100話 冬の星







イシルはサクラを促して 村の宴席から抜け出す。


「ランも知り合いだったんですね」


「そうみたいですね」


イシルがさりげなくサクラの指に自分の指を絡め 歩きだす。


「少し 暗いですから」


外灯なんかない世界。

皆 宴席に出掛けているので 家の灯りもない。


二人並んで 暗い夜道を歩く。


宴席の声が遠くに聞こえ、それがかえって しんみりとした空気を作っている。


足音が2つ。


二人きり。


サクラは 夜空を見上げる。


「星が 綺麗ですね」


イシルも 空を見上げる。


「今日は 地上が暗いですからね」


空気が澄み、夜空も深くなる冬は、星が光輝く季節。


「あ、オリオン座だ」


三つの星が連なり、それをかこむ四つの星。

現世と同じ冬の夜空がひろがっていた。


「オリオン座?」


「星座です。星を形どって、オリオンていう狩人に見立ててるんですよ」


サクラがイシルに説明する。


「三つ連なってるのがオリオンの腰です。左上の明るい星が『ベテルギウス』そこから上に星をつなげて、こう、得物を振りかぶってる腕で……」


サクラは 空いている左腕をあげ、 右足をあげ、ポーズをつくる。


「まわりにお供の犬もいます。ほら、あれ、オリオンの三つ星の下にある明るい星、一等星『シリウス』ですね、あれが犬の口元で……」


サクラが星をたどり おおいぬ座を紡ぐ。

なるほど、犬の形をしている。


「『シリウス』から少し上の明るい星がこいぬ座の『プロキオン』」


不思議だ……夜空に 二匹の愛犬と狩りをするオリオンの姿が浮かぶ。

冬の大三角形。


「まわりに動物もいます」


オリオンの足元のウサギ座、目の前の牡牛座


「ハト座は……ちょっとわかりにくいですね」


イシルにとっては 知らない世界。

なのに、とても楽しい。

サクラにいざなわれ 物語に引き込まれる。


「夏に赤い星がありますよね?」


「ええ」


「あれは さそりの心臓なんです」


真剣なサクラ。


「オリオンは強かったけど、サソリの毒で死んだんです。だから、サソリのいる夏は避けて 冬に空にのぼるんです」


イシルは夜空に思いを馳せる。


サソリ座はカッコいいんです!と、サクラがはしゃぐ。

こんな時間が、とても愛しい。


「じゃあ、夏にまた 一緒にサソリ座を探しましょう」


組合会館までの道のりが短いのが恨めしくてならなかった。

二人は階段下の扉から 魔方陣へと向かう。


イシルは魔方陣の上で サクラを引き寄せ 家へと帰る準備をする。

このまま時が止まってしまえばいいのに。


「帰らないんですか?」


魔方陣を起動させないでいるイシルに サクラが問う。


「もう少し、余韻に浸りたいんです」


イシルはサクラをやんわり抱きしめたまま そう言った。


「サクラさんは 僕と帰るより 皆といたかったんでしょう?」


昼間のことを言っている。

シャモアに襲われた後、仕事に行ったことを。


「いや、あれは……」


「今、その分を取り返してるんです」


「う///」


「やっと 二人きりなんですから」


サクラはイシルの胸に手をあてていたが、押し返すのを諦めたようだ。

イシルは そんなサクラの頭を ぽふん、と 自分に持たれかけさせる。


そして、目を閉じる。

腕の中の温もりだけに 集中するために。


サクラも、目を閉じる。


ふわっとあったかい感情がわきあがる。

イシルが ここにいる……


きゅんっと、胸が苦しくなり

イシルの胸に置いた手で 軽くイシルをつかむ。


″すりっ″


包まれる温もりに 頬をすりよせた。


「!」


イシルがぴくっ、と 固まったことで、サクラも我に帰る。


(うわー!何やってんだ私!?)


気持ちが溢れ出た。

そんな感じだった。

イシルがシャナを送っていった日

イシルの上着に甘えたように。


「……サクラさん」


(何も聞かないでー!スルーしてー!!)


「もう一度」


(えっ!?)


「今の もう一度」


(無理矢理無理矢理……)


サクラは動揺してイシルの腕の中で小さくなる。

鼓動が早い。ドキドキしている。


(?)


サクラに聞こえている早い鼓動は サクラのものだけではなかった。


「イシルさん?」


思わず 顔をあげる。

真っ赤な顔。

照れて 動揺を隠せないでいるイシルが そこにいた。


「見ないでください///」


イシルはサクラに見られないよう サクラの顔を自分の胸にうずめる。


こんなに心を揺さぶられたのは いつ以来だろうか……


嬉しくて 心が震えた。

サクラが 自ら示してくれた行動に。


″バタン!ドカドカッ……バッタン!!″


「オレも 帰るんだにゃー!!」


「ぐえっ」


甘い空気を掻き消すように けたたましくランが飛び込んできて サクラごとイシルに抱きつく。


「ランディア……三人は無理ですよ」


「イヤにゃ~」


にゃんこ言葉ってことは 酔ってるな……

せめて子猫になっとくれよ


魔方陣が光だす。


三人は雪崩れるように 家路についた。





◇◆◇◆◇




次の日の朝


今日は 現世にお薬をもらいに行きます。


″シャコシャコシャコ……″


サクラは現代服に着替え 歯磨き中。


背後に人の気配。


″スルッ″


(……ラン)


背後から 腰に手が回され、サクラの腹の前で組む。

そして、サクラの頭に顔を寄せる。


(まったく……)


毎朝毎朝懲りないやつだ。

サクラは ランを弾くために結界を張る。


(……あれ?)


弾けない。


「おはようございます サクラさん」


「!?」


聞こえてきたのは ランではなく イシルの声。


「な、な、何やってんですか イシルさん///」


後ろを振り向こうにも がっちりホールドされてて振り向けません。


「補充してます。サクラさんを」


「え?」


「昼過ぎまで会えないので」


そんなのいつものことじゃないか~!

今までだって、村で仕事中は会えてないし、

その前はイシルさん 家で待ってたよね?普通に。

こんなのただのバカップルですよ?

恥ずかしすぎる!!


イカン、昨日のが 拍車をかけている

自分がしてしまったこととはいえ、

このまま 流されて いいのだろうか……


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