494話 異世界で朝食を2 (イシルの場合)







「ランが朝食作ってくれるなんて珍しいね」


サクラはほうれん草のスクランブルエッグを口にいれる。

バターたっぷりで、コクがあるスクランブルエッグはハムサンドによく合う。

ほうれん草とハムが合わないわけがないもんね!


「んあ?肉焼くくらいは出来るさ。ずっと一人だったし、野宿では狩った獲物を焚き火で炙って食ってたしな。」


そう答えたランに、いつものようにイシルのお小言が入った。


「野菜も焼いてくださいよ、ラン」


「サラダはちぎってやっただろ」


いつも野菜野菜と口煩く言っていせいか、ランも少しは気にして、サラダは用意してくれたようだ。

ベジファーストのサクラのためでもある。


「そうですが、外では生野菜より温野菜の方がいいですよ、生野菜は体が冷えますから。肉と同じく 野菜も切って焼くだけですよ?」


「皮向くのメンドクセー」


「剥かないで焼いても構いません。実と皮の間には一番栄養がつまってるんです。むしろ剥かないで丸ごと食べた方がいいんです」


「あー、、」


「なんならホイルにまいて焚き火に放り込むだけでいいんです。茄子も、キノコも、芋類も、葉野菜系だってホイル焼きにすれば甘味が出て美味しくなるし、余すことなく栄養がとれます」


「うー、、」


立て板に水。

反論の余地がなく、ランが何も言えなくなる。

小姑イシル復活です。


「うるせぇな、イシル、大体、お前があんな状態じゃなきゃ、別にオレは料理なんか作らなかったんだよ」


ひっくり返すしか出来ないランの逆襲。

そのランの言葉をサクラが拾う。


「何?『あんな状態』って」


「なんでもありません」


あんなカッコ悪い状態、サクラに知られたくない。

それに、ここで昨日のイシルの狼狽っぷりを暴露されたら、せっかくサクラの罪悪感を払拭したのに、意味がなくなる。

しかし、ランは止まらない。


「昨日、イシルな、だいぶポンコツだったんだよ」


ニヤニヤ笑うランに対し、イシルは心でチッと舌打ち。


(仕方ない)


「サクラにも見せてやりたかったな~、イシルってば、グラタンは――すし、風呂で溺――――から、驚いたよ」


意気揚々と喋るラン。

しかし、サクラは聞き逃す。


「ごめん?ラン、聞こえなかった」


「だから、グラタンは――――で、晩飯は――――ねぇし、その後も 風呂で――――から、オレが――――て、イシルの服を―――てやってさ、仕方なく サクラの部屋で イシルを――――して、、」


「???」


やはりサクラは肝心なところが聞き取れず、ランが何を言ってるかわからない。


「って、イシル、お前、サイレントの魔法使うなよ!」


どうやらイシルがランに沈黙の魔法を使ったようだ。


「サイレントではありません、禁止用語を設定し封印しただけです。君は卑猥な言葉を使うので」


NGワードでした。


「え?卑猥な言葉??」


(ランはイシルさんに服を着せたの?脱がせたの?剥ぎ取ったの!?(←考え方が腐)

私の部屋で イシルさんを、″押し倒した!″とか!?(←あってる)


今のランの会話の中に卑猥な言葉はありませんが、サクラの頭の中は妄想でいっぱいに。


「……変な魔法使うなよ、イシル。サクラがおかしな顔でワクワクしてるだろ、解除しろよ」


サクラの気を反らすことには成功ですね、イシルさん。





◇◆◇◆◇





「ところでサクラはなんで昨日帰らなかったんだ?」


朝食の片づけをしながら、イシルがあえて聞かなかったことをランが聞いた。


「ごめんね、ランにも心配かけたよね」


「いや、いいよ。帰ってきたんだし、連絡しようがないだろ。イシルから薬屋の事情は聞いてたからさ、それは気にすんな。久しぶりの自分ちだろ」


「ありがとう、ラン。帰るつもりだったんだけど、友達とお昼食べてたら、お酒に付き合う事になってさ、その友達が酔っぱらって潰れちゃってね、介抱してたらいつの間にか時間過ぎてて、、本当にごめん」


