175話 ランとお出かけ







魔方陣を使ってランとやって来たのは 意外にも『ラ・マリエ』だった。

イシルも一緒に来るはずだったのだが、やることがあると村へ行ってしまったのだ。


「アスのこと苦手じゃなかったっけ?」


ランがニヤリと嗤う。


今日いないんだ」


何で知ってんだ?


「昨日 リベラが非番でさ、ヒナとここに遊びに来たんだよ。で、教えてくれたんだ」


「ふーん」


なんだかんだ言って ランは警備隊でうまくやっているようだ。


サクラとランは魔方陣の部屋から出て廊下を歩き、大階段へと降りる。

いつも来てもこの大階段には圧倒される……


サクラは階段上で臆しながら、ランの背に目を向けた。

アーチ状に螺旋を描く階段を降りていくランは 普段着なのに この階段に負けてない。

ビジュアルもだが、動きというか、生まれながらに振る舞いに気品を持ち合わせているようだ。

こういう場所に

階段を降りるだけで 他のゲスト達の目をひいている。


(ランは貴族なのかな)


サクラは映画のワンシーンを見ているような気分になった。

ランがローズの街で着ていたような服を纏えば さぞや映えるだろう。


「どうした?」


ランがサクラに振り返り、階段を上ってくる。

そして、ほら、と 手を差し伸べ 華やかに笑った。

周りの貴族様が見惚れてますよ!ビバ!王子様!!


(セクハラ発言さえなければ 本当に王子様キャラなのに……)


サクラは残念王子にエスコートされ 注目を浴びながら大階段を降りきった。


ラ・マリエの一階には四つの店舗がある。

ドワーフ村の商品、婦人用品、紳士用品、化粧品の店だ。

外の遊歩道には 露天もでている。


「買い物するの?」


「いいや」


ランは一階の店舗を通りすぎると 店舗の間にある 奥へと続く廊下を歩く。


(この先はスパだって言ってたけど……)


通路の先には扉があった。

ランは懐から一枚のカードを取り出すと、扉の真ん中に描かれている魔方陣にかざす。

魔方陣がカードに反応して光を放ち 音もなく開いた。

もしかして、会員カード的な?


「ドワーフの村の者は顔パスなんだよ」


「ラン、村の人じゃないでしょ」


「警備隊員だから支給されたし」


福利厚生充実してんな、警備隊。

優良企業すね!


ランがサクラの手を握る。

そういえば、ランと手を繋いで歩くなんてことなかったかな。

いつもランが抱きついてきて サクラがそれを弾くの繰り返し。


ランへの気持ちがないのに、これはちょっと……

エスコートとは 違うよね?

サクラは手を引っこめようとする。


「中は暗いから」


だが、ランは 放してはくれなかった。


扉の先は暗い。

照明が落とされているようだが、先のほうに光がみえる。

あえて照明を落とした通路はなだらかなスロープを描き下っていく。

そして別世界に誘うように 通路はカーブしている。

平衡感覚が狂い、不思議な浮遊感に見舞われる。

計算された演出が凄いね、アス。


カーブを通過すると 一気に目の前が開けて見えた


「これが見せたかった」


「うわ!」


目に飛び込んできたのは海の中の世界。

巨大な水槽に 豊穣の海が閉じ込められていた。


「水族館……」


色とりどりの珊瑚に キラキラと鱗を光に反射させながら ぶわっ、ぶわっ、と方向を変えながら泳ぐ回遊魚の群れが サクラとランを迎え入れる。


「ニモがいる!」


サクラは水槽の側まで小走りで走り寄った。


もやもやのイソギンチャクの周りで オレンジと白のピエロのような模様のカクレクマノミが泳いでいる。イソギンチャクに身を潜め ピョコンと顔をだしているのもいて かわいい。


