138話 朱の刻印




サクラは目を覚ます。


どういうことでしょう……


森の中でキノコを食べたところまでは憶えている。

弁当を咥えた大ネズミを追いかけて、おむすびころりんすっとんとん、と、巣穴にお邪魔いたしました。

昨日はバイトじゃなかったから、普段着で寒かったしね。

暖をとらせてもらいましたよ。

もふもふムニムニにかこまれてニヤニヤしてて……


それが、何故我がベッドに?


……まあ、いい、それは、いい。1000歩譲っていいとしよう。

面倒見のいいイシルさんが発見して連れ帰ってくれたんだね、きっと。

があった後でも イシルさんの保護者っぷりはかわりませんよ。

優しい人はどこまでいっても優しいのです。

サクラを嫌いになったとしても優しいのです。


で、問題は……


何で夜着ねまきを着てるんだ?

自分で着替えた?


″コン、コン″


「ひゃい!」


ドアのノックに返事をすると、イシルが顔をのぞかせた。


「良く眠れましたか?」


「はい、とっても」


心なしかイシルの機嫌がよさげにみえる。

ふっきれたのだろうか。


「あの、イシルさんが連れて帰ってくれたんでよね、すみません、ありがとうございました」


「いいんです」


やっぱりそうだ。レスキューのプロですね!

一体どうやって見つけてくれたんだ?

それより今気になってる事は――――


「あの……私自分で着替えたんでしょうか」


ああ、と イシルが申し訳なさそうに申告した。


「ウッディチャックの毛だらけだったので、その、僕が……」


みゃああああ!!なんだって!?


「抱えたまま シーツを羽織らせて着替えさせたので、見てませんよ。心配ならランディアに聞いてみてください」


「……ダイジョブデス」


イシルさんに……もたれかかって、お着替えを……

うぐ、お世話をおかけしました、

お目汚しをしてないならいいのですよ。


「まったく触らないわけにはいきませんでしたが……」


「……デスヨネ」


贅肉が、ついてますからね、

ご苦労をおかけいたしました。


「最大限、自制しましたから」


自制!?いや、あの、えっと……


「……スミマセン」


なんかイロイロすみませんっっ!!


沈黙が流れる。

その沈黙を先に破ったのはイシルだった。


「首飾り、つけてくれてたんですね」


あ!しまった!見えないからいいかと、未練がましいけどつけてたんだよね。バレてしまった。


「……旅のお土産なので」


口ごもるサクラに、そうですね、と、イシルが柔らかく微笑む。


「お風呂、沸いてますから」


「ありがとうございます」


イシルはパタンと扉を閉め、階段をおりていった。

なんだろう、なんか、甘さが戻ってるような気がする。

気まずくないのはありがたいが、いいのか?これで


サクラは着替えとタオルをもち、お風呂場へむかう。

朝早いからか、ランはまだ寝ているようだ。


己の粗忽さと不甲斐なさを反省しながら サクラは脱衣所で夜着を脱ぐ。


「……ん?」


胸元がなにやら赤くなっている。


「いや、いやいやいやいや」


サクラは 自分が見たものが信じられず、目をそらすと、もう一度確認する。


「なんだ……コレ」


イシルからもらったペンダントの横だ。

左胸の上、丁度心臓の上あたりに、赤い楕円形の鬱血痕うっけつこんがある。

これは、もしや……


「キ――……」


いやいやいやいや、まてまて、そんなはずはない。

これは、森で毒虫に刺されたに違いない。

かぶれているだけに違いない。痒くないけど。


「///」


じゃあ、虫じゃなくて、サクラが思っているものだとしたら、一体誰がつけたと?


ラン?


ないな。ランはイシルの結界でサクラの部屋には入れないハズ。


アス?


いや、アスはだ。なんて残さない。

現にサクラの手首にはアスが食事をしたなんてつかなかった。


イシル?


着替えをしてくれたイシルだが……


「いやいやいやいや、やっぱり虫にかぶれたんだ」


サクラは悶々と考えては否定を繰り返し、ゆでダコ一歩手前で風呂からあると、ゴスロリ制服に着替えてキッチンへと向かう。

キッチンではいつものようにイシルが朝食の支度をしていた。


「もうできますから」


ああ、やっぱり割烹着着せたいですよイシルさん。

味噌汁の香りと湯気のむこうに素敵な笑顔。幸せな朝の風景。

サクラは手伝うために イシルの隣に寄る。


隣に並ぶと イシルがサクラを見て ニッコリ笑う。

くぅ~、コレですよ!イケメンスマイル!この笑顔を見るためだけにでも 苦しくてもそばにいたい!


