497話 ギルロスの依頼(アスの場合)







「そんなとこ立ってないで座ったら?」


アスが窓辺に立つギルロスに ソファーへ座るように促す。


「いや、ここで」


すぐに逃げられるようにであろう、テラスへの扉は開いていて、ギルロスの体は半分外に出ていた。


(不本意ながらって訳ね)


よっぽどの事情があるようだ。


アスがソファーへと座ると、すぐにマルクスがお茶をもって入ってきた。


「本の複製が終わりましたのでこちらに置いておきます。ジョーカーはアールに任せました」


「そう、ありがとう」


ウサギのぬいぐるみジョーカーとクマのぬいぐるみのアール。


(イシルが見たら喜びそうね)


マルクスは本をアスの執務机に置き、お茶をいれると、一礼し出て行った。

アスは再びギルロスに声をかける。


「そんなに離れてたら落ち着いて話しもできないじゃない、こっち来て座りなさいな」


ギルロスは動かない。

仕方なく、アスはもう一言つけ足した。


「約束する。何もしないから、


悪魔は嘘をつくと 業火に焼かれて消滅してしまう。

だから、約束は守る。


、ね」


ギルロスはアスが″約束″をしたので、ようやく二人がけソファーへ腰かけた。


相変わらず 良い男だ。

アスはギルロスから香る魂の匂いにうっとりとする。


しかし、、


(なんか疲れてる?)


心労が顔に表れている。


オオカミさんギルロス、なんか老けたわね」


やつれた顔がまた色っぽい♪


「構うな。長居したくないから単刀直入に言うぞ」


ソファーへ座ると、ギルロスは茶も飲まずにすぐに話を切り出してきた。


を この館に招待して欲しいんだ」


「招待?別にアタシに許可なんかいらないわよ、宿なんだし」


部屋なんて増やそうと思えば魔法でいくらでも増やせる。

足りなくなることはないのだ。


「あれ?もしかしてお金が払えないってこと?お友達価格で安くするわよ?」


友達じゃないけれど。


「ああ、言い方が悪かったな、金はあるんだ。無いのはここに来る体力だ」


「どういうこと?」


ギルロスは ″はぁ″っ、とため息をつく。

う~ん、枯れた感じがセクシーだわ///食べたい♪だけど、今日はガマン。


「オレには依頼主がいるんだが、体が弱くてな、屋敷から外に出られない。だが、そいつが、どうしてもここに来たい、と。反対したんだが、聞きゃしない。あんたなら各国に魔方陣の扉が繋げてあるだろ、だから、それを通して、ここに招待して欲しいんだ」


依頼主の我儘をなんとかすべく、悩みに悩んで、ギルロスは仕方なくここへ頼みに来たようだ。


「それくらいなら別に良いわよ、イシルだってヨーコだって使ってるんだし、勝手にどうぞ」


「それだけじゃないんだ」


ギルロスはまた″はぁ″と ため息を吐く。

ああ、食べたい、身も心も///


「あんた、人の見た目を変えることが出来るか?」


「容姿を?変装ってこと?」


「変装レベルではなく、別人にだ。瞳の色、髪の色、声――」


「出来るわよ、出来るけど、何?身分を隠したいほど偉いヤツなの?」


「……」


「言いなさいよ、聞かなきゃ協力も出来やしないわよ」


「……国王だ。正確には、次期国王」


それだけ聞いて、アスはピンとくる。


「もしかして、子猫ランちゃんに会いに来るの?」


「……イシルに聞いたのか?」


怪訝な顔のギルロスに、アスは『いいえ』と、返した。


「黙っててもアタシにはわかるのよ、だって『魂の質』が見えるんだもの。子猫ランちゃんの魂は王族のソレだわ。呪いがかかっていてもその本質は変わらない」


前にイシルがオーガの村に出かけた時に アスは″マタタビ酒″を持ってサクラとランを酔わせてつぶしたことがある。


酔っぱらったランから兄弟の話をチラリと聞いた。

病弱な兄と脳筋バカの兄。

三人とも母は違えど、大人達の思惑とは裏腹に仲は良かった。

今どうしてるか。


国王が不在のまま、皇太后が代わりを勤めている国は一つ。

サン・ダウル王国。

大国だ。


「何よ、子猫ランちゃんを連れ戻しに来るわけ?」


「いや、そうじゃない。一目、無事を確認したいだけだ。会えなくても、遠くからでも その姿を見たい、と。いつ死ぬかわからないのに、と、泣きつかれてな。クソッ、あの利かん坊め、、大分よくなったと思ったら」


