33話 覚悟の末に




薬局のドアを抜けると そこは 大森林だった。


「…………」


異・世・界・到・着!!


神(医者)よあなたはいつも唐突すぎる。

説明しといてくださいな。

心の準備もなにもあったもんじゃない。

私の決心は何だったんだ……


「サクラさん……」


名前を呼ばれてサクラは振り向く。

両手に荷物をもち 背中にリュックを背負い 大量のお土産を手にした旅行帰りの観光客のような出で立ちで。


名前を呼んだのはイシルだった。

その姿は なんだか朧気おぼろげで とてもはかなくみえた。

今にも消えてしまいそうなくらい存在が稀薄きはくで サクラは声が出なかった。


イシルはサクラに近寄ると サクラに手を伸ばし 頬に触れる。


『むにっ』


サクラの頬をつまむ。


「いたいれす……イシルひゃん」


「ははっ」


イシルは乾いた笑いを短く発すると、両手をサクラの肩に置き サクラの肩に コツン と こうべを垂れた。

背中まであるイシルの綺麗な金の髪が サラサラと 光のカーテンのように サクラにかかる。


あぁ、イシルさんの髪を編んでる途中だったな と、どうでもいいことが頭に浮かぶ。


それくらい 現実味がなかった。

それくらい 幻想的だった。


イシルは大きく息を吐いた。

はりつめていたものを吐き出すように。


サクラの肩に置いた手を そのままスライドさせて サクラの首に腕を回し抱きつく。存在をかみしめるように 長い間……。

イシルの背中は 泣いているようにもみえて、サクラは両手に荷物を持ったまま 動けずにいた。

罪悪感でいっぱいになった。


「突然消えたので動揺してしまいました」


イシルはサクラを解放すると 笑顔を作って そう言った。

麗しの顔が 疲れてみえる。


「すみません、心配かけて」


「いえ、よく考えればわかることでしたね。この場所に帰ってくることも。シズエの時もそうでしたから」


イシルは自嘲じちょうの笑みを浮かべた。


あせってあちこち探す必要なかったのに 探さずにはいられなかったんです」


ああ、私は馬鹿だ。

現世あっちでのほほんと買い物をしている間 イシルは探し回ってくれていたのだ。


今も シズエがいなくなったときの傷は えてはいないのだろう。あのまま現世あっちに留まれば イシルの傷をえぐるところだった。


こんな不安定なイシルは見たことがない。


今、一人になんて出来ない。

一緒にいよう。私でいいのなら。

神の御技に翻弄されるがままだが、いる間は一緒にいよう。


サクラは覚悟を決める。

好きにならなければいい。

一年後、笑ってお別れしよう。

お互い笑ってサヨナラできるように。


「帰りましょう」


イシルがサクラの手から荷物を奪う。


「あ、ありがとうございます、色々買ってきちゃって……」


そして さも当たり前のように サクラの空いた手をとり、サクラの指に 自分の指を絡ませる。

こっ、これは いわゆる 恋人つなぎ!?


「……あの、イシルさん」


「また 消えてしまわないように」


はかなげに笑うイシルを目の当たりにしたら 無下に断れなくなってしまった。

不用意な自分の行動に対しての罪悪感も伴って、軽く握り返す。


ふっ と イシルが笑う。

ようやく 安心したように。


あぁ、この笑顔がたまらん!


早くも 覚悟がゆるぎそうになった サクラであった。





◇◆◇◆◇





お昼は『ビビンバ』

ビビン→混ぜる

パ→ごはん


混ぜご飯てこと。

米のかわりに麦をつかう。


麦ごはんの上に 野菜のナムルが乗っている。

ほうれん草、豆もやし、ニンジン、ゼンマイ。

スーパーなんかでよく四種類セットで売ってる定番もの。

そして、真ん中に 半熟に焼かれた目玉焼きがのっている。

これを器ごと焼けば石焼ビビンバだけど、今日は普通のビビンバ。


イシルさんのビビンバには これに 一口サイズに切った レタスとお肉が入っていた。

一番下にレタスをしきつめて、サイドに短冊に切った厚めの豚バラ肉が乗っていた。サムギョプサル!


これを とにかく 混ぜる!

スプーンで、よくよく混ぜる。

コチュジャンはお好みでどうぞ。

因みに韓国料理店であまり混ぜなかったら 店の奥さんに『混ぜかたがたりない』と 怒られました、はい。


よく混ぜたところで


「「いただきます」」


一口口に入れる


「ん!」


ネギの風味がする。


「ネギ塩?」


「はい、肉を炒めるときに 風味付けで」


「美味しい!レタスと合いますね」


これならレモンを少ししぼっても美味しいかも。

レタスは入れないで巻いて食べてもいい。


口の中で すべての具材がまざりあって 飽きの来ない味わいになっている。

よく混ぜろといわれたのも納得だ。


「あ、そうだ イシルさん」


食べ終えると 片付けを済ませ、サクラはイシルの前に箱を置いた。


「何ですか?」


ちょっとずるいが、遅くなった言い訳をつけ加える。


現世むこうで選んできました」


「僕に?」


「色々……お礼です」


「開けても?」


「勿論です」


イシルは箱を開ける。


「これは……美しいですね」


イシルは箱の中の箸を 目を細め うっとり眺める。

持ち手が黒地で、金の桜模様。

先端にかけてだんだんメタルな緑色にグラデーション変化しているが、決して派手すぎず 落ち着いた雰囲気の箸。


「自分のも買っちゃいましたけどね」


イシルと色違いのメタルピンク。


夫婦箸めおとはしですね」


イシルが嬉しそうに答える。


「えっ!?いや、そんな深い意味では……」


なんでそんな言葉知ってるんだ!?

夫婦めおとなんて!!

シズエさんは何を教えたんだよ!


「しかも 桜模様ですね」


「?……はい。」


「春になったらお花見でも行きましょうかね、さん」


なんだか知らないが、イシルも元気になったし、

とても気に入ってくれたので いいか。


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