第26話「大胆」

 「海外なら他の日本人にとっては未開拓だし、ここで一旗揚げることができれば演出家としての実績をより多く積めることになる。そもそも色んなしがらみや言葉の壁を超えたところで演劇をやってみたいという気持ちが強くある。演劇の可能性はそういうところにもあるんじゃないかなって。何も演劇の良さを広めようっていうんじゃない。ただ自身の影響力がどこまで及んでいくかをこの目で見届けたいんだ」まるで子供が夢を語るかのように、目を輝かせて円は話す。

 「夢物語のようだけど、今の立場からするとしっかり実現できそうな気になって来るな」ぱっと浮かんだ感想を漏らす。


 「しかし準備には時間が必要になる。国内の公演なら知り合いのスタッフや役者をすぐに揃えることができるから、一ヶ月もあれば稽古をつけてプランを組んで小さい公演を打つことができる。特に久しぶりにお前と組んでやる公演になるからこそ小屋は小さい方が良い。久しぶりの公演ってやつは意外と動員数が読めない物なんだよな。それに最近の公演事情はやたらとシビアだ。客入りに少しでも不安が混じるとスタッフや劇場サイドも渋る傾向にある」円は計画の大枠を話してくれた。細かい点にも気が配られている。そして何より言葉の節々から俺の最近の不評を気遣ってくれていることがわかる。この気遣いも円の魅力の一つだ。


 「ただ海外での公演となるとまずは国を決めてから小屋を決めて、そこから客層をリサーチして脚本を仕上げるといういつも以上に煩雑な段取りが必要になる。もしくは脚本を作ってからそれに見合う劇場探しを始めるのも手だ。どちらにせよこの工程だけでも相当の時間を要することになる。役者やスタッフは現地で調達するとしても、その打ち合わせや稽古は文化が異なる以上、国内よりも密になものにしなくてはならない。機材の使用可否なんかも問題だよな。あとは言語をどちら合わせでやるかも無視できない課題だ。演劇は言語を超えるとは言ったものの、何かしらは喋らせないといけない。国内にいて思いつく限りでこれだけの問題がある。この問題を全てひっくるめて挑戦ということもできるだろうけれど、不確定要素を放置したままにするのは挑戦とは呼ばない。単なる無茶だ」相変わらず円は細かい。そして課題の洗い出しも的確だ。


 「そこで必要になるのが俺と言うわけか」すかさず口を挟む。

 「そういうことだ。お前はこういうのが人並み外れて得意だろう。穴を見つけるのがとにかく早いからな。その埋め方も良くわかっている。だからこそお前に制作をお願いしたいし、何なら脚本も書いてもらえると助かる」円が今でも俺を信頼してくれていることが良くわかる。

 「任せておけよ。その辺りは得意中の得意だ。それで、どこの国でどんな公演を打ちたいんだ? プランが全くないわけじゃないだろう」

 「その辺のプラン組みも是非任せたいと思っている。海外のことはさっぱりわからない。だからこそお前に託したいし、復活公演はこういった形で始めないといけないという気もしているんだ」

 「どういうことだ?」予想外の答えに窮してしまう。ここまで計画を練っておいて、肝心の自らの希望がないとはどういうことなのだろう。

 「海外に手を伸ばすにはどうしてもお前に手を借りないと成立しないし、お前と組むからには解散前と同じ流れを汲む公演は嫌だと思っていたんだ。なんて言ったって俺たちにとって挑戦がキーワードだからな。俺たちは新しいことに挑戦してこそプレイングだ。そうは言っても俺には制作としてのノウハウが一切ない。つまりどういうプランで挑めば良いのかわからないし、どんな所で公演をするのが良いかというのも感覚的に全く想像がつかない。だからこそ翔と決めたい。というよりも翔に決めて欲しいと思っている」

 恐らくある程度の絞りは付いているのだろうが、敢えて全てを俺に託すような答え合わせの仕方をしてくる。全てわかり切った上でのこの大胆さも円ならではだ。

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