サクラは盛り付けを手伝う。

ご飯をよそい、味噌汁をよそう。


「サクラさん」


「はい」


「サクラさんは、異世界こっちで恋愛する気はないと言いましたよね」


「……はい」


この話は終わったと思っていた。

蒸し返すのか……


「じゃあ、異世界こっちで恋愛したくなったら 僕として下さい」


「え?」


イシルはサクラの胸に トンッと人差し指で触れる。

丁度 心臓の上あたり、赤いマークがある場所。


「最大限、自制はしましたが……」


イシルはサクラの胸に置いた指を ついっ、と横に滑らせ、赤いマークをたどるように撫でた。


「貴女の心臓ココロに 僕のしるしを、刻みました」


(犯人はお前か――――!!)


「貴女は予約済みです」


「なっ///」


「ランディアを起こしてきますね」


何が起こったのかわからないサクラを残して イシルはランを呼びに行ってしまった。


なんで?

なんで、前よりやる気になってるの?

私、断ったよね?

あれ?おかしくない?

最大限自制して コレキスマークですか?

ん?んんっ?

これからこんな攻撃が続くの?

ねぇ、イシルさ――――ん!!





◇◆◇◆◇





「あっはっはっは!」


ランの爆笑がダイニングキッチンに響く。


「……そんなに笑わなくても」


今日の朝食は和定食。

雑穀米に茄子と厚揚げの味噌汁、焼き魚は鮭ですね。


「サクラ、知らないでオモイダケ食うなんて、チャレンジャーだな~」


「山ネズミが食べてたんだもん。大丈夫かと思って」


サラダはシンプルな野菜サラダ。

レタスにキュウリにプチトマト、アッサリ梅肉ドレッシング。


「バカだなー、動物には魔力がないから、オモイダケの影響がでないんだよ」


「どういうこと?」


サクラはレタスをもしゃもしゃ食べながら聞く。

瑞々しくて美味しいな。梅肉ドレッシングが和食に合いますね!


「オモイダケは食べた人や魔物の魔力をもらって 移動するんです。だから、食べた者は 魔力切れに似た状態になります」


「ふ~ん」


イシルが説明してくれたが、イマイチよく分からない。

もらった魔力でタンポポみたいに飛ぶってこと?


「で?オモイダケは何て言ってたんだよ」


ランがイシルに聞く。

サクラは聞きながら鮭に箸をいれる。

香ばしく皮まで焼かれた鮭は身がしまって、ぎゅっと味がつまっている。


「キノコが喋るんですか? ぱくっ、もぐっ」


焼き魚は皮まで食べる派です。

この、皮のパリパリ感、皮と身の間の脂!


サクラの問いにイシルではなくランが答える。


「オモイダケは食ったヤツの姿になって菌床ねばしょをさがすんだけど、そいつが強く思ってることを喋るんだよ。だから想い茸オモイダケ


「んぐっ!?」


(なんだって!?)


「イシルは逢ったんだろ?サクラのオモイダケに」


「ええ、まあ」


サクラは鮭をごくりとのみ込む。


(私の、想い!?)


ランが興味津々にイシルに答えをせびっている。

イシルが、仕方なく口をひらいた。


「――――ポテチが、食べたいんです、と」


「ポテチ?」


(それだけ?)


「なんだよ、ポテチって」


「さあ、なんですか?サクラさん」


ランもイシルも勿論知らないだろう。


「あはっ、今度作ってあげるよ」


「サクラは食いもんのことばっかだなー」


「ははは……」


(変なことは言ってないのね、よかった)


サクラは安心して味噌汁をすする。

ちょっと甘めの田舎味噌に茄子が良く合う。

固めの厚揚げがお腹を満たしてくれる。


(久しぶりの充実した食事だ~やっぱりイシルさんのご飯は身にしみる)


イシルは幸せそうに朝食を味わうサクラを 満足そうに見守っていた。















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