35話 情報は大切です
仕事を終えて 魔方陣の部屋に着いた。
「お帰りなさ……」
魔方陣の部屋の扉を開け サクラを出迎えたところで イシルはサクラをみたままフリーズしている。
「イシルさん?」
「あぁ、お帰りなさい」
「今日は何を手伝いますか?」
「…………」
「イシルさん?」
返事のないイシルに呼び掛ける
「あ、では、リビングにある本の整理を……」
「了解デス!」
早速リビングに向かう。
今まで作業していたのか、リビングでは本が散乱していた。
「
「わかります。つい読んじゃうんですよね」
中身を確認しているうちに 面白くなってきて つい本気読みになってしまう。いつまでたっても終わらない。楽しいんだけどね。
「ん?日本語の本」
『豆腐屋さんが教える簡単手づくり豆腐』
『居酒屋ぶらりレシピ』
『おばんざいで万歳』
『おから・だから』
……シズエさんがもってきたのかな?まだ他にも結構あるな
「僕が選別するので サクラさん、棚に入れていってもらえますか?」
「はい」
上から二段目が空いているから そこに並べるのだろう。
サクラは二段程の踏み台をのぼり 棚を拭きながら 本を並べる。
ソファーでは イシルが本の中身を確認している。
ソファーに座り本をめくる洗練された姿は 知的な雰囲気が醸し出されて たまらない。
ページをめくる指先までもが美しい。
あぁ、本になりたい、、て、変態か!
サクラはそれを斜め上の、ちょっと横から見下ろす形になる。
本を読むイシルは 自然と伏し目がちになり、真剣な表情も伴って
また いつもと違うイケメンぶりを発揮していた。
(あぁ、いい角度だなぁ……福眼福眼)
などと ホクホクしながら眺めていると 顔をあげたイシルと目があい、ドキッとする。静まれ、心臓よ。
イシルは読み終わった本を持って サクラに近寄る。
「預かりますねー」
サクラは笑顔で受けとり、踏み台に上ると 丁度イシルと目の高さが同じになった。
「…………」
「イシルさん?」
帰ってきてからイシルの様子がおかしい。
何か気になることがあるのか?
「どうかしましたか?」
「気になります」
「え?」
イシルは本棚に手をつき サクラに近付く。
サクラは思わず後ろにのけ反る。が、とんっ と 本棚に当たって下がれなかった。
己の身幅が太いのが恨めしい。
「あの、イシルさん」
イシルがサクラのくちびるに親指をあてる。
そして……
ゆっくりとサクラの下唇を拭った。
「なっ///」
くちびるを、ゆびで???
「紅を……差したんですか?」
サクラを見つめたまま イシルが聞く
「あ!」
『笑う銀狼亭』で皆にプレゼントした時『サクラもつけなよー』とミディーに口紅を塗られたんだった!
バカ強い力で押さえつけられて塗られた 『恋するぷるぷるオレンジ』!!
「これは、あの、自分でやったわけでは……」
イシルはもう一度 サクラの唇に親指をあて 上唇も つうぅっ と拭う。
イシルの指の感触がサクラのくちびるをくすぐる。
(ひぃぃ!)
恥ずかしいやらくすぐったいやら動揺やらを誤魔化すために とりあえずわらっとけ!
「あはは、似合わないですよねー」
「似合ってます」
至って真面目な顔で返された。これじゃあ笑って誤魔化せない!
サクラは「じゃあなんで拭うんだー!」という心の叫びを圧し殺す。
それを受けたわけではないが「でも……」とイシルが続ける。
「村ではつけないで」
壁ドンではない。
壁ドンではないが それくらいの威力がある!後ろは本棚だ。
しかも 目線が同じって……
近い!近い!近いぃっ!!
キスしたくなるくちびる『恋するぷるぷるオレンジ』のCMが頭に浮かぶ
『誘うくちびる』
イシルのくちびるが近づき……
『キスしたくなる』
逃げ場はなく……
『ぽってりかわいらしく』
うわー!
『柔らかなくちびるに』
限!界!
『恋するぷるぷるオレンジ』
サクラは恥ずかしさのあまり 滑るように踏み台を降り、イシルの腕の下を掻い潜り 洗面所に逃げ込んだ。
「顔洗ってきますー!!」
イシルは サクラの後ろ姿を見送り くすりと笑うと くちびるで自分の親指に触れる。
仄かにオレンジの香りがした。
◇◆◇◆◇
次の日 サンミの所に行くと おつかいを頼まれた。
仕込みは 昨日調子にのってやったから、あまりないらしい。
ピューラー優秀!
