198話 お好み焼き 2



「姐さん、結婚して!!」


″ガタンっ!!″


オズの言葉と共にキッチンの外で椅子の倒れる音とラルゴの悲鳴が聞こえた。


「わーっ!イシルさんっっ!!落ち着いて!!!」


イシルがキッチンに飛び込む。

サクラが承諾するはずがない、それはわかっている。

わかってはいるが落ち着いてなんかいられない。


サクラとオズがぎょっとした顔でイシルとその後ろについて入ってきたラルゴを見た。

イシルの醸し出す空気は極寒を極め、ラルゴはおろおろすることも出来ず凍りついている。


それを見て、オズが、へらっ、と笑った。


「なんや、姐さん、イシルさんは旦那さんやったんかいな~」


「「えっ!?」」


「こないに血相変えて飛び込んで来はるなんて、えらい愛されてまんなぁ~ものごっっつ男前やし、わてなんか足下にも及びませんわな!こりゃまた失礼しました」


「いや、あの」


ものすんごい変わり身の早さ!

サクラはチラリとイシルを見る。

あ、怒りがおさまってる。


「いやー、料理してんの見てても思うたけど、息もぴったり、相性ぴったり、ぴったんこカンカン、ホンマにお似合いやわ、こんなに見てて和むカップルは他には見たことない!」


うわ、イシルさんを煙にまいてる……

お世辞だってわかってますよね!?イシルさん、わかってるのに、ちょっと嬉しそうですよ?


「ささ、せっかくのお好みちゃんが冷めてまうでー、食べよ食べよ」


オズが場を仕切ってしまった。

恐るべし関西弁、いや、ハーフリングの商人の話術。

おバカのふりをして、食えない男オズボーン……

凍てつく空気をものともせずに、空気を読めないふりして叩き壊した。

アスが言っていた『商人は強者が多いのよ』を改めて実感した気がする。


サクラ、イシル、ラルゴ、オズは よくわからない和やかな空気に包まれて 長芋入りのお好み焼きを食べる。


「ふわふわや~、ふわふわ~」


オズは長芋入りお好み焼きが大層気に入ったようで、これを目玉商品にすると決めたらしい。


「村に帰って相談しなくていいんですか?」


「わてに一任されとるんで大丈夫ですわ、姐さん」


ウリにするのはかまわないが、材料がなければ作れない。

キャベツ、小麦粉、卵はいいとして、他は?

サクラは心配になってイシルに尋ねる。


「鰹節と青海苔って、簡単に手に入るんですか?」


「この辺では使わないので見かけませんが、東の大陸で作っています。なので港町にはありますよ。乾物屋も来ますし、言えば手に入れてくるでしょう。アスのところでも手に入りますから、売ってもらえます。そんなに高いものではありません」


