66話 改装工事






……見慣れない天井


あれ?宿に泊まる余裕なんてあったっけ?

いつもは荷だけ預かってもらい、野宿が主だ。


……宿とは違うな


あぁ、そうだ、組合会館だった。

ラルゴは もそもそとベッドから起き上がる。


「ふぁ~」


昨日は散々だった。

組合長に就任したとたん、書類の山を押しつけられ、

引き継ぎ、引き継ぎの連続で、気がつけばイシルの姿はなかった。


「でも、ベッドで寝ると やっぱちがうなぁ……」


今日は 町の商人ギルドまで挨拶を兼ねて 納品についていく。

なんだかうまく押しつけられたような気がする。


「折角戻ったのに~~~」


行きに2日、返りに2日。

しばらくはまたイシルに会えない。


もしゃもしゃと頭を掻き、あくびをしながら階段をおりると、なんだか いい匂いがする。


「あ!おはようございます、ラルゴさん」


「サクラちゃん!?」


「よく眠れましたか?」


いつの間に来たのか、サクラがいた。

大テーブルの上には 旨そうな朝食が並ぶ。


パンに、目玉焼き、スープにサラダ、あれは……エビ?コロッケのようなコロモのついた先に赤い尾が見えている。


憧れのシチュエーション

朝起きると可愛い妻が笑顔で迎え

テーブルの上には 自分のために用意された朝食。

甲斐甲斐しく世話を焼かれ、仕事に向かう……


あぁ、やっぱり、さくらもいいなぁ……

と、ラルゴがデレる。


「町まで行くんですよね、しっかり食べていってください。これ、ランチです。一緒にいくおじさんの分も入っています」


そう言ってサクラは ランチボックスと 人口魔石をラルゴに渡す。


「ボックスの鍵?」


「はい、出来立てのコロッケが入ってます。前回ラルゴさんが宣伝してくれたから、また役立ててほしい、と」


「イシルさんが?」


「はい」


「オレのためにコロッケこれを?」


「……はい」


ラルゴのためではなく 村のためにですが。


「イシルさん、なんか言ってた?」


「え?」


ラルゴの目がキラキラと期待に満ちて輝く。ちょっとひくなぁ……


「あー……期待しています、と」


伝言を頼まれたわけではないが、嘘ではない。


『ラルゴさんって営業力ありますもんね』

『そうですね。期待しましょう』


コロッケを持たせる話になった時に、そんなことを言っていた。


恍惚と イシルの言葉を噛み締めているラルゴを残して、サクラは「それじゃあ」と、出ていった。

少しの罪悪感と共に……





◇◆◇◆◇





サクラが銀狼亭につくと、店の前に荷馬車が停まっていた。


「今日は昼の営業はナシだよ。この前サクラが言ってたを作るからね」


どうやら改装工事をするらしい。

裏庭にダイニングのテーブルや椅子が出され、カウンター部分を解体している最中だった。


昼は試営業を兼ねて バーガーウルフを開けるそうだ。

調理場はほぼ出来ているから。


「リズとスノーが二の道の奥に木材を取りに行くんだけど、サクラも行くかい?」


「行きたいです!」


各道の奥には 塀の補強に使う木材が備えてある。それを取りに行くようだ。


二の道は 会館より先に行ったことがない。行ってみたい。

荷馬車に乗り、リズとスノーと三人で二の道へ入る。


「三人も乗って大丈夫?木材も乗せるんでしょ?」


荷馬車を引いているのは ロバだったから、なんだか可愛そうな気がして尋ねる。


「バログはロバではありませんよ。魔獣なんです。あ、そうか、鉱山にしかいませんからね。他の町では見かけないか。引けないものはないと言われるくらい怪力なんです」


「そうなんだ」


リズが教えてくれた。

スノーがそれに付け足す。


「バログは女の子にしか扱えないんですよぉ」


「え?」


「男の人には懐かないんですぅ」


ユニコーン的な?そう言えば小さな角が二本ついてる。


「あそこがマーサさんの家です。店のパンを焼いてくれてるんですよ」


御者席のリズが 赤い屋根の家を指す。

煙突からは 煙があがり、パンの匂いが漂う。


「二の道は麦の道なんです。今は種蒔きの時期だけど、夏には緑が綺麗で、秋には黄金の道になります。綺麗ですよ」


カタカタと、のどかな畑道を荷馬車が走る。

ポツポツと民家があり、備蓄小屋らしき建物がたっている。


「あそこがうちですぅ。今度、遊びに来てくださいねぇ」


