189話 宴の後始末(アスの場合)
「あたしだってあんなことになるなんて思わなかったのよ!」
ラ・マリエのアスの執務室で、アスはイシルから逃げながら言い訳を並べ立てる。
「反省してるならそこに直れ!!」
「いやーん、だって最近イシル頭突きするんだもん」
「切ってもお前が喜ぶだけだからだろ!」
アスとイシルはソファーを挟んで対峙する。
アスはこの間のサクラを追い詰めるのとは立場が逆で、イシルに追い詰められているところだ。
「やだ~、人をおかしいみたいに言わないでよ」
「間違いなく変態だろうが!」
「エヘッ♪」
「喜ぶなっ、このプラナリアめ!」
ひらりとイシルがソファーを飛び越えアスに直進する。
「あたし、増殖したりしないし」
迎えるアスはひょい、と執務机まで翻った。
感情が味でわかるアスは、今のイシルの怒り具合がわかってしまう。
なんとか、なだめなければ……
「貴族たちはサクラの顔なんて憶えてないわよ、口紅に目が行くように仕向けたんだから」
「背中にもな」
(あっ、怒りが増しちゃった)
イシルが机をガツッと蹴ってアスの方へ押し込む。
執務机と壁に挟まれそうになったアスは飛び退き、再びソファーの反対に逃げ込んだ。
「あれは不可抗力だって、サクラの行動は予測不能なのよ!ごめんなさいって謝ったじゃない!」
イシルの
すぐに次の脚が飛んできて、踏みつけられそうになったので、コロンと後ろの窓際に逃げた。
「イシルだって、サクラが
「だからお前と仕事なんてやらせたくなかったんだ」
再びイシルが踏み込んできた。
手がのびてきて捕らえられそうになり、アスはカーテンをはためかせ、目隠し代わりに使うと、イシルの脇を抜け、ソファーを越える。
「とっておきを教えてあげるから許してよー」
「聞く耳持たん!」
「小ブタちゃんの事よ~」
「……」
(あ、ちょっと心が動いた)
「何だ」
「んー……」
「早く言えよ」
「教えたら許してよ?」
「考えてやる」
アスはぼそりと一言。
「白薔薇のネックレス」
ピクリとイシルが反応を見せた。
(おっ!動揺した。ここね)
「……それが何だ」
「イシルがあげたんでしょ?小ブタちゃんに」
「……」
答えないけどそうなんだな、と、アスはイシルの感情を読み取る。
「あのコ、これだけは絶対外さないって、言い張ったのよね」
「っ///」
イシルの心が大きく跳ねた。
(わぁ~美味しくなった♪)
イシルが赤くなり、感情が動いたのを読み取ってアスが調子に乗る。
これは、喜びの感情。希望、期待、安堵、慕情、欲情……
今なら、丸め込めそうだ。
「だから あのネックレスが映えるようにドレスをかえたの。仕方なかったのよ?」
ホントは元から背中はあいてたが、あのネックレスに合うドレスにかえたのは嘘ではない。
(ああ、なんて匂い立つような色気のある、それでいて可愛い感情なの!?ムラムラするわぁ///)
アスは続ける。
もっと美味しくするために。
「あの白薔薇のネックレスには、水色の澄んだ清楚なイメージで……」
アスは美味しくなったイシルを
「白い刺繍を胸元とウエストライン、裾に散りばめて、パールで飾ったのよ~イシルにも見せてあげたかったなぁ……」
(あぁん///美味しい♪)
すうっ、とイシルの感情を吸い込み、味わった。
脳が痺れるような 甘美な味わい……
″ガシッ″
花の密に酔いしれる蝶を捕らえ捻り潰すように、イシルがアスの手を掴み、握力を強める。
「イタイ、イタイわよ、イシル」
(やべ、急に味が変わったわ)
イシルの据わった目がアスを捕らえている。
突き抜けるような強烈な辛味、これもクセになりそう。
「貴様、あのペンダントが
アスが味わった感情は、喜びから怒りへ。
「胸元も開いていたということだな」
「あれ?そう来る?」
怒りと嫉妬が渦巻く、濃くて刺激的で、暴力的な味にねじ伏せられる。
抗えない味にアスはイシルから離れられない。
イシルの手元がぽうっと光った。
「わっ!イシル、それ、洒落になんない!」
デーモンキラーを呼び寄せ――
「五月蝿い」
振りかざす
″ガツッツ!!!″
「ぎゃんっ!!」
イシルはデーモンキラーを抜きはせずに、鞘でぶん殴った。
アスのおでこに 赤い跡が残る。
「きゃー!!あたしの顔が!!!」
アスのおでこがみるみるうちに腫れていく。
「ううっ、いたーい」
結局アスはでっかいたんこぶを作って、ようやくイシルの許しを得た。
「ちゃんと
(あたしにも嫉妬してたんだ~可愛い)
「……分析するな」
「はーい」
(デーモンキラーのキズは治りにくくて戴けないけど、格別に美味しいイシルが色々食べられたから、いいか♪)
他の者では味わえない。
これだから、イシルから離れられないのだ。
◇◆◇◆◇
イシルは家へ帰る前に 村の様子を確認に行くために、ラ・マリエの大階段を颯爽と一階へ降りる。
視線がイシルに集まる。
自分はこの好奇の視線には慣れてしまったが、サクラがさらされていると思うと忌々しい。
(やはり、アスとの仕事は辞めてもらったほうがいいのか)
一階出口の店舗にcherry´sのコーナーが出来ていて 貴族達で賑わっていた。
イシルはそれを遠目で眺める。
女の子達がきゃいきゃいとしている姿を見て、少し微笑ましく感じた。
店員にためし塗りをしてもらっている彼女達はキラキラしている。
(サクラさん、頑張ったんだな……)
化粧品のとなりにドレスが飾られていた。
『cherry´ドレス (タイプ・シンデレラ)』
シンデレラがなにかはわからないが、あれがサクラが着ていたドレスだろう。
(……やっぱり仕事は辞めてもらおう)
ストールじゃなくレースじゃないか!!
あの二人は、、まったく!
サクラとアスの感覚が少し似ているとこが嫌になる。
イシルはブツブツ言いながら遊歩道へと出た。
商人が露店を広げる中、見覚えのない店が出来ていた。
そういえば昨日、サクラが新しい店をアスに提案したと言っていたが、もう出来たのか。
『やっぱり食べ歩きの店は必須です!』
力説するサクラが思い出されて笑ってしまった。
甘く、香ばしい匂いがその店から漂う。
客が ふわふわしたピンク色の雲のようなものを食べながらイシルの横を通りすぎていく。
店を覗くと、店員が棒に細い糸を集め絡めとり 雲を作っていた。
入れているのはザラメだ。
「飴?」
イシルは一つ買って 食べてみる。
″くしゅっ″
ふわふわの雲を口に入れると 雲は溶けてなくなり、甘さだけが口に残った。
(ザラメを溶かして遠心力で細く伸ばし集めているのか)
甘い夢を 食べているようだ。
(サクラさん、自分は食べられないのに……)
『わたあめ』と看板に書かれたそれを食べている人々には幸せそうな笑顔が浮かぶ。
サクラが見たら喜ぶだろう。
「はぁ……」
サクラのやりたいことはやらせてあげたい。
「僕のワガママなのかな」
自分だけをみて欲しいと思うのは……
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