491話 お掃除妖精







サクラは如月の顔に手を伸ばすと――


″むにっ″


如月の顔をおもいっきり押し退けた。


「如月さん///重いです!!」


「う~ん///佐倉サクラさん~」


如月はイシルに似ている。

でも、イシルじゃない。別人だ。


ぎゅうぎゅうとサクラに抱きついてくる如月。


「はなせっ!!」


この酔っぱらめ!


「う~ん///」


しかし、如月は抱きついてくるだけで、それ以上のことはしてこない。

ふふふと幸せそうな笑みを浮かべながら、サクラを放さないだけだ。


(しょうがないな)


酔っぱらうと男女関係なくキスしまくるヤツや脱ぎまくるヤツがいたが、如月はどうやら抱きつくタイプのようだ。

サクラは抵抗することをやめた。


(眠ってしまうのを待とう)


酔っぱらいは力の加減を知らないから、サクラが逃げようとすると如月は逃がすまいと力をこめて引き寄せられ、余計苦しい。

如月が眠って力が抜ければ開放されるだろう。


ベッドサイドの時計を見ると、今1時半。

大丈夫、まだ時間がある。

如月が寝て、ここから出たら買い物しないで 薬局に行き、薬を貰えば イシルをそんなに待たせることもなくいつもの時間に異世界に帰ることが出来る。


佐倉サクラさん~」


如月が 自分の胸に抱すくめるサクラに すりっと頬を寄せてきた。


「はいはい、いますよ~」


サクラにすり寄る如月に、サクラは子どもをあやすように如月の背中に手をまわして、ぽん、ぽん、と 調子をとりながら叩いた。


ねんねんころりよ~はよ寝ておくれ。


サクラを抱く如月からは練り香水『雪』の香りがする。


(いい匂い……)


サクラは 如月から香る『雪』の、爽やかな、少し甘い香りに誘われる。

そこに、にごり酒のなごりの『雪』が ふわふわとした気持ちを運んでくる。


″とん、とん、とん、″


サクラの手が 一定のリズムを刻む。


″とくん、とくん、とくん、″


如月に包まれたまま、じっとしていると、如月の鼓動が サクラの手に合わせるように リズムを刻むのが聞こえてきた。


体もほかほかとあたたかくて、、



サクラはそのまま――……



″すぴー″



寝た。









うつら、うつらと 夢の中。


″サクラさん″


サクラを呼ぶ声がする。


″サクラさん″


サクラの大好きな声――


(むふふ、何ですか イシルさん)


サクラは呼ばれて 目を覚ました。


「あれ?」


イシルの姿は ない。

ここ、どこ???


サクラはぱちりと覚醒する。

イシルがいるわけがない。

現世だ、ここ。


(はっ!寝ちゃった!)


サクラに被さっていた如月はまだ寝ていて、サクラはすんなりベッドから抜け出すことができた。


「如月さん、私帰りますよ~」


声をかけるも、如月に起きる気配はない。


(ま、いっか)


時間を確かめるためにサクラはベッドサイドの時計を再び見た。


″19:00″


(え?)


おかしいな、ちょっとうたた寝したくらいだよ?


サクラは我が目を疑い、もう一度、時計を見る。


″19:00″


やっぱり時計は夜の7時。


「うわあっ!!!」


寝坊した!

遅刻も遅刻、大遅刻だ!!


「てか、薬局、もう閉まってるよ~」


処方せん薬局は病院が閉まる18時に一緒に閉まります。

やっちまった!やらかした!今日はもう異世界に帰れない。


イシルさんにもランにも心配かけてしまう。


(くそう!如月!お前のせいだ!!)


いや、半分は自分のせいだ。

とりあえず家に帰ろう。


(あ、鍵どうしよう)


オートロックマンションとはいえ、玄関の鍵をかけないのは不用心。

家主は酔いつぶれて寝てしまっている。


(う~、、)


どうせもう異世界には帰れないんだ。

今さら急いでも仕方ない。

サクラは如月が起きそうになるまで待つことにした。


ベッドルームを出て、リビングへ。

いいねぇ、素敵な部屋だ。

だけど、、


(キタナイ)


服は脱ぎっぱなし、物は出しっぱなし、掃除、してる?

部屋、泣いてるよ?

