭い男と思われたくなくて カトレア行きを了解したが、アイリーンづてに阻止しようと考えていた。


しかし、これを聞いてしまっては それも出来ない。


イシルはランにおかわりの親子丼を手渡すと、、


″ぱく、ぱく、ぱくっ″


器に三つ残っていた ランの好物の子持ちヤリイカを口にいれた。


「あ″――!!」


″もぐっ、ぷちっ、ぷちっ、″


ランが大事に一個づつ食べていた子持ちヤリイカを豪快に食べる。


「とっといたのに!!」


「皆のものですから」


言葉でツン、と ランを突き放した。


(僕の計画の邪魔するからですよ)


幼稚化してますよ、イシルさん。














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る