172話 ラプンツェルさん
サクラはとろとろと微睡む
少し胃が重く、中々深い眠りに入っていけなかった。
昼間のイシルとのことも思い出してしまう。
心地良いような、苦しいような……
眠りへと堕ちきれず、夢と
前回より更に周りがみえる。
廊下の燭台に灯る ぼんやりとしたオレンジ色の灯りに 冷たい 石畳が照らされている。
そして……鉄格子。
西洋の古いお城の牢のイメージだ。
音も聞こえる。
獣の息づかい、うなり声、翼をバサバサとはためかせる羽音。
サクラは 鉄格子の中にいた。そして同じく鉄格子の中、石畳の上でソファーにもたれて眠っている
流れるように床に渦巻く白く長い髪、髪長姫、ラプンツェル。
初めて見た時からかわらぬ姿勢でそこにいた。
(あの人、まだあんなとこで寝てる)
夢のかけらが形をなしてゆく。
ずっと眠ったままなのだろうか。
薄暗い石畳の部屋を見回す。
絨毯の類いはなく、石畳から冷気が上がり底冷えする。
「寒っ!」
なんだ、ベッドがあるじゃないか。
何で使わないんだ?
その先に窓が見え、ふっくらとした笹形の月がのぞき、月光が入って来ている。だからこの前より明るいのか。
窓にも格子がはまっていた。
あれじゃあラプンツェルさんは髪下ろせないな……
「それにしても寒い」
サクラは三回目にして ようやく立ち止まった。
あまりにも寒くて見ていられなかったのだ。
ひんやりとした冷たい空気が立ち込める中、サクラはラプンツェルに近づく。
近づいて気がつく。
(男の人?)
「もしもーし、お兄さん、大丈夫ですか?」
凄く冷たい。
息、してるよね?
とんとん、と 肩を叩いてみる
「風邪引いちゃいますよー」
起きる気配もない。
サクラはベッドから掛け布団をひっぺがすと、男の肩にかけた。
ふっかふかの羽毛布団の端を ずり落ちないよう男の首もとにぎゅっ、ぎゅっ、と差し込む。
″がしっ″
「ひいいっ!」
今まで動かなかった男が サクラの腕を掴んだ。
冷たい手……
「我の眠りを邪魔するのは何者か」
地から響くような太い声。
お兄さん、見た目と声のギャップありすぎ!
「と、通りすがりの者です、あの、もう行きますから、邪魔してすみません、、」
男がのっそり 上体をおこした。
背の高い、美人なお兄さんだ。
目、あけてる?
見えてる?
「お主……」
サクラを認識したと言うことは見えているようだ。
「何故ここにいる」
「いや、ラプンツェルさんが寒そうだったので……」
男は肩にかけてある温かなふとんに手を添える。
「床は冷たいので ソファーに横になるかベッドで寝たほうがいいですよ」
「我は寒さに強いのだ」
「そうですか、失礼しました」
余計なお世話だったかな……
「寝ているところを邪魔してごめんなさい」
それじゃ、とサクラはその場を去ろうとする。が、男はサクラの手を握ったままだ。
「ラプンツェルとは何だ?名前か?」
「はい」
「ふむ、、」
男が何事かを思案する。
「ああ、お主は既に従魔持ちか」
あれ?この人、人じゃないの?
もしかして 私、また魔獣に名前つけちゃったのかな!?
冬眠の邪魔しちゃったとか?
ケモミミないし、角もないし、牙もないし、普通にイケメンのお兄さんだけど、この人もランみたいに呪いをかけられてるのかな……
まあ、従魔は一人に一匹だから名前をつけたとしても関係ないし、
「何故ラプンツェルなのだ」
「あー……話すと長くなるんですが……」
男は掴んだままのサクラの手を引きソファーに座らせると、自分は床に座ったままサクラを見上げた。
話せということらしい。
ま、いっか。
別に急いでいるわけでもないしね。寒いけど。
「私の世界の物語の人物なんですよ」
サクラは男にラプンツェルの話を語って聞かせる。
ドロドロ部分は、省いて。
長く美しい髪の持ち主ラプンツェルは森の奥にある塔のてっぺんへ幽閉されている。外の世界に憧れを抱くラプンツェル。塔には扉や階段がなく、小さな窓が1つあるだけで、誰にも会えない。だから長い髪を窓から垂らして、愛しい王子との逢瀬を重ねる。王子が髪を伝って登ってこれるように。
「お兄さんの長くて綺麗な髪と 塔の雰囲気で ラプンツェルと」
女の人だと思っていたことも内緒にしておこう。
「綺麗な髪か、ふむふむ」
なんだ、嬉しそうだな。
「お主は我に会いに来たのか?我を外に連れ出すために?」
うきうき?
「いえ、たまたまです」
「……たまたま?」
「……はい、たまたま」
「……」
「……」
「我はラプンツェルではない!誰も待ってなどおらぬ」
男がむっつりと答える。
あれ?拗ねた?
