ニプラゴプラ

@mnemonic

Chapter 1

主要登場人物

宇津木 才華   この物語の主人公。理屈っぽい。

宇津木 保    才華の大叔父。故人。趣味人。

“1号”      ホビーショップ常連の趣味人。保の友人。眼鏡を着用。

“お道具箱”    ホビーショップ常連の趣味人。道具類を貸してくれる。眼鏡を着用。

“BGM係”    ホビーショップ常連の趣味人。神出で鬼没。眼鏡を着用。



 これは私のある冒険についての物語である。

 人は何と出会い、何を始めるにも遅すぎるということはない。私がそう言っても重みはないけれど。

 そして冒険とは案外身近なところに思わぬ形で転がっているものなのだ。私も最近知ったのだけども。




――WARHAMMER40,000の世界へようこそ。このミニチュア・ウォーゲームと呼ばれるホビーは、多くの読者にとって未知のものだろう。この物語において読者は主人公・才華(サイカ)とともにこのホビーが持つ様々な要素、側面を体験することになる。――


 「君の好きそうなお人形は無いけれど……」と困った顔で笑いながら、寂しいと泣く私に大叔父が見せてくれたのは、壮麗なミニチュアの聖堂だった。それはカーテンの隙間から差し込む日の光に照らされ、部屋の中にありながら荘厳な雰囲気を漂わせていた。その小さく大きな聖堂を守る様に立ち並ぶ、鈍色の銀の騎士たちの威厳ある姿を、幼い私は泣くのも忘れ食い入る様に見つめていた。


 7月が半ばを過ぎても涼しい夏のことだった。午後の空はテレビの空きチャンネルの色をしており、湿った空気は雨の気配を漂わせている。突然舞い込んだ大叔父の訃報が、私と両親を乗せた車を5年ぶりに父の生家へと向かわせていた。


 小さい頃の私は大叔父に大層かわいがってもらったものだった。父の仕事の都合で郷里を離れて以来だいぶ疎遠になってはいたが、それでも毎年の誕生日に大叔父はプレゼントを贈ってくれた。クリスマスの時期になれば私と大叔父は互いにカードを送りあったものだ。

 最後に大叔父と話をしたのは、今年の正月に母方の田舎に帰省した時に掛けた電話だったように思う。新年の挨拶とクリスマスカードの感想、いくばくかの他愛も無い話。それっきり。

 ある日を境に人は不意に不在となる。その唐突な不在が私の胸に大きな穴を開けるかの様にぽっかりしたものを連れてくる。祖母の時も、愛猫のマヤの時も。何度目であっても慣れるものとは思えない。私はこの不在の実感をやり過ごす術を、まだ知らない。



 大叔父の思い出話をする。

 大叔父は独身で、生家の屋敷からほど近いところに一人で暮らしていた。大叔父は私の祖父の弟だが、祖父よりずっと若く、むしろ私の両親に年が近かった。

 大叔父と親しくなったのは、私が6歳の時だ。仕事で忙しく家を空けがちな両親に心配され、幼い私は夏休みの間祖父の家に預けられた。広い祖父の家に幼い子供が退屈を凌ぐ役に立つ様なものはなにもなかった。見知った友達もおらず、することもなく、私はただ日々を過ごしていた。そんな退屈そうな私を見兼ねたのか、滞在4日目に大叔父は私の遊び相手を名乗り出た。

「こんにちは、才華。毎日に退屈だろう。さあおいで」

 そう言うと大叔父は私の手を取り家から連れ出したのだ。

 遠い記憶の中の大叔父は、不器用ながらもいつも優しかった。あの6才の夏、大叔父に手を引かれ連れられた色々な場所を思い出す。

 博物館、科学館、水族館にプラネタリウム、大学の収蔵室、小さな映画館、そして大きな書店。ショッピングモールにも時々。連れ出した先で大叔父は沢山のことを教えてくれた。クジラの名前、星座の形、人工衛星、ミヒャエル・エンデ。幼い私にはいささか難しい話が殆どだったが、楽しそうに話す大叔父を私は「この人はなんでも知っているのだ」と思った。記憶の中の大叔父は好奇心の旺盛な人物だった。博物館や科学館では展示員に熱心に質問していた姿を鮮明思い出せる。

 大叔父の好奇心は血を通して私にも少し受け継がれている様に思う。クラスの同級生たちは新学期の教室で「休みは一人で博物館に行く」と答えて以来あまり話しかけてこなくはなったが。



