126話 ミケランジェリ / アスの憂鬱







冷たい石の廊下に笑い声が響く。


「ククククク……」


ミケランジェリは笑う。

神経質そうな口のはしをあげて。


「実に愉快だ」


ベッド、ソファー、テーブルと、簡易宿のような調度品。

明かりとりの小窓には鉄格子がはまっている。

ここは、石牢の中に申し訳程度に作られた部屋である。


ミケランジェリの足元にはソファーにもたれて男が眠っていた。

床を引きずるほど長い白髪はくはつの男。

その 白く長い髪をミケランジェリは一房掴み 悦に入っている。


「お前のを通したお陰でサクラの顔が見れた。礼を言っておく」


白髪はくはつの男の髪は 絹のように美しく滑らかで、薄暗いなかにあっても白い輝きを放ち、その者がいかに強い魔力の持ち主であるかを物語っている。


「お前が手に入ったときは この世の全てを手にした気分だったのになぁ……世界を統べる力をもっていても、こう眠ってばかりでは使い道もない」


男が目覚める様子はない。

返事を返さない背に ミケランジェリは話しつづける。


「それに比べ、サクラは実に従順そうな顔をしていた。お前もみただろう?なんとも人を和やかにするあの姿を。私を見てほうけるあの顔を。彼女は私に出会うために舞い降りた天使……これで究極の力は私のものだ」


ミケランジェリは握っていた男の髪をぱらぱらと散らす。

白い髪が清らかな水の流れのようにサラサラと落ちる。


「ふん、眠ったまま 永遠に世界を旅してるが良い。サクラが手に入れば お前は用無しだ」


″ガチャンッ″


ミケランジェリは 牢をでて鍵をかける。


――――ミケランジェリ


緑色の髪を七三にわけ、銀縁の眼鏡をかけた男。

サクラの夢にあらわれたこの男こそ、シャナを操りサクラを連れ去ろうと目論んでいる人物だった。


ミケランジェリは であった。

それは、彼の性質によるものだ。

『これはこういうものだから』ですまされない性格をしている。

というのでは納得しない。

だから、使用する魔法のことわりをきっちり納得しきれないと使うことができない。

普通に魔法は使えるが、には及ばないのだ。


学問はすこぶる優秀なのだが、そのかたい頭のおかげでエリートコースから外れてしまった。


ミケランジェリは、己の頭脳を駆使して、魔法ではなく、道具にたよることにした。


『自分が魔法を使えないのなら 使えるものを操れば良い』


『吸魔装置』を作り出したのだ。

大地から魔素を吸い上げ、に供給し、魔法を発動させるために。


「サクラを手に入れたら、先ずは私をコケにした者共に制裁を加えてやる……」


ミケランジェリは 牢獄を歩く。

ミケランジェリがあつめた魔獣達の間をぬって。


″グルルルル……″


″シャーッ″


ドワーフの村に送ったディコトムスカブトムシコッコニワトリも ここで小型吸魔装置を取り付けたのだ。


サクラとの逢瀬が成功したのは ミケランジェリの力ではなかった。

白い髪の男、あの者は千里眼の持ち主で、ここにいながら世界と繋がることができる。心を飛ばすことができる。

ミケランジェリはあの者を媒介にして 自身を投影し、サクラに逢ったのだった。


「あぁ、サクラ、君も早く僕に会いたいだろう?」


恥ずかしがって逃げてしまうなんて、じつにつつましい。

早くあのエルフのもとから救いだしてやろう。


「フフフ……今夜は出逢えた記念に 君の瞳に乾杯しよう。サクラ、私の愛しいベイビー……」



~~~


″ぞわぞわぞわっ″


サクラは急に悪寒に見舞われ、思わず自分の両肩を抱く。


「どうかしましたか、サクラさん」


「いえ、何も」


なんだろ、今度こそ風邪ひいたかな……


~~~




◇◆◇◆◇




ローズの街 上階層


アスの館では 今日も貴族達を招いてパーティーが開かれている。


シルバーのオーバルトレイには一口大のオードブルが、盛り合わせてある。

ウニのテリーヌ、鴨肉のコンフィ、鮑のロースト、スモークサーモンに生ハムにチーズ……

食べやすいよう クラッカーやバゲットを使い、カナッペに。


給仕がトレイににのせてサーブしてまわっているのは、ハムや小エビ、ミニトマトやオリーブを串に指したピンチョスだ。


定番のキュウリのフィンガーサンドも欠かせない。


楽団の奏でる音楽、人の笑い声、グラスをあわせる人々……

悪魔達は給仕係りに身を扮し、貴族達の感情を食べ歩く。


悪魔達の晩餐会。


アスはワイングラスを傾けながらぼんやりそれを眺めていた。

群がる女達の声もあまり耳に入らない。


いつもなら 旨そうなのを見繕って バルコニーで食事おたのしみといくところだ。

があったほうがより美味しいからねぇ。

そのほうが相手の感情も高まり、のぼりつめ、更に美味しくなる。


本当はイシルもサクラも そうやって食べたい。

ああ、あの味を思い出してしまった。

イシルやサクラを食べた後だからか、どれもこれも物足りない。


サクラは実に面白い。

食べていると弾けるのだ。

弾けるアメのように、ぱちん、と弾けて味がかわる。

しばらくするとまた弾ける。ぱちん、違う味になる。


(サクラもバカねぇ……離れれば離れるほど好きだという想いが強くなるだけなのに)


アスはもてあそんでいるグラスをあおる。

アスにとっては好都合。

惹かれ、寄り添い、逃げて、離れ、迷い、追いかけ、もっともっと美味しくなれ……

あの二人は これから 更に美味しくなる。


(二人一緒に食べたい……)


目の前ではマルクスがシャンパンをサーブしながら、悪魔式食事をとっていた。


(そういえばマルクス、好みがかわったわね)


マルクスは、どちらかといえば 刺激の強い味を好んで食べていた。

つまり、怒りや憎しみ、悲しみといった負の感情だ。

しかし、今食べ歩いているのは、楽しさ、嬉しさ、愛しさと、明るい感情だ。


(何があったのかしら……)


デザートのまわりで幸せそうにケーキやクッキーをつまんでる女達の所なんて寄り付きもしなかった。

仕事はきっちりしてくれるが、悪人をつくりたがるヤツだったのに。

しかも、イシル達が帰る際に 笑顔(?)までつくる豹変ぶり。


(イシル達が帰ってから?)


アスはまたイシルの味を思い出してしまった。


「あ~ん!食べたぁ~い!!」


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