「あー、そうなんですね、失礼しました。では……」
″がしっ″
男が再び立ち去ろうとするサクラの腕を掴んだ。
「まだよかろう 夜はまだ明けぬ」
なんだ?その置いてけぼりをくらうペットのような ソワソワとした雰囲気は……大変去りづらい。
「夜這いしに来てくれたのではないのか?」
「よば///」
うわ~、伏せたはずのラプンツェルの話を読み取ってる!!
この人 何者!?
「だからたまたまですってば///」
男が切なそうに ぽろりとこぼす。
「人と話すのは久しぶりなのだ」
なんだ、寂しかったのか。この世界は引きこもりが多な。
あ、ごめんなさいイシルさん。
でも引きこもってましたよね?
「ミケがたまに来るが 最近のあやつの話はつまらん。もう随分口をきいておらぬ」
ミケ?飼い主さんかな、猫ちゃんみたいな名前だけど。
「ミケちゃんは お友達ですか?」
「我をここに連れてきた者だ」
誘拐犯!?
「あやつの話も初めは面白くてな、ついてきたのだ」
「自分から来たのに 何故牢に?」
「我が逃げると思ったのだろう。我はどこでもよいのだ。眠れさえすれば」
究極の引きこもりだな!!
「他にはどんな物語があるのだ?」
瞳は閉じたままだが、男がわくわくしているのがわかる。
「あー、じゃあ、シンデレラを……」
ガラスの靴のシンデレラの話を サクラが語って聞かせる。
要約するとこうだ。
昔あるところにシンデレラという美しい娘がいて、継母と2人の姉に冷たい仕打ちを受けていた。
ある日、お城の王子様が婚約者を探すための舞踏会を開くが、母と姉たちに邪魔をされたシンデレラは舞踏会へ行くことができない。
「私も舞踏会へいきたい」さめざめと泣くシンデレラの前に妖精が現れた!
妖精は魔法の力でカボチャを馬車に、ネズミを従者に、ボロ布をドレスに変えると、最後にガラスの靴の贈り物をする。
シンデレラは妖精の魔法の力を借りて舞踏会へ行くことができたが、「0時になったら魔法が切れちゃう」と、あわてて帰ったため、お城にガラスのくつを片方落としてしまう。
ガラスの靴だけは魔法で作ったものではなかったので 消えなかったのだ。
王子様はガラスのくつをたよりにシンデレラを探しだし、ふたりは結婚して幸せに暮らしました。
「とさ、めでたしめでたし」
「あっはっはっは!」
男は サクラの語りが終わると楽しそうに笑い声をあげた。
「ガラスの靴を履くために上の姉はつま先を切り落とし、下の姉はかかとを切り落とすとは、なんとも豪快で 愉快な姉共だな!」
いや、そこ笑うとこじゃないよね?
「しかもシンデレラとやらはガラスの靴だけが魔法がとけぬとわかっていて、わざと片方脱いでいったのだろう?なんともしたたかな娘だ、いやはや頼もしい!」
そうきたか……
「お主の話は人生の教訓があらわれているな!素晴らしい 人社会において人脈は大切なものだ。うむ。精霊が力を貸してくれなければ 幸せにはなれなかったのだからな。精霊を抱き込めるとは大したものだ」
それはそうだけど……
「そんな強い
……シンデレラってそんな話だったっけ?
まあ、楽しそうで何よりです。ラプンツェルさん。
「ミケにもそういう
「ミケちゃんは 男の人なんですね」
男がクックックと愉快そうに笑う。
「あやつ、女にフラれておかしくなったのだと」
「え?」
「いや、あの話は面白かったぞ!大いに笑ったわ!」
いや、ダメだろう、人の失恋笑っちゃ……
あんた、その話を聞いて大笑いしたから ミケちゃんに牢にぶちこまれたのでは?
ちょっと同情しちゃいますよ、ミケちゃんに。
……それにしても寒いな
サクラは寒くてブルブル震えだした。
「ああ、すまん」
震えるサクラに気がついた男が立ち上がった。
ふわっと暖かいものに包まれる。
男が 自分にかけてあった布団を外し、サクラにかけたのだ。
「暖かいか?」
「はい、ぬっくいです」
ラプンツェルさんの心遣いもぬっくいです。
「楽しい時間をくれたお主を、本当は抱きしめてやりたいところだが 残念ながら我の体は暖かくないからな」
男がちょっと悲しそうな顔をする。
「じゃあ、夏にお願いしますね。ひんやりしてきもちいいでしょうから」
もう会うこともないだろうが、フォローのためにサクラがそう言うと、男がうれしそうに微笑んだ。
目を閉じててもイケメンさんだぁ~
「お主に良いものをみせてやろう、サクラ」
男は そう言ってサクラの顔を覗き込むと、ゆっくりと目をあけた。
(あれ?私、名前言ったっけ?)
男の瞳とぶつかる。
うおっ!さらにイケメン度アップですね!
綺麗な目……
夜空の色だ。
吸い込まれそうなほどに深く、目が放せない。
見つめていると キラキラと星が見えてきそうだ。
星が……
ん?
星が、見える!!
瞬間、ふわっとした浮遊感。
足元に地面がない!?
目下に夜空が広がっている。
「うひゃあ!」
サクラは宇宙に放り出された。
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