スノーが青い屋根の家を指す。二人はここから通ってるんだ。

家の隣に大きな小屋が建っている。


「大きいね」


「エール造ってるんですよ」


「二人の家は麦農家なの?」


「はい。うちはお兄ちゃん達がいっぱいいるから、私達は銀狼亭にいけるんです」


「麦農家は刈り入れが年に一回なんでぇ、今はエールつくったり、ジャガイモ農家の手伝いに行ったりしてるんですぅ」


異世界こっちのジャガイモは育つのが速い。

いつも収穫してるイメージだ。

麦は現世あっちと同じかな?


奥にいくと、他の野菜畑が広がっていた。

大根、人参、キャベツ、白菜、ほうれん草…………ホントに自給自足の村なんだ。


「私は一の道が好きだなぁ……トウモロコシとぉ、葡萄畑。今度一緒にいきましょう、サクラ」


スノーがわくわくとサクラに話しかける。

二人とも、この村が好きなんだなとわかる。

楽しそうに村の案内をしてくれる。


「あれ?」


もうすぐ目的の場所につく というところで 御者席のリズが、変な声をあげる。


「どうしたの?リズ」


「塀が……壊されてる」


「え?」


塀になにかが突っ込んでいた。

大きな カブトムシ?


ここから見た感じ 動いてはいない。

壁に突っ込んで 死んでしまったのか?


あれは……


サクラは 走り出す。


「サクラ!?」


人だ!人が倒れている。

赤い色が見える。

怪我をしている!襲われたのかも!


リズとスノーもサクラの後を追う。


男は戦士の様だった。

剣を握ったまま、意識はない。


「息はあります。脚を、怪我していますね。傷は深くはないですが、血が……止まらない」


リズが男の傷を見て、脚を縛る。

血まみれだが、怪我しているのは脚だけのようだ。

だが、出血がひどい。

血を、止めなければ。


血を止める……


治癒魔法なんて使えない。

出来ることはないか!?


考えろ……

考えろ……


傷はどうやって治るんだっけ?

自己再生

自然治癒

人体の力を信じて、その力を増幅させれば……


そうだ、応援しよう!


異物の侵入や細菌による感染症を防ぐため、キレイにするのは――――免疫細胞さん、がんばれ!


血管を修復するために 細胞を活性化させ、新しい組織を形成する――――血小板さんがんばれ!


皮膚の修復に必要となるのは――――なんだっけ?なんだっけ?コラーゲン?雑誌で見たんだけど、アンチエイジングの、、何細胞だっけ??


「「サクラさんっ!!」」


「はっ!?」


両側からステレオで呼ばれ、我にかえる


「それ以上は ダメです!」


「え?」


リズが泣きそうな顔でサクラを見ている。


「え?」


応援しただけだから、魔力切れになるようなことはしていない。


魔力切れを起こして動けないだけですぅ、もう、大丈夫ですからぁ!」


スノーも泣きそうだ。


「思い出した、線維芽細胞せんいがさいぼうだ」


思い出しただけなので 発動はしなかった。

サクラのまわりには 銀色の光の粒が わずかに舞っていた。


リズがエプロンを脱ぎ、まだ出血のある傷口を縛りなおす。

その間に スノーが材木を積み、その後男を荷台に乗せた。

ひょいっと。

バログが男を乗せるのを嫌がっていたが、なんとかなだめてのせる。


「……力持ちだね、二人とも」


ガタイのいい戦士風の男を いとも簡単に スノーが抱えあげて、ぽいっ と。


「ふふふ、ドワーフですからねぇ」


「治療師のメイ先生のところに運びましょう」


治療師のメイ先生は 組合会館の隣に住んでいるそうだ。





◇◆◇◆◇





……ナイショ


……ナイショよ


今見たことはナイショにしないと


が出来るなんて知られたら サクラはこの村にいられなくなる


そうよ、きっと王都に連れて行かれてしまう


あんな魔法見たことない


治癒魔法じゃなかった


銀色の魔力なんて存在しない


あんな少ない魔力量で 傷を塞ぐなんて……


……ヒミツ


……ヒミツ


秘密にしなければ。


サクラを守るためにも。


大丈夫。私たちはドワーフ。


秘することを 好むのだから。


リズとスノーは 双子だからこそ通じる会話で サクラの秘密を封じ込めた。



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