(如月と、酒を……)


聞きたくない、でも、知りたい。

イシルは保冷庫を整理しながら、聞きたくないのに聞いてしまう。


「楽しかった、ですか?」


恐る恐る聞くイシルとは裏腹に、サクラの顔が ぱあっと輝いた。


(楽しかったんだ)


聞かなきゃ良かった。

自分で聞いといて勝手に傷つくイシルさん。


「その店の料理が、もう///凄く美味しくてですね、、」


(料理、、ふっ、、)


イシルは心の中でほくそ笑む。

サクラの輝く笑顔の正体は 如月ではなく 現世で食べた料理のようだ。

如月も料理には勝てないのか、ザマーミロ。


「店はオヤジさん一人でまわしてたんです」


(″オヤジさん″てことは、男性!?)


敵は如月ではなくオヤジさん!?

しかも、サクラのメロ加減から強敵出現の予感!


「お子さんがまだ手がかかるとかで、奥さんと交代で、昼はオヤジさんが仕込みしてる店だったんです」


(なんだ、既婚者か)


浮いたり沈んだり吹っ飛んだり、忙しいイシルの心情コースター。


「料理に合うお酒を勧められて、断りきれずに一杯だけいただきました」


「飲みたかったんだろ」


ランがサクラにつっこんだ。

よくわかってらっしゃる。


「うっ///そうだけど。チートデイだし、良いかなって思って」


「サクラさんが楽しめて何よりです」


料理にも酒にもオヤジさんにも負けてる如月に、気分回復イシルさん。


「そのお酒、イシルさん好きそうだから買いましたよ!モルガンさんも好きかと思って、二本リュックに入ってます。そうだ、ランが好きそうなツマミも買ったんだよ」


「楽しみだな、今晩飲もうぜ」


「いいですね、飲みましょう」


現世にいても サクラはいつも自分達の事を思ってくれてるんだなと、イシルは嬉しく思った(←HP全快!!)


「で?その後は?」


まだ掘り下げるのか、ランよ。

もうこの気分良いまま終わりにしたいイシルさん。


「いつもそんなに飲まない人みたいでさ、トイレで寝ちゃったから家まで送っていったの」


「えっ!家に行ったんですか!?サクラさん」


驚きにイシルの声が少し大きくなる。


「はい。家はすぐ裏手でしたから。オヤジさんは店があるし、友人は歩けなくもなかったので私が」


ああ、やっぱりランの口を封印しておくんだった!

しかし、聞いてしまったからには何があったか最後まで聞きたい。

何もなかったことを確認したい。


「家は独り暮らしなのに凄い家でしたよ~集合住宅(マンション)、こっちで言えば宿みたいな感じなんですが、門は監視がついてるし(オートロック)転送機(エレベーター)は三台あって、空にそびえる塔の最上階で 眺めも抜群でした」


(独り暮らしの男の家に……)


「ベッドルームを見つけて寝かせたんですけど、いやー、抱きついて離れなくて大変でしたよ、あの酔っぱらい」


サクラがカラカラと笑う。


(だっ、抱き!?)


イシルは内心おだやかではいられない。

サクラのパーカーから如月の使う練り香水『雪』の香りがしたのはそのせいか!!


「くっついて離れないから、仕方なく一緒にベッドに横になってました」


(ベッドぉ!!)


「サクラさんは、その、、抵抗しなかったんですか?」


あまりの事に声が震える。

そんなイシルの動揺をよそに、サクラはあっけらかんとこたえた。


「相手は酔ってますから、逃げようとすると反射的に捕まえに来るんですよ。だから、そのまま相手が眠ってしまうまで待とうかと」


無抵抗で抱かれていた、と!?


