第2章 第21話「反芻」

 たまに見返すことがある。何者かが俺の部屋を出入りしていることに気が付き、俺はカメラを仕掛けて犯人の姿を捉えることにしたその様子を。

 カメラが映したものは他でもなく俺自身で、その俺がレンズに向かい、語り掛けてきた。そんな様子を見返す。


 影のおかげで散々な目にあったし、決して良い印象は抱いていないのだけど、やつがいたからこそ今の俺がいる。円と一時的に離れて、また再結成をして、世界を周ることができた。

 これだけの挑戦には大きなきっかけがないと中々立ち向かえない。そのきっかけを作ってくれたのが影である。そんな見方もできる。スクラップアンドビルドだ。

 円とのチームがそのまま継続されていてもきっとどこかで確変が起こった可能性はある。俺たちの基本方針が挑戦であるためだ。しかしここまでの戦い方はしなかっただろう。もしもを考えても何も起こらないが、何かを学ぶことはできる。


 影が俺たちの分岐点を作った。このことは誰にも話していない。鴨間がこのことに気付いているようで、というよりもあの感じからするとそういったものをライターとして追いかけている節がある。心の底からこの大変動のことを聞きたがっていたが、誰かに話すようなことではないと判断して、その鴨間にすら話していない。鴨間と共有することでもしかしたら影についての俺の知り得ない情報を与えてくれる可能性も考えられたが、おいそれと人に話すことではないのだろう。


 鴨間が芸術関係のライターを続けている根本的な理由はこの影を追い求めているということにある。鴨間の担当した記事をいくつか散見したところ、やはり俺に起きたような転換が起こった人物をメインで取り上げている傾向が見えてきた。何より決定的なのは、影が憑依していた時の舞台映像を観てみたら鴨間の表情が明らかに変わっていた。影の裏にいたときもそのことはひしひしと伝わってきたが、映像で観てみるとその様子が良くわかる。初見の観客はそんな風には思わないだろうし、むしろ二人の関係性がより立体的に仕上がっていたので違和感を抱くどころかある意味で舞台に引き込まれていたようにすら見える。


 鴨間が力を入れている記事を追いかけていけば、そこには影との関係性が見えてくる。だからこそ反対に鴨間を追いかけていれば自然と影を突き止めることができるのかもしれない。しかしそうまでして追いかけた影は俺のもとに現れた影とはもはや異なるものかもしれない。舞台上での影と鴨間とのやり取りから、影は同時多発的な出現をしていないようなので別人という線は薄いように思われる。

 だからこそ影は影でオリジナルの存在なのか、偶発的に個人の中に現れる一種の現象のようなのかもしれない。何にせよ鴨間経由で影に近付くつもりはない。いつか以前のように俺の中に現れてくれることを祈るしかない。

 それでも会ってどうするということはない。あの時の意図なんかを聴き出せれば面白いのかもしれないが、きっと影のことだからそういった核心を突く質問には答えてくれないはずだ。また何か大きな変化を齎してくれることを期待しているのかと問われれば、そういった下心が少なからずあるとも言える。

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