「うふふ」


平べったくてヒラヒラおよぐチョウチョウウオ。

鮮やかな黄色い体に、黒い目玉のような模様が入り、その姿は紋黄蝶のよう。


「うわ~」


トゲのようなヒレを大きく広げて悠然と泳ぐのはカサゴ。

体色は暗褐色や赤褐色などの入り混じったまだら模様で 尾びれに毒がある。

分厚い唇がとぼけた感じでかわいいな。


ニモの相棒 青いボディーに黄色い尾びれのナンヨウハギ、

木の葉のように平たく、銀白色で、褐色の3本の横しまがあるエンゼルフィッシュ、

美しいエメラルドグリーンの英雄、しゃくれ顔のナポレオンフィッシュ、、

それはまるで海の宝石箱グレートバリアリーフ。


「ラン!亀だよ、亀……でかっ!あれに乗ったら竜宮城行けそうだよ」


グイグイ両手で水を掻き分けてどでかい亀が泳いでいく。


「うっわ、アンモナイトだ~泳いでるの初めて見た!すごいなぁ……」


「海の中見るの初めてか?」


「いや、私の国にはあったよ、水族館。でも、アレアンモナイトが泳ぐのは初めて見た!」


「そっか」


ランがサクラを眩しそうに見る。


「ランは初めて?」


「部屋の中にあるのは初めて見た。すごいな……」


アスはきっと 渡した渡した雑誌に載っていた 水槽のある部屋を見たのだろう。


「私さぁ、初めて見たとき、衝撃を受けたんだよね~、が開かないで泳いでるんだもん」


「ぷっ、アホだな、サクラは」


「わかってはいたけど、開いてるほうが馴染みがあったんだもん、子供だったし」


「オレも 子供の頃見せてもらったんだ、海の中を……」


「へえ!凄いね、誰に?」


「……」


呪いを受ける前の話しだよね……聞いちゃまずかった?


「大魔導師」


魔法使いさんか~お世話になった人かな。


「海の中を見せてくれるなんて 素敵な人だね」


「そうか?」


「うん、きっと ランの喜ぶ顔が見たかったんだね~」


「オレの喜ぶ顔……」


「あ、人魚だ!」


ランはサクラを見る。

サクラは人魚をキラキラした目で見ていた。


「私、人魚初めてだよ」


(あの時のオレも こんな顔してたのかな)


″母上!凄いね!海の中って″


ランを抱き抱え、球体の結界を貼り 海の中を見せてくれた大魔導師マリアンヌ。

ランの 母親。

ランに呪いをかけた張本人。


「あ、こっちに来る」


サクラの声にランが水槽に目を向けると、魚たちに混じって 人魚が踊るように こちらに泳いでくるのが見えた。


「うわーキレイ」


人魚はサクラとランの前まで来ると 口をパクパクうごかした。

どうやら唄っているようだ。


「あの唄を聴くと心を奪われるらしいぜ」


水槽の壁に阻まれて唄は聴こえない。

魅惑的な瞳でランを見つめる人魚は 赤い唇になまめかしく舌をのぞかせて 水中に長い髪をなびかせ 弧を描きながら踊りだした。

それを見てランがクスリと笑う。


「?」


何がおかしいのかわからず、サクラはランを見る。


「いや、頑張って誘惑してんなーと思って」


「誘惑!?」


ああ、これはランに向けての求愛の踊りだったのか。

ランはサクラをぐいっと引き寄せ 人魚に見せつけるようにサクラの肩を抱いた。


「……なにしてんの、ラン」


「挑発♪」


人魚がジロリとサクラを睨む。


(やめてくれよ~、ただでさえ貴族の女子からの視線が冷たいのに……)


″チュッ″


「なっ///」


ランはそのまま サクラの頭に唇を寄せ こめかみにキスをした。


″キイィィィッ!!″


人魚の魅惑の瞳がギロリとサメのようにかわり、鋭くサクラにつき刺さる。


「ランっっ///」


サクラはランを弾く。


「あれ?」


「弾けないだろ、この館の中では余程魔力がない限り 魔法は使えないぜ?」


この館は アスの統治下にあり、魔法が使えないようだ。

折り込み済みか!くそっ、、


ランは機嫌よくサクラの肩を抱いたまま、次へとサクラを促した。


「反対側に行くと人魚と泳げるらしいぜ」


「……今行ったら殺される」


「だね」


『だね』じゃないよ、まったく。

可愛く言ったって お前のせいだろ!

いや、別に泳がないんだけどさ、着れないよ、水着なんて。


通路は海中トンネルだった。

頭上を大きなエイが 鳥のように飛んで行く。


「下から見ると 笑ってるみたいだね、エイって」


″見てごらん、エイって下から見ると 笑ってるみたいでしょ?″


母の笑顔と柔らかな声……


「ラン、どうしたの?」


「……いや」


「あ!マンボウもいる~ここのはみんな大きいね」


「うん」


「知ってる?マンボウ最弱説」


まっすぐしか泳げないため岩にぶつかって死亡

皮膚が弱すぎて触っただけで痕が付き、それが原因で死亡

潜ったら水が冷たすぎて死亡

朝日が強すぎて死亡

水面で日にあたっていたら鳥につつかれて死亡

寝ていたら陸に打ち上げられて死亡

寄生虫を殺すためにジャンプして水面に当たり死亡

食べた魚の骨が喉に詰まって死亡

食べたエビやカニの殻が内蔵に刺さって死亡

水中の泡が目に入ったストレスで死亡

海水の塩分が肌に染みたショックで死亡

前から来るウミガメとぶつかる予感がしたストレスで死亡

近くに居た仲間が死亡したショックで死亡

近くに居た仲間が死亡したショックで死亡した仲間から受けたストレスで死亡…


「……弱すぎだろ、それ」


「うん、ほぼ嘘。でも面白いでしょ?」


「海水が肌に染みるって……」


くくっ、と ランが笑う。


「海に生まれてきちゃダメだろ」


あはは、と 声にして笑った。



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