アスは苦笑い。

ギルロスの一番弱いところ、情にうったえられたようである。

第一王子メルリウス。

さすがにサン・ダウルの頭脳といわれるだけある。


「姿を変える必要がある?」


「ランに会いに行けと言ったんだが、呪いのかかった姿を見せたくないそうだ。元をたどれば メルの――依頼主の親族達のせいで起こった事件だから、兄の罪悪感を煽るだろうってな。それに、国王不在の国に 国に恨みを持つと思われる王子が乗り込む訳にはいかない、と。頼めるか?」


「いいけど、高くつくわよ?」


「金なら惜しまんさ」


国王だからな、と言うギルロスに、アスが″ノンノンノン″と 人差し指を横に振る。


「お金じゃ、動かないわよ、アタシ」


「チッ、、コレだから人じゃないヤツは面倒なんだよ」


嫌そうな顔をするギルロスを見て アスがふふん、と、愉しそうに嗤う。


「そうねぇ、、アタシの事を名前でよんでくれる?」


「名前?そんなんでいいのか?」


「だってアタシの事、『お前』とか、『アンタ』とか、『悪魔』とか、呼ぶでしょ?」


「……わかった」


ギルロスの返事に、アスが目を細める。

そうじゃなくて、と ソファーから身をのりだし、ギルロスに近寄る。


「名前を呼んでよ」


「わかったよ、アス」


ギルロスに名前を呼ばれて、アスがふふふ、と、満足そうに笑った。


「それが、一つ目でしょ」


「何だ、一つ目って――」


ギルロスがぎょっとしてアスを見た。

アスは髪をかきあげながら ギルロスに流し目を送る。

ふわん、と バラの香りがアスの髪から漂う。


「あら、瞳の色を変える代わりに、報酬一つよ。声も髪の色も変えるんでしょ?」


ということは、あと二つ。


「……二つ目は何だ」


「二つ目は 髪の色を変える代わりに――」


アスがギルロスの隣へと座る。


「アタシも 名前で呼んでいい?″ギル″って」


アスから漂う薔薇の香りが一層濃くなる。

何だか気持ちの緩む香りに、ギルロスは振り払うように少し頭を振る。


「別に、、名前くらい呼べばいいさ」


アスはギルロスの耳に唇を寄せると、甘くささやく。


「ありがとう、ギル」


″ゾクリ″


脳に直接呼びかけるようなアスの声。

アスの声がギルロスの耳の奥をくすぐり、ゾクゾクっとする。


アスの首筋から漂う薔薇の香りが強くなり、ギルロスは 酒に酔ったようなふわふわとした気持ちになってきた。

何か、おかしい。


「そして、最後、三つ目は、声を変える代わりに――」


「ま、待て、、」


ギルロスは最後の願いの前に待ったをかけた。


ギルロスは古い言い伝えを思い出す。

悪魔と交渉するときに、一度に三つの願いを叶えてもらってはいけない。

悪魔に魂をとられてしまうから。

名を呼び合い、お互いを認識し、三つ目の願いで 悪魔の所有物となる話を 何かの本で読んだことがある。


「これ、『契約の儀式』じゃないのか?″三つの願い″」


「あら、知ってた?」


アスがギルロスを見てクスクスと笑った。


「お前、何もしないって約束じゃ――」


「アタシは何もしてないわよ?話を振ってきたのはギルでしょ?」


「なっ!」


「アタシは何もしてないし、嘘もついてないわよ?」


(コレだから悪魔ってヤツは!!)


悪魔は″約束″は守るがへ理屈ばかり並べ立て人を丸め込んでしまう。

悪魔との契約が恐ろしいのはこういうところだ。


「うふふふ、冗談よ、冗談。実際はお互いにを呼ばないと 契約なんて結べないのよ。だから、これは普通に交渉よ。心配しないで♪」


ギルロスがアスを睨む。


「オレをからかったのかよ」


「ずっとアタシを避けてたバツよ。じゃあ、三つ目は――」


「いや、いい!二つでいい!!」


「あはは、ジョーダンだって。アタシだって子猫ランちゃんのためにてやってあげたいもの。まとめてアタシに任せなさい」


ギルロスは 話しは終わりとばかりに ソファーから立ち上がると 扉の開いているテラスへとひらりと跳んだ。


「宿代も魔方陣の使用料もきっちり支払うから、請求書を書いておいてくれ」


「そう?大丈夫なのに。ま、くれるというなら頂くわ。相手は次期国王なんですものね。丁寧におもてなしさせていただくわ」


ギルロスは″はぁ″と 嫌そうな顔をすると、そのままテラスから飛び出していった。


(あのイヤそうな顔、たまんない///)


これから楽しくなりそうだ。



















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