(なんて事を、、)


イシルがぎりりと奥歯を噛む。


(如月め!サクラさんの人の良さにつけこんで そんなことを!!)←人の事言えない


「大丈夫、だったんですか?」


「ええ。そんなに手はかからなかったですよ」


(如月がではなく貴女がです!!)


「人付き合いの少ない人だから、たまってて、自分では処理出来ずに苦そうでしたからね」


(たまってた!?何が!?)


「仕事のストレスで、酔って少し愚痴っぽかったくらいで、可愛いもんでしたよ」


(ストレス、そっちか///)


「キス魔とか 脱ぎ魔とか 暴れる君じゃなくて助かりましたよ。そんなに手はかからなかったです。くっついて離れないだけでしたから」


(って、サクラさん~~~~(泣)


「サクラは酔っぱらいの扱い慣れてんなぁ」


「大体まわりが先に潰れちゃうからね。私も日本酒は鬼門だけど」


「じゃあオレも酔っぱらったらサクラに抱きついていい?ま、オレは酔わないからな~」


ランは酔っぱらった自覚がないらしい。

酔うと語尾が″にゃあ″になって、甘えて可愛くなるだけだけど。


「それで そのまま待ってたら、寝ちゃって――」


(無防備過ぎますサクラさん!男の腕の中にいながら寝てしまうなんて危険すぎる!)←いつもそれで和んでる人


「気づいたら夜の7時で、薬屋さん閉まってました。ごめんなさい」


やっぱり日本酒は鬼門だわ と、サクラは″たはは″と 申し訳なさそうに笑った。


「まあ、楽しかったらいいんじゃね?」


(その相手は男ですよ、ラン)


それでも良かったと言えますか?


「で?その後は?友達起きたのかよ」


「それが起きなくてねー」


(良かった、如月にサクラさんの寝顔見られなくて。何もなくて、本当に良かった)


「鍵を開けっぱなしで帰るのも不用心だから、起きるまで待ってたんだよね」


いいから、如月の防犯なんていいから帰って、サクラさん、僕の心が砕けそうです。


「そしたら、足の踏み場もないくらい部屋が散らかっててさ、ちょっと座るとこ作ろうと思って片づけてたら、最新の洗濯機、、洗濯する魔道具みたいなやつね、それがあって、どうしても使いたくなって――」


しちゃったんですね?洗濯。


「最新式洗濯乾燥機、強吸引力の掃除機、ホコリを吸いつけるダ○キンはたきに吸水性抜群の布巾。もう、愉しくて♪」


サクラさん、ダメ男のほうが好きですか?

僕もポンコツのままならな世話やいてくれますか?

素直に抱きしめられてくれますか?


「何と言ってもキッチン!アイランドキッチンはお洒落だけど使いにくいって言う人いるの。でも私は使いやすかったなぁ~、なのにほぼ未使用とか、もったいなさすぎですよ!!」


「料理も、、したんですか」


「簡単なものですよ?冷凍保存してあった食材で リゾット(おかゆ)作って、カボチャの煮物と、、茄子は味噌と砂糖を水でといたタレで炒めただけですし」


サクラさん、如月を落とす気ですか!!?


料理しない男、如月。

友達も少なそう寂しい如月。


酔いから目覚めたら、ベッドの上に寝ていて、一緒に飲んでいたひとが介抱してくれた形跡がある。


部屋はキレイになり、洗濯物も片づき、

おまけに手料理までときたら、グラグラくるでしょう!

何ポイント上げてるんですかサクラさん!!

ええ、わかってます、貴女はそういう人です。

そういうことを当たり前のようにさらりとやって、いつの間にか人の心を癒してしまう。

そんな貴女だから僕は惹かれた。

だけど、無自覚なのがまたムカつく!!!


(如月め――)


この場に如月がいたらイシルは視線で射殺していたかもしれない。


(呪詛だったら届くかな)


ランがイシルから漂うオーラにギクリとする。


「イシル、なんか、コエーよ」


ダークサイドに堕ちそうですよ?





























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