 私たちが祖父の家に着いた時、7月後半の空は夕方の色になっていた。多くの親類が既に集まっているはずの祖父の家は、しかしひっそりとしており、葬儀業者だけが忙しそうにしていた。私達を迎えた祖父が言葉少なに「よく来たな」と旅の疲れを労ってくれた。

 仏間の棺の中に納まった大叔父の顔は安らかで、眠っているだけの様に見えた。「こんにちは、叔父さん」と私は挨拶し、待ってみた。短く長い30秒。返事は無かった。大叔父と話すことは二度と叶わないのだという事実を確認し、私は大声で、泣いた。

 大叔父は、亡くなったのだ。


 両親からは大叔父の亡くなった理由は病気だったと聞かされた。電話でもクリスマスカードからも大叔父が大病を患っている様子は伺えなかった。「急なことだったみたい」と母は教えてくれた。父があんなに悲しそうな顔をしているのを、私は生まれて初めて見た。私たち家族にとって、大叔父は僅かな親しい親族の一人であった。

 祖父の屋敷に駆け付けたその夜、寝ずの番の最中に、父は叔父の思い出話をしてくれた。

「保兄さんには小さい頃から色んな遊びを教えて貰ったよ。子供らしく外に行くってよりは、家の中で色んなゲームしたな。いわゆる非電源系ってやつだ、わかるかい? 僕たちは二人で色々なゲームをやったもんさ。あの時遊んだゲーム、探せばまだ実家にあるんじゃないかな?」

 年が近いこともあり、父は小さな頃から大叔父と仲が良く、二人は兄弟の様に一緒に遊んだのだという。こんな話をする父は初めてだった。そして私は祖父と大叔父が言葉を交わすのをあまり見たことが無かったことに今になって思い至ったのだった。



 翌日、午後に葬儀を控えながら、朝から大人たちは声をひそめて何事かの相談をしていた。祖父は会話に参加しようとはせず、ただ黙って目を閉じているだけに見えた。私の両親はその輪には加わらず、弔問客の応対を買って出ていた。大勢の親族がいる中でただ二人だけが忙しそうにしている。

 両親を手伝う気になれず、かといって大人たちの会話には混じりたくもなく、居心地の悪さを感じていた私は、大叔父の部屋を訪ねることを思いついた。もしかしたら昨夜父から聞いた「子供時代に遊んだゲーム」が見つかるかもしれない。私はもう共に遊ぶことは叶わなくとも、大叔父が楽しんだものを少しでも知りたかった。

 意を決して頼みに行った私の予想に反し、祖父はあっさりと大叔父のマンションの鍵を貸してくれた。

 祖父の屋敷から歩いて数分の距離に、大叔父の暮らしていたマンションはあった。


「結構きれいにしてたんだ」

 部屋を一目見て思ったことを私はそのまま口にしていた。主を失ったこの部屋を以前よりも狭く感じるのは、単に私の背が伸びたからだろうか?

 記憶にもある玄関ホールは3つの部屋へと続いている。奥が居間兼ダイニング。左の部屋は書斎。右の部屋には入ったことがなかったはずだ……、とおぼろな記憶が反芻される。左の部屋からあたってみるとどうして、記憶のとおりそこは書斎だった。

 書斎の中には壁一面の棚と、中央に大きなテーブルが置かれていた。壁にしつらえられた大きな棚には本だけでなく、大量の化粧箱が詰めこまれる様に並び、別の棚には大小のフィギュアがずらりと整列していた。

 部屋の中で最初に私の目を引いたのは中央に置かれた大きなテーブルに鎮座する壮大な聖堂の模型だった。私はあっと声を上げ、その小さく大きな建物へ歩み寄る。幼い頃大叔父にせがんでよく見せて貰ったあの聖堂だった。大叔父との記憶が脳裏にあふれ、詰まる胸に私の足はしばし止まる。

 気持ちが落ち着いたところで私は部屋の中の探索を再開した。壁の棚に近づいてみる。棚に並べられていたフィギュアは、近くで見ると小さいものは人間の兵士を、大きいものはロボットやモンスターを模したものだとわかった。戦車や飛行機の様な乗り物もある。フィギュアは海外SFゲーム的な雰囲気のものから、ファンタジーらしいものとが入り混じっている。緑色の肌をした怪物、大きな武器を構えたもの、辞書みたいな本を背負ったもの…と様々だ。過剰とも思える装飾が施されたものが多い。そしてなによりも驚きなのはこれらの大半が3センチほどの大きさしかないのだ。フィギュアというよりも、そう……ミニチュアだ。ちょうどレゴブロックの人形たちと同じぐらいの大きさかもしれない。しかしそれでいてミニチュアの人形たちは細やかな塗装が施され、とてもとても精巧なものに見えた。

