154話 ボート乗り場
イシルの提案でバーガーウルフを早あがりしたサクラ。
お弁当を外で食べるため、村の入り口を左に折れ、サクラとイシルはあざみ野のほうへ向かう。
「石畳ひいたんですね」
これはアスの魔方陣だ。
見覚えがある。ローズの街のモザイク模様と同じもの。
「村の外周に貴族が近づいたらわかるようにですよ」
アスには言わないが、イシルにとってこれは嬉しい誤算だった。
アスの魔方陣にドワーフの壁、イシルが仕掛けた警報。
サクラを狙う敵が来てもすぐにわかる。
気に入らないものならアスが排除するだろう。
ドワーフの鉱道をアスの館をはさんで丁度反対側には湖が広がっていた。
「ボート乗り場がありますね」
「はい、アスが作ったと言っていたので、サクラさんボートが大丈夫ならそこで食べようかと思って」
「いいですね!」
ボート乗り場に降りると、イシルが先にボートに降り、手を差しのべてくれる。
「大丈夫です、一人で乗れますよ~」
サクラは桟橋の杭に捕まりながら おそるおそる船尾に足を下ろした。
ボートが揺れないよう、中心線に片足をつき、もう片足を桟橋からあげる。
ボートが軽いので水の上にフワフワと浮いていて、桟橋から離れた。
「ふわ!?」
あわててサクラがロープ止めの杭にしがみつく。
足だけが岸から離れていく……あわわわわ
「僕を笑わせたいんですか、サクラさん」
「違います!助けて、イシルさんっっ!」
クスクスとイシルが笑う。
「だから言ったのに」
イシルがボートから桟橋に片足をかけ、ボートを引き寄せる。
サクラの腕を杭から外し、自分の首に抱きつかせた。
イシルの顔がすぐそばに来てドキリとする。
サクラはイシルの右側に顔を振る。
頬にイシルの髪の感触。
(こんなことなら普通に手をとってればよかったじゃないか!静まれ!心臓~)
イシルは 抱っこしたサクラをゆっくりと船尾に下ろし座らせると ロープをほどき、サクラと向き合って座り、ボートを湖の中心へと漕ぎだした。
ボートは水を分け 波紋をひろげながらゆっくり進む。
透明度の高い水に 魚がキラリと光るのが見えた。
「神秘的ですね」
イシルとサクラは ボートの上で弁当を広げる。
「崩れてないみたいですね、いなりの目玉もちゃんとくっついたままですよ」
弁当の出来映えを確認しながら二人で食べる。
「海苔じゃなければ目は何で作るんですか?」
「黒ゴマとか、豆とかですかね~」
サクラはいなり寿司をひょいっと口にしてもっち、もっち、と食べる。
「この
ひょこのいなり、くまとニワトリののり巻き、ウインナーの飾り切り
「のり巻きは大人数分作るときは楽でいいですね」
ツナにカニかま、ほうれん草、チーズ、きゅうり、たくわん、かんぴょう、桜でんぶ、牛そぼろ……色んな食材を組み合わせて巻き、金太郎飴のように切る。
「ああ、くまさん牛肉ソボロとほうれん草おいしい……」
「ニワトリのツナと沢庵も意外と合いますよ」
コロッケやハンバーグ、エビフライに焼き魚、いつも通り美味しい。
肉巻きも野菜を重ねてまいて、金太郎飴のように切り、断面がはなのよう。
いんげんの花、人参の花、アスパラの花……
「イシルさん、やりすぎですよね、タツノオトシゴ」
イシルの芸術的なポテトの彫刻。刻んだ残りはコロッケに入れた。
「サクラさんのウインナーも、これ、タコですか?」
サクラのタコさんウインナーは 切り込みを入れすぎて宇宙人のようだ。
「小さいオムライスでヒヨコでも良かったですよね~」
「次はそうしましょう」
甘い卵焼きで ランチタイムをしめる。
「美味しかった~!」
「楽しかったですしね。今度は子供たちに作りたいですね」
「そうですね!」
イシルがふう、と 息を吐く。
「イシルさん、朝早かったから疲れたんじゃないですか?」
「そんなことはありませんよ」
サクラは昨日早く寝たので 朝早く目が覚めてしまい、お弁当を作っていると、イシルが起きてきて手伝ってくれたのだ。
「すみません、私だけぐっすり寝ちゃって」
「じゃあ、僕も少し休もうかな……」
「そうしてください」
「お言葉に甘えて。横向きに座ってもらっていいですか?」
「あ、すみません、邪魔ですね!」
イシルが横になれるよう、サクラが
イシルがサクラに近づき、体を傾ける。
″ごろん″
「……え?」
ゆらゆらとボートが揺れる。
「揺りかごみたいで気持ちいいですね」
サクラの膝の上で イシルが笑う。
「いや、あの……」
イシルはゆっくりと目を閉じた。
あいたー!今日の攻撃は 膝枕ですかー!?
油断した……
イシルの胸が気持ち良さそうに上下する。
穏やかな顔。リラックスしてくれてるのかな?
サクラはイシルを盗み見る。
いや、照れくさくて直視できないんですよ。
″ちらっ″
でも……イシルさんは目を閉じているから、どんなに見つめてもバレない、よね。
この前眉に触れてしまうという 大変な失敗をおかしたので、今日は眺めるだけだ!
相手にはみえとらん!
ここぞとばかりに 目に焼きつけてやる!