「旦那さんは物知りでんな~」


「それは自分で交渉するんだろ?」


ラルゴがオズに聞く。


「もちろんや。調達は自分らでやるし、こんなええもん教えてもろて、これ以上世話になったらバチが当たる」


「ソースの作り方も覚えてもらわなくてはいけません」


サクラがオズに進言する。


「ええんでっか!?秘伝のソースやないんでっか?」


「これが完璧ではないんですよ。ソースは基本だけで、その後自分達で改良を重ねなければ飽きられますよ。コロッケのソースだって、日々サンミさんが改良を試みてるんです」


教えられた通りでは人を引き付け続ける事は難しい。

貪欲な味への欲求、より美味しいものを作りたいという向上心、客へ旨いものをだしたいという情熱が必要だ。

それをふまえて、是非とも自分達の味にしてほしい。


「なるほど、ほな、人をよこして、基本を修行さしてもろても良いでッしゃろか」


「サンミに相談してみないとですね、ラルゴくん、任せていいかな」


「もちろんデス!」


イシルに頼られてラルゴは嬉しそうだ。


「どうですか?長芋入りは。長芋は無くても大丈夫ですけど」


どちらがいいか、あえて二種類作ってみた。

今食べているものは、一枚目とはあきらかに食感が違う。

長芋を入れた方が生地がまとまり、ほどよい粘土で生地に粘り気がでるのでキャベツにからまり、初心者には焼きやすくなる。

なにより口当たりが良くなる。


「いや!これはいるわ、長芋、是非とも入れたいなぁ、何処から調達するかや……」


ハーフリングの村で長芋は採れないらしい。


「たしか、オーガの村にはあったと思います。商用ではなく、自分達が食べる分だと思いますが」


「ホンマでっか、イシルの旦那!」


「ええ」


イシルさん、今のは夫の意味ではなく、男性称ですよ?客を差す言葉です。

わずかに口許ゆるんでますが、わかってますよね?


「善は急げや、早速明日にでもオーガの村に行くことにしますー。お礼はどないしたらええですかね」


「お礼なんて……」


サクラは礼を断ろうとする。


「いいや、あきまへん、このへんはきっちりしとかな、タダより怖いもんはない」


「じゃあ、村長さんと話してください、私は特にありませんから」


「姐さんは欲がありませんなーレシピやて、ソースやて、こないに簡単に人に教えて……心配になるわ」


そこでオズはチラリとイシルを見る。


「ま、旦那がついとるから大丈夫やな」


「オズさん、あのね、、」


「じゃ、行きまひょか、ラルゴはん、姐さん、イシルの旦那、エライ世話になりました、また後日会いまひょ!ほな、さいなら」


オズはラルゴをうながし、とっとと出ていってしまった。


「騒々しい男でしたね」


「そうですね」


イシルの呟きにサクラが同意する。


「サクラさん、あまり食べていないでしょう、もっと焼きませんか、お好み焼き」


「イシルさん、焼いてみたいんですね」


「ええ」


「じゃあ、色々材料かえて作りましょう、少し水足してねぎ焼きも美味しいですよ!イシルさんはお好み焼きソースよりチヂミのタレのほうが好きかもしれませんね、生地にもダシを入れて……って、何ですか?」


イシルがサクラをじっと見つめている。

何か言いたいことがあるのか?


「いえ、焼きましょう、材料は何にします?ネギ、でしたっけ?」


「何ですか、イシルさん、気になりますよ、言ってください」


「些細な事です」


イシルがハニカミながら呟く。


「否定しなかったので、サクラさんが」


「え?」


「……旦那がいると」


「いや、あれ口を挟む隙もなかったじゃないですか」


「他人からそう見えることが、嬉しかったんです。お世辞でも」


うわああ///可愛すぎますイシルさん!

ささやかすぎて胸がイタイ……

控えめに頬を染めて乙女ですかっ!!

ぎゅーっ、とバグしたくなるじゃないですかっっ!!


「たっ///たくさん作りましょう!ラルゴさんも、ギルロスさんも食べるでしょうし、ランも肉沢山入れてあげて……」


「ランはシーフードでもいいですね、これなら野菜も一緒に食べられますし」


「そう///ですね」


ああ、また今日もイシルさんにハートを鷲掴みにされてしまったよ……





◇◆◇◆◇





「姐さん!姐さん!姐さん!」


二日後、バーガーウルフが終わる頃、騒々しい男オズボーンが長芋を分けてもらうために交渉に行ったオーガの村から戻ってきた。

バーガーウルフに復帰したサクラを見つけるとけたたましく駆け寄ってくる。


″ガッ、ドタッ″


あ、こけた。

お約束?

存在の主張の激しい男だな。


オズはむっくり起きあがり、へらへらと回りに『どうも、どうも』と頭を下げると、バーガーウルフのカウンターへとへばりつく。


「姐さん!助けてぇな!!」


「……どうしたんですか、オズさん」


「大変な事になってしもうて、、あ、来た」


オズの視線の先を見ると……


(鬼!!?)


厳つい鬼がラルゴを追って来た。


(顔、こわっ!!)








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