 そして視線を移した先の棚で、私は鈍い銀色の騎士たちとも再会したのだった。


 午後の大叔父の葬儀は恙なく粛々と催された。参列者が帰ると、大人たちはスイッチで切り替わったみたいに部屋にこもって相談を始めた。まるで葬儀が終わるのを待ちかねていたみたいだ。どことなく険悪な空気を纏ったその話し合いは、先程まで大叔父の葬儀があったことなどとうに忘れ去られた様だった。この人たちには大叔父の死が悲しいものではないのだろうか? 私はこんなにも悲しいのに。なんだか取り残された様な心地だった。こんなの……叔父さんがかわいそうだ。

 どうにも悔しい気持ちがおさまらず、私は一人祖父の家を出た。夏の日は長く、時刻は夕方と言えど昼と変わらず外は明るい。アスファルトから漂う熱は、この夏で一番熱く感じた。私の足は自然と大叔父のマンションへと向いていた。

生前の大叔父は普段どんなことをしていて、なにが好きだったのだろう? そんなことを考えているうちに、今日二度目となる大叔父の部屋の前に、私は立っていた。祖父から借りた鍵を返さないままであったことを思い出し、私はハンドバッグの中を手でかき回す。


 大叔父の書斎で見つけたソファに飛び込み、頭の中のぐるぐるした考えを反芻しているうちに、どうやら眠ってしまったらしい。外はすっかり暗くなっていた。私は立ち上がると部屋の照明のスイッチを探し、点けた。

朝来た時にはあまり気にも留めなかったが、書斎の壁の棚には多くの書籍も収められていた。大判の書籍から適当に一冊抜き出してみる。おどろおどろしい雰囲気のアートワークが描かれたその本には“WARHAMMER40,000”と書かれていた。タイトルだろうか? 本は英語で書かれていた。読もうとしてみたが知らない単語ばかりで書いてあることがよくわからない。英語、結構自信があったのに……。パラパラとページをめくり棚に戻す。続いて隣の棚にある本を手に取ってみる。こちらもやはり表紙にあるのは宗教画めいた構図の絵画調のアートワークと“WARHAMMER40,000”という文字だった。あっ、もしかしてこれはシリーズ名……? 確かめるべく次に手を伸ばした本の表紙にも、やはり同じ文字が並んでいた。そして私はその本の表紙に目が釘付けとなった。そこにあるのは偶然にもあの銀色の騎士の姿だった。

 本の表紙には彼らの名がこう書かれていた。“GREY KNIGHTS“。


 帰りの遅い私に、両親は「黙って出ていかないこと」「心配になるから次は連絡を忘れずに」以上の小言を言わなかった。私が母の出してくれた遅めの夕食を済ませた後も、大人たちの話し合いは続いていた。むしろ私が出掛ける前より険悪な雰囲気は増している様ですらある。私は大人たちの集まる部屋をチラリとだけ覗くと、両親と寝泊まりに使っている部屋へ逃げ込んだ。

畳まれた布団を背に寄りかかりながら、私はスマートフォンの検索ウィンドウに”WARHAMMER40,000”と打ち込んでみる。そうして幾つかわかったのは、

 ・大叔父の部屋にあった大量の小さなフィギュアがゲームの駒として使うための“ミニチュア”であること。

 ・シリーズが30年以上も続く歴史あるゲームらしいこと。

 そして、

 ・これがミニチュア・ウォーゲームと呼ばれるものであること、

だった。

 私もゲームは好きなほうだが、こういうタイプのゲームがあったとは知らなかった。ボードゲームの一種の様だけど、“ウォーゲーム”というジャンルは初めて目にした気がする。

 ふと沸いた興味から、私はもう少しこのゲームについて調べてみることにした。インターネットにはWARHAMMER40,000を紹介する愛好家のブログやプレイレポートがいくつか見つかった。そこに書かれていることによれば、プレイヤーはコレクションしたミニチュアで自分の軍隊を作り、その軍隊をお互いに持ち寄って戦わせて遊ぶもの……らしい。なんとも手間のかかりそうな優雅な趣味だけど、なかなかに大変そうなゲームだ。