「丘の先のモルガンて爺さんのとこに これを届けて欲しいんだよ」
そう言って バスケットを渡された。
「広場抜けて『三の道』真っ直ぐだよ。黄色い屋根だからすぐわかるよ」
「はーい、行ってきます」
サクラはお使いに出かける。
昨日接客をして思った。ランチを食べに来るのは冒険者や商人だ。
全員ではないが、村のものは弁当を持ってるか家で食べる。
夜に呑みたいから。さすがドワーフ。
だから、今日はいい機会だ。畑仕事してる人たちと触れ合えるかもしれない。
広場を抜けて 三の道に入る。
この辺りから ジャガイモ畑が広がっている。
今は秋の植えつけの時期だ。
早速畑の端でお茶してる村人発見!
イシルのためだ、人見知りしている場合ではない
「こんにちはー」
さりげなく挨拶できた……はず
「みない顔だねぇ?」
丸顔の奥様と
「あぁ、あんた サンミのとこに手伝いに来てる子じゃないかい?」
面長の奥様
「サンミのところに?」
流石サンミさん、顔が広い。丸顔の奥様はサクラのことを知っていた。
「じゃあ、あんたがイシルさんのとこにいるっていう子かい!?イシルさんは元気にしてるのかい?随分村に顔出さないから……」
意外にも イシルの事に がっつり食いついてきた。
その後も 何人かの村人に会って 挨拶をしたが、大体みんな同じような反応だった。
『元気なのか』『心配している』『ちゃんと食べているのか』
そして、サクラに
『イシルを頼む』『イシルが一人じゃなくて安心した』と。
やはり村人はイシルに悪い印象はないようだ。むしろ心配している。
一体何がイシルを村から遠ざけているのだろう……。
「サクラちゃーん!」
誰だろう、この村で知り合いなんていないはず。しかも『ちゃん』付けって……。
振り向くと ロバに荷台を引かせて男が近づいて来た。
確か、昨日店でみたような……
「ラルゴだよ」
『笑う銀狼亭』に泊まっている商人さんだ。
昨日は初接客でてんてこ舞いだったサクラを手伝ってくれた。
ビールジョッキ、重いんですもん。
「覚えてくれてると思ったけどなー」
「すみません、昨日は必死で」
ラルゴはあははと笑っているが、ちょっと残念そうだ。
「モルガンのとこに行くんだろ、荷物持ってやるよ」
「いえ、悪いですから」
情報収集中なんです、ほおっておいてください。
「遠慮すんなって」
ラルゴはサクラの手からバスケットを奪い、並んで歩き出す。
「この村に人間の女の子がいるなんて思わなかったなー」
そう言えば他にいない
「人間の女の子なんて、冒険者以外は町から出ないからさ、ついてるなぁ、オレ」
なるほど、危ないですからね
「オレはサクラちゃんが心配だよ」
魔物避けかけてもらってるから大丈夫ですよ。
「知ってるか?この村から更に奥に行ったところに 家があるの」
はい、そこから来てますから
「魔力の研究してるらしいぜ」
そう言ってましたね イシルさん。
ラルゴがサクラに近づき、声をひそめる。
「家の主は 夜な夜な魔物を切り刻み 生き血をすするって話しだ」
ん?
「その館に 主しか入れない小屋があって、その中を覗いた者は消されるって 旅人の間で言われてるんだ」
んん?
「七年前にも一人、人が消えたって」
んんん?
これはもしや イシルさんのこと!?
「気を付けてくれ、サクラちゃん。なんかあったらオレに言いなよ」
ラルゴがなんか言っている。
「じゃ、オレあっちだから あそこにみえる黄色い屋根がモルガン家だから」
ラルゴは呆然とするサクラにバスケットを返す。
イシルさん、
イシルさんは……
いつから青ひげ男爵になったんですかー!!?
青髭とは
ある金持ちの男は、青い髭を生やしたその風貌から「青ひげ」と呼ばれ、恐れられていた。 また、青髭は、これまで6回結婚しながら、その妻たちは、ことごとく行方不明になっていた。 ... しかし、新妻は好奇心の誘惑に負け、「小さな鍵の小部屋」を開けてしまい、小部屋の中に青髭の先妻の死体を見つけた。
グリム童話より
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