料理もしなければ掃除もしないのか如月は。


(仕事一筋ってか)


作業部屋は機能的に片づいていたが、仕事場にむやみに入るのは憚られるので、サクラは自分の座るところを確保すべく、リビングを少し片付けさせて貰うことにした。


散らかっている部屋は散らかした人なりに記憶している。

だから、キレイに片付けてはイケナイ。

どこに何があるかわからなくなってしまうからだ。


サクラはゴミをまとめ、あまり物の場所を移動せずに、スペースを作る。

雑誌はまとめてテーブルの上へ。


(写真集、多いな)


花や風景の写真集から、ファッション雑誌、生き物図鑑。

きっとインスピレーションを得ているのだろう。


流行りのファッション雑誌やギャル系のメイク、ヘア、ウェディング雑誌なんかもあった。


(これは、何かな)


サクラはソファーの下に落ちている雑誌を拾う。


″ナースのお仕事″


「……」


漫画ではない。

エロ本だった。


サクラはそっと、もとの位置に戻しておいた。


(如月さんはナース好きかぁ~)


ソファーにかけられた洗濯物はまとめて洗濯場へ。


(一体いくつ靴下あんだよ!)


ころころ、ころころ、色んな所から靴下が出てくる。

脱ぎっぱなしやがって!


如月のマンションは、ランドリースペースも 広々としていた。

洗濯物も、山盛り。


そして、そこにあったのは、、


(おおっ!ドラム式洗濯機!!)


角が丸く、ずんぐりかわいいドラム式洗濯機。

洗濯、乾燥まで一気にやってくれるのに、何で洗濯物がたまるんだ!?


ドラム式洗濯機、

ドアを開けると、ピカピカ。

しかも、ナナメですね!?


(……使ってみたい)


ピッ、と電源を入れると、ピカリと表示パネルが青く光った。


(おおっ!)


喋り出しそうですね、ドラムくん。


サクラは ドラムくんの口を開けてタオルや肌着、靴下類を洗濯機へと入れる。

洗剤はぷにぷにのジェルボールをポイっ。


タオルがあるから、柔軟剤も注ぎ口に投入する。


ボタンを見ると何やらたくさんあるが、通常コースを選択する。

そして気になるのが


″ふんわりキープ″

″ふんわりジェットほぐし″


多分ふんわりキープは衣類をふわふわに、ジェットほぐしは、衣類が絡まないようにしてくれるのだろう。


(どんだけふんわりになるんだ?)←わくわく


乾燥機つきはどうしてもゴワゴワになるイメージあるからね。

タオルだし、ふんわりキープのボタンを押す。


「君の実力を見せて貰おうじゃないか、ドラムくん」


サクラはピッ、と、スタートボタンを押した。


ジャーっと水音と共に 水が入り、ドラムくんが動き出す。


「うはは♪」


ドラム式洗濯機は水も泡立ちも少ない。

中でくるくる、じゃぶじゃぶ洗濯物が回る。


(なんだろ、楽しい)


アホみたいに延々眺めてしまった。


(片付けしよ)


あらかたものが片づいて、見えてる床面積が増えたところで サクラは掃除機をかける。


掃除機はダ○ソン、コードレス。

スリムで軽くて小回りが効くのにパワフルな吸引力。


何で使わない如月よ、私にくれよ!


楽しい♪ガンガン吸い込んでゆくダイ○ンくん。


調子良く掃除機をかけていると、ガツン、と 何かに当たった。


「あっ!これは、、」


丸いてんとう虫のようなお掃除ロボット″ルンルンくん″

自動センサーで地形を把握し、勝手にお掃除し、お腹が空いたら家へと戻る賢いコ。


サクラはぽちりとボタンを押した。


″ビカッ″


赤い赤外線の目が光り、ルンルンくんが動き出す。

それはまるで、モビルスーツが発進するかのごとく!


