170話 ほっぺにちゅー







(コソコソ……)


サクラは忍び足で組合会館へやって来た。

そっと中を覗くと、ラルゴが大テーブルで 予約用紙やら、伝票やら整理していた。


その奥のキッチンでゴトゴト音がする。

きっとイシルが夜の慰労会の支度をしているのだろう。


なんとかイシルにバレる前に ラルゴとの約束を果たしてしまいたい。

イシルはやっと昨日の機嫌がなおったばかりだ。

サクラは奥に居るであろうイシルに気づかれないよう ラルゴに手をふった。


ラルゴがサクラに気がつき、口を開こうとするのを『シッ』と自分の口に手をあて制する。

そして、こっちにくるようにと ひらひらと手招きした。


ラルゴはキッチンを伺いながらも、こっそり表に出てくる。


(どうしたの、サクラちゃん)


(イシルさん来てますよね)


(キッチンにいるよ)


(あの、約束を……他の人がいると恥ずかしいので)


(ああ!)


ラルゴはサクラが何を言わんとしているのか察したようで、こっち!と、サクラを会館の隣へと促した。

サクラとラルゴはコソコソと、会館の隣にある倉庫まで行くと、会館と倉庫の間の物陰へと忍び入る。


「ここで、いいかな」


「はい……」


「……」


「……」


サクラとラルゴは なんだか気恥ずかしくなってきて、沈黙してしまう。

いい歳して中学生かっ!ほっぺにちゅーくらいで!

よし、終わらせよう。


「あの、ラルゴさん」


「うん」


「ホントにお疲れ様でした。半ば強引に進めてしまったのに、やり遂げてしまうなんて、尊敬します」


「僕も サクラちゃんがいてくれたから頑張れた。一人じゃできなかったよ、ありがとう」


えへへと二人して笑い、お互いに、同志としての連帯感を感じ取る。


「じゃあ、、」


「う、うん、、」


倉庫の壁を向いて ラルゴがサクラに頬をつき出し、サクラがラルゴを向き、一呼吸おいて、ラルゴの頬に唇を向けた。


ゆっくりと サクラの唇が ラルゴの頬に近づく。


″ドォ――――――――――ン!!″


突然、大きな音と共に、ラルゴとサクラを阻むように サクラの目の前に緑色のが出現した。


これは、、腕???


腕の先は 倉庫の壁に掌底ショウテイを打ち込んでおり、ドワーフの技術で強化されている筈のくらの壁に食い込み、パラパラと砂塵を落としている。


「……手?」


ラルゴはそれを見つめたまま固まっている。


振り向くのが恐ろしい。

サクラは息をのむ。

この緑色には見覚えがある……

そう、今朝イシルが着ていた シャツの色だ。


「何を、しているんですか?」


サクラが横に顔を振ると 笑顔のイシルがいた。

……強烈な壁ドンですねイシルさん、壁を破壊する勢いですよ!?


「ここで、何を?」


フリーズするサクラとラルゴにイシルがもう一度問う。

見つかってしまったのなら仕方ない。


「あの、約束を……」


「約束?」


イシルが壁から手を引くと 手の跡を中心にクモの巣のようにヒビが入っていた。

ガラスじゃあるまいし……オソロシいな!


「ラルゴさんが完売したらとしていた約束を果たそうと思って」


とりあえず、イシルにはここから退散願おう!

まだ何をしようとしているのかバレてはいない。はず。


「どんな約束ですか?」


「あー、イシルさんには関係ないです」


サクラの言葉にピクリとイシルの眉があがる。


「ラルゴくん、どんな約束ですか?」


あっ!ラルゴさんに聞くなんて!


「はいっ、、あの……」


ラルゴはどうしようかとチラチラサクラを見る。

サクラは細かく首を横に振って、言うなとラルゴに訴える。

誤魔化してくれ!!


「ラルゴくん、僕を見て」


「はい///」


ああ、ラルゴの顔が蕩けている、ヤバい。

イシルに対してパタパタシッポを振っているのが見える!


「約束とは?」


「完売したら ほっぺにちゅーしてくれると」


ラルゴぉ!?口、軽っ!!

我々の連帯感はどこへ行ったんだぁ!?


「へぇ、そんな約束を……」


イシルの笑顔が深くなる。

笑顔でお怒りですか、器用ですね!竹○直人もびっくりですよ。


「イシルさん、オレが無理にサクラちゃんに頼んだだけだからさ、サクラちゃんはオレが頑張れるならって、約束してくれただけなんだ」


「ほぉ、ですか」


ラルゴは気づいていない。

この笑顔がどんなに恐ろしいかを。


「それでラルゴくんは完売してきたんですね?」


「はい!予約注文もとってきました!」


「サクラさんのの威力は凄いですねぇ……」


「はいっ///」


バカラルゴぉ!!