サクラはイシルを観察する。
髪の生え際……
形のいいおでこ……
整った眉……
サクラは両手をイシルの上にかざし、眩しくないよう 瞼の上に影をつくる。
スッと通った鼻筋……
すべやかな曲線の頬……
薄く締まった唇……
イシルが目を閉じたまま 手を伸ばしサクラの右手を掴んだ。
「あう?」
そのまま 自分の口許まで持っていくと――――
″チュ……″
サクラの手のひらにくちづける。
唇を押し付けるだけのキス
「!?」
イシルは目を開けて サクラを真っ直ぐに見つめる。
強い意思を持った翡翠色の瞳
「そろそろ堕ちてくれませんか」
「堕ちるって……」
「僕に」
そう言って もう一度 サクラの手のひらに唇を押しつける
イシルの唇の感触がサクラの手のひらを敏感に刺激する。
サクラは思わず身をいた。
「ここに逃げ場はありませんよ」
逃げようとするサクラにイシルが釘を刺す。
まわりは水、逃げ場はない。
物理的にも、心理的にも。
「あの、くすぐったいので……」
手を引くが、イシルは離してはくれない。
「くすぐったいだけ ですか?」
「///」
「返事をくれるまで止めません」
イシルは目を閉じて サクラの手のひらへ唇を押しつける。
ゆっくり……
小さな音を立てて
何度も……
何度も……
「っ///」
サクラが イシルに堕ちるまで
サクラの手のひらに愛を刻み込む。
″ざっぱ――――――ん″
なにか巨大なものが水面から跳ねあがり……
″ドッバ――――――ン″
水を打って水面へと消えた。
″ザア――――……ッボタボタ″
サクラとイシルが乗ったボートに 盛大に水飛沫がかかる。
サクラもイシルもずぶ濡れである。
「「…………」」
巨大なものは もう一度水面に近づき、跳ねあがろうとして――――
″ゴンっ!!!″
イシルに殴りとばされた。
″キュゥ――……″
きゅるんとかわいいが、水色渦巻き模様のばかでかいイルカが ぷかりと 水面に浮かび上がる。
でっかいたんこぶをつけて。
「あの野郎……」
イシルが珍しく暴言をはいた。
◇◆◇◆◇
「お前、どういうつもりだ」
イシルはアスの館『ラ・マリエ』にやって来て、アスを見つけると、挨拶もそこそこに文句をぶつけた。
「ん?なんのこと?」
開口一番にイシルに怒られたアスは、何の事だかわからない。
イシルの後ろからタオルをかぶったサクラがひょっこり顔をだした。
「あ~、ボートに乗ったんだ~」
ずぶ濡れの二人を見て合点がいったようだ。
防水仕様の服のおかげで 体は濡れてはいませんが。
「なんでメレスベスが湖にいるんだよ」
メレスベスは、愛の言葉という意味の魔物で、普通は海にいる、縁起物の魔物だ。
見ると幸せが訪れるという。
イルカの風貌に、白いからだに水色の渦巻き模様が入っている。
人懐っこくてかわいらしい魔物。
「あれ?不評?おかしいわね、他の地区では好評なのに」
「どのへんが?」
「メレスベスはかわいいといっても、魔物だから女性は怖がるじゃない?それを男性が身を呈して守るのよ。ボートの揺れを心のトキメキと錯覚させ、水飛沫でびしょ濡れになった二人……肌に張りつく衣服……髪から滴る水滴……ボート小屋には不自然なくらい小さな暖炉があって、くっつかないと暖まれない……」
どこの三文芝居だよ
「男性側には教えておくのよ。言ってなかったっけ?」
イシルがアスの胸ぐらを掴む。
「あれ?邪魔しちゃった?」
″ゴンっ!!!″
「いたぁ~い、頭突きやめて~、せめて切ってよ。たんこぶ治りにくいんだから~」
イシルはアスの胸ぐらを掴んだまま少し仰け反り――――
「イヤーッ!ごめんなさいぃ!」
″ゴッツンッ!!″
もう一発頭突き。
「反省しろっ!」
イシルは 行きましょう、と サクラを促し 部屋を出る。
床でうずくまるアスを残して……
サクラとイシルはアスの館を魔方陣の部屋へと歩く。
「……何ニヤニヤしてるんですか」
「いや、アスといるとイシルさんが面白いなと……」
イシルが大きく息を吐く。
「……カッコ悪いですね」
「え?」
「大人げなかったと反省してます」
イシルがちょっと罰の悪そうな顔をしている。
「……人間味があって、いいと思いますよ」
「恥ずかしな、もう」
イシルがボソッと独りごちる。
サクラはわかっていない。
アスとのやりとりのこともあるが、あんなに強引に口説いたのに失敗におわってしまった。
そのことでイシルはサクラにどう接したらいいか、恥ずかしくて居心地が悪いのだ。
「それでも 貴女の前では格好良くいたいんですよ」
イシルは ぷいっ、と歩きだす。
サクラは 置いていかれないよう 並んで歩くと、スッ と、イシルの手を握った。
「!」
驚くイシルに サクラが言い訳のようにつぶやく。
「魔方陣つかうなら、手をつながないと……」
家に帰るまで。
(ズルいですよ。貴女は)
敵わない。
サクラは簡単に イシルの心に入ってきてしまう。
寄り添うように イシルを満たしてしまうのだから。
イシルは握られた手を握り返し、歩く速度をおとして 魔方陣の部屋へと歩いた。
サクラが作り出してくれた 二人で歩く時間を 大切に 味わうように……
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