「君の名前は今日から『ザク』だ。行け!あとは任せたぞ!ジーク、ジ○ン!」


知ってます?機動戦士ガ○ダムです。


″ピーッ、ピーッ″


「あっ!ドラムくんが呼んでいる」


サクラはルンルンくんに掃除を任せて、洗濯場へと向かった。


ドラム式洗濯機ドラムくんが仕事を終え、取り出したタオルはふかふかで、たたんでいても楽しかった。


如月の作務衣は色落ち大丈夫かなと思いながらも、全部同じ色だから、いいかと、ドラムくんにぶちこむ。

作務衣の洗濯表示を確認したら 手洗いじゃなかったしね。

そもそも如月が気にするようでもないし(←気にしてたら洗濯こんなにたまってない)


(如月さんは物持ち、金持ちだな~)


どれも使ってないから持ち腐れ。

豚に真珠

猫に小判

如月に高性能家電たち。


(あ、そうか、鍵かけてドアポストに入れときゃいいのか!)


サクラは 洗濯を終え、如月にメモを残すと、ドアに鍵をかけてドアポストの隙間から ちゃりん、と鍵を中に落とし入れた。


如月のマンションを後にし、スーパーをまわって家へと帰る。

ランのために子持ちヤリイカの冷凍を買わなくては。


如月の家で色々やっている間は気が紛れていたけど、やはり、イシルが気がかりだ。


(あの場所でずっと待ってるなんてこと、ないよね)


ランがついてるから、きっと、大丈夫。


サクラはそう祈りながら、久しぶりに自分のマンションへと帰って行った。





◇◆◇◆◇





如月は 朝の光りに 自分のベッドで目が覚めた。


(あれ?)


昨日、サクラと一緒に昼を食べた。

トイレに席を立った所までは覚えているのだが、その後の記憶がない。


(オヤジさんが家まで送ってくれたのかな)


久しぶりに楽しい酒だった。

楽しくて、飲み過ぎてしまった。


(佐倉サクラさんに悪いことしたな)


如月は時間を確認しようと、サイドテーブルの時計を見た。

時計の前に 何がある。


(何だ?3000円?)


お金と、メモ。

如月は 手に取って そのメモを見た。


″昨日は美味しいお店に連れていっていただき、ありがとうございました。お金足りなければ次回払いますね。鍵はドアポストに入れてあります。楽しくていろいろ触りました、ごめんなさい。あまり飲み過ぎないように 佐倉″


サクラからの言伝てだった。


(色々触ったって何だろう///)←ヨコシマ


如月は自分の体を見る。

服は着ている。

昨日と変わってない。


(サクラさんが、送ってくれたのか……カッコ悪いとこみせちゃったな)


如月はベッドから起き上がり、リビングへと向かった。


(!?)


リビングを見て驚いた。

リビングが片づいている。


(何で!?)


足の踏み場がある。

お掃除ロボット″ルンルン″くんが 如月のもとまで楽しそうに寄ってきて、如月の足元まで来ると、挨拶をするように止まり、方向を変え、去っていった。


仕事部屋は変化無し。

だけど、リビングにちからっていた脱ぎっぱなしの服と、ランドリールームにあった洗濯物は、洗われてキレイに畳まれ、ボックスに並べられていた。


「色々触ったって、この事か」


自分じゃなかった。

ちょっと、残念(←アホ)


ものがどこにあるかわからなくならないように片付けられれた、サクラの配慮にしみじみと感動する。


如月は水を飲むために、キッチンへと入り、また、驚いた。

使っていないキッチンには、器が出ていて、たまご粥と カボチャの煮物、なすの小鉢がラップして置いてあったのだ。


″チンして食べてください″


サクラの字でそう描かれている。


佐倉サクラさん///」


食材なんて、ほぼなかったのに、冷凍していたご飯と卵で作ってくれたようだ。


如月はラップを外し、たまご粥を口にする。

冷たくても、美味しい。(←チンしろよ)


ふんわりとした優しいたまご粥は 胃にやさしく、お腹も心も満たしてくれる。


冷凍庫に眠っていた冷凍カボチャで作られた煮物。

カボチャの煮物はまったりと柔らかく、甘く、舌にまとわりつく。


「美味しい///」


茄子も冷凍野菜だ。揚げ茄子の冷凍。

口にすると ほんのり甘い味噌味で、茄子は噛まずとも舌で潰され、とろりと溶けた。


「はぁ///」


うちにあるなけなしの材料で、こんなに作ってくれるなんて


如月に天使が舞い降りた。

白衣じゃないけど。


「好きです、佐倉サクラさん///」


サクラの株、爆上がり!!!





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