ああ、もうこうなったら、、正論で攻めよう!


「ラルゴさんは特訓も頑張ってたから、そんなことでいいならいいかなーなんて……」


正論という名の言い訳……


?」


「完売する程頑張ったのに、たかが頬にキスくらいで大騒ぎしなくても……」


?」


うわっ、言えば言うほど墓穴を掘っていく気がする。

まずい、攻めかたを変えなくては……あ!


「イシルさんだってアイリーンの手にしてましたよね、キス」


「あれは挨拶みたいなものです」


「私だって親愛のしるしみたいなもんですよ」


どうだ!


「どうしてもやると?」


「はい、成功報酬、ですから」


「成功報酬ね……」


イシルがふむ、と 考える。

納得、してくれたのかな?


「わかりました」


「じゃあ……」


「僕がします」


「へ?」


「サクラさんのかわりに僕がします。どうですか?ラルゴくん」


ええーっ!?


「は、はい///オレはむしろ大歓迎です!!」


なんだとー!?


「いや、あの……」


「サクラさんは向こうを向いてください」


なんかおかしなことになったぞ?

なんでイシルさんがラルゴさんにチューを……


「向こうを向いて」


「……はい」


サクラはイシルとラルゴに背を向ける。

いいのか?ほんとにこれでいいのか??回避出来たのか???


「耳もふさいで」


言われたとおり、サクラは両耳を手でふさぐ。

イシルはサクラが見てないことを確認すると、ラルゴの頬に――……


ミッション、クリア?


″ズデーンッ!!″


「ラルゴさん!?」


「ふへ///うへへ……」


イシルから頬にキスしてもらったであろうラルゴがすっころんだ。

幸せそうな顔をして伸びている。


「これですみました。行きましょう」


イシルがサクラの手を取り、強引に引っ張る。


「ラルゴさんはこのまま放置ですか?」


「いいんじゃないですか、幸せそうだし」


うわ、扱い雑!!


「でも、一応今日の主役ですし」


イシルはでっかいため息を付き、仕方ありませんねと しゃがみ、ラルゴの腕を掴むと肩に担いだ。


「抱えたほうが早いんじゃないですか?」


「男を胸に抱くのは嫌です」


「あはは」


「笑い事じゃありませんよ、誰のせいですか」


「……すみません」


イシルはラルゴを近くのベンチまで運び、ポイっとおろすと、サクラに向き直った。


「そう思うなら、僕にお礼してください」


「ありがとうございます」


「……態度で」


「態度?」


イシルはサクラの前に頬をつき出す。


頬にキスなんですよね?」


「なっ///」


新たなるミッション勃発!しかも難易度あがってる!!


「親愛のしるしなんですよね?」


「あの、ラルゴさんいますし……」


「伸びてます」


「っ///」


「どうぞ」


なんでこうなった!?


「ラルゴくんはよくて僕はダメなんですか?」


「ダメって言うか……」


「僕のことは尊敬してないんですか」


そこから聞いてたんかい!


「あんな甘酸っぱい雰囲気出して 二人でコソコソと……」


最初っからいたのかよ!!

回避不可能!

ええい!ほっぺにちゅーぐらい!


「わかりましたよっ!」


ローズの街でもしたんだ!怯むな!大丈夫!気をしっかり持て!

サクラはイシルの頬に唇を寄せ、目をつぶる。


イシルの頬に――――


″チュッ″


ぷにっ と、柔らかい感触。


……ほっぺ?


あきらかに頬とは違う感触が 優しくサクラの唇を求める。

おかしい、ほっぺは求めて来たりしない。

これは……


「!?」


サクラの唇に 重ねるように触れる イシルの唇……

イシルが直前に顔をサクラに振ったのだ。


「あふ///」


「逃げていいですよ」


ズルい!


サクラの肩を掴み イシルからもう一度……


″ちゅ……″


愛しさを乗せて唇を重ねる。


「ふあ///」


逃げなきゃいけないのに、逃げれない。

サクラの心はイシルを求めているから……

ズルいよ、イシルさん


サクラは力なくイシルの胸に沈みこむ。


「捕まえた」


イシルは満足そうにサクラを腕の中にとらえた。


「今日は僕の勝ちですね」


そう言って愛しそうにサクラの頭に頬を寄せ かみしめるように抱きしめると、腕の中のサクラの唇に もう一度キスをした。






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