 そして世の中にはこのミニチュアを使って遊ぶゲームを専門に取扱う店があり(まったく知らなかった!)、“ホビーショップ”と呼ばれている……らしい。

 そして、そんなホビーショップが祖父の家から電車で数駅の場所にあるのを私はついに発見したのだった。


 翌朝、両親に「ちょっと行きたいところがあるので出掛けてきます」と伝えて祖父の家を出ると、私はその足で大叔父の部屋へ向かった。昨夜発見したホビーショップに行けば、もしかすると大叔父を知る誰かに会えるかもしれない。そう考えた私は、大叔父のミニチュアを幾つか持っていくことも思いついた。もしかしたらミニチュアを持っていくことでなにかがわかるかもしれない。

 大叔父の書斎の棚から銀色の騎士たちを数体手に取ると、壊してしまわない様に慎重にハンカチで包み、持ってきたトランクの内ポケットにしまい込む。仕上げにスマートフォンのカメラで棚のミニチュアで目に付いたものを撮影することも忘れない。さて、これで出掛ける準備は整った。


 1時間後、私は昨晩インターネットで見つけたホビーショップの前に立っていた。“WARHAMMER”とだけシンプルにレタリングされた黒い看板を掲げた店舗は、外から見る限り何の店ともわからない。ちらりと見える隙間から中の様子を伺ってみると、なんだか海外の書店の様にも見える。往来に面して並ぶショーケースには、神話やファンタジー映画から飛び出してきたかの様な精巧な像が飾られていた。もしかしてこれ、工芸品とかではなく…ミニチュア…? 全然ミニじゃないけど……。背に甲冑の騎士を載せたドラゴンは高さで20センチはあろうかという大きさに加え、広げた翼は差し渡し30センチはある様に見える。その隣にはアニメなどでは見かけない雰囲気の無骨さと壮麗さを併せ持った不思議な雰囲気のロボットが立っている。大叔父の部屋で見たミニチュアたちとどことなく雰囲気は通じている気がする。

 店の中に入る勇気が湧かず、うーん、と唸りながら更に1分を店の前で過ごし、私はえいやと自動ドアの「開」ボタンを押し込んだ。


「ニプラ! ゴプラ!」

「フォージインペラー!」

 店の奥からは奇妙な耳慣れない言葉が響いてきた。そちらに目を向けると大きなテーブルを囲んで呪文を唱えながらバラバラと大量のサイコロを投げる男たちがいた。テーブルにはところ狭しと沢山のミニチュアが並べられており、さながら小さな街の様だ。その隙間を縫う様に男たちは器用にサイコロを転がす。

「リロール! イチ!!」

 男たちの唱える呪文の意味はやはりわからない。私はもう少し近くで見たくなり店の奥へ進んだ。やがて並べられたミニチュアが判別出来るようになって、私はようやく気が付いた。あれは叔父さんの部屋で見たミニチュアと同じ…? もう少し近くで見ようと覗き込んだその時だった

「こんにちは!! いらっしゃい!! ようこそ!! あっ、その荷物! 今日はアーミーをお持ちですか!?」

 突然大声の店員に話しかけられて私は面食らう。

「え? あ、アーミー……?」

「初めてですか!? ここはウォーハンマーというゲームのお店です! ウォーハンマーはミニチュア・ウォーゲームと言う自分のアーミー、つまり軍隊を指揮して遊ぶテーブルゲームです!!」

 すごい勢いで話しかけてくる……!

「あの、これで遊べますか……?」

 勢いに圧倒されていた私は、我に返るとトランクからミニチュアを取り出した。

「グレイナイト! かっこいいですよね! もちろん遊べますよ!! ゲームは初めてですか!? 体験ゲーム出来ますよ!!」

「やべー」「ちょうかっけえー」

 いつの間にか奥にいた客たちも加わり、皆でしげしげと叔父さんのミニチュアを眺めている。すると後から加わった男の一人がおや?という顔でミニチュアを手に取ると、なにやら熱心に検分し始めた。

「これ……、見たことあるな。これキラキラ大進撃さんのグレイナイトだよね?」

「なんて??」



 これが私と大叔父の、とあるホビーをめぐる冒険の始まりの顛末である。

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