そして何事もなく日常に戻る

 マーディラの地上で暴れ回る『神殿』がその姿を消して、数日が過ぎた。

 各地に散っていたタルヴァニたちは半狂乱でその行方を探し続けているが、残念ながらどこを探しても残骸ひとつ残っていない。

 自分たちのルーツに繋がる創世神話の証拠だと位置づけていたタルヴァニたちにとって、神殿の消失は『神が自分たちを見捨てた』と解釈することも出来る大事件だった。とは言え、タルヴァニの中でも神話に対する見解は一定ではなかったので、直ちにタルヴァニを絶望に叩き込んだわけではなかったが。


「いなくなった、では済まんのだ!」


 タルヴァニの一大拠点として有名だったモリフ市では、ちょっとした騒ぎが起きていた。

 モリフ市は神殿のすぐ近くに位置する数少ない街のひとつで、擁しているタルヴァニの数も圧倒的だった。タルヴァニの活動を街の名士であるゴドロン翁が支援していたこともあり、情報の集積地という役割も持っていたのだ。

 ゴドロン翁は神殿が消失する数日前に、各地に情報を送っていた。いわく、『神殿で祝福を受けたと目される人物を保護した。その力を借りて神殿の調査に乗り出す』と。

 その情報が全てのタルヴァニに共有されたわけではないが、時間の問題ではある。中心人物であるゴドロン翁も、モリフ市に滞在していたタルヴァニたちも神殿とともに全て姿を消している。

 この場で最も年かさのダーボが、カイトの世話を仰せつかっていた使用人を怒鳴りつけている。感情的な怒声に、使用人も委縮するばかりだ。

 このままでは埒が明かない。パルミコが出来るだけ優しい声音で場を引き取る。


「アメリネ。カイトさんが部屋を出た形跡はないんだね?」

「へ、へぇ。お言いつけの通り、起きられるまで部屋に入らないようにとのことでしたので、交替で部屋の前でお待ちしとりました」

「確かにそう言ったね。交替は君以外には誰が?」

「モリエとエキムですだ。ど、どちらもお客様が部屋を出るところは見とらんと言っとります」


 ふざけるな、と再び怒鳴りつけようとしたダーボを手と視線で制しつつ、パルミコはもう行っていいよと使用人たちを解散させた。

 彼女たちが嘘をついているとは、パルミコには思えなかった。カイトは彼女たちに気付かれないように、どうにかして部屋を抜け出したのだ。だが、ダーボがカイトに全ての責任を押し付けようとこちらに進言してきたのは砂海でのことだ。その場所で彼がその情報を掴むことは出来なかったはず。

 カイトがいなくなったタイミングはあまりはっきりしない。彼が街に戻って来て程なく砂津波が起きたからだ。事態の収拾と調査に誰もが走り回っていた。アメリネもモリエとエキムも、寝ているはずの客人の世話よりも街中の騒ぎの収拾に駆り出されていたはずだ。つまり、その間だけはカイトを監視している者は誰もいなかったことになる。

 パルミコ自身、それを批判するつもりはない。そもそもカイトに責任を押し付けようという提案自体、ダーボの独断に過ぎないのだ。

 ともあれ、カイトの行方は知っておきたい。彼の捜索を街への指示として出したところで、一旦この場を解散させる。ダーボは最後まで毒づいていたが、これ以上は言っても仕方ないと思ったか屋敷を後にした。

 街の者が全員立ち去った後、パルミコに執事長が声をかけてきた。


「若……いえ、ご当主様。ダーボ氏は一体なぜあのような」

「神殿の消失、おじいさま達の行方不明。その辺りの責任をすべて彼に押し付けてしまおうと考えたようだよ」

「なんと。それはいささか……」

「馬鹿馬鹿しい話だけど、魅力的な提案であるのは確かだ。タルヴァニたちも姿を消しているしね。彼らの縁者は各地にいる。責任者を処断したと言えば、最低限の筋は通せるから」

「それは申し訳ありません。優先順位を間違えましたかな」


 詫びられたパルミコは、静かにそんなことはないよと言った。ダーボには特に言質を与えたわけではない。そもそも、彼に使用人を恫喝される筋合いはないのだ。


「何もかもを彼の責任にしよう、などというのはそもそもが無理筋だからね。神殿が立ち去っただけならまだしも、神殿があの光に破壊されたとして。この街にいる彼がどのようにそんな手品を使えたというのか」

「確かに。その辺りを切り込まれたら、こちらが本当の当事者を隠していると思われかねませんか」

「軽々しく誰かに責任を押し付けることは、事実を捻じ曲げることに繋がる。僕としては、今回の件はこのまま訳の分からない話にしておきたいのだけどね」


 ゴドロンは姿を消した。最後の命令により、この屋敷の差配と当主の座はパルミコに委ねられる。それはつまり、このモリフ市で最大の権力が正式に委譲されたことになる。

 パルミコは極めて冷静に、ダーボの目論見を看破していた。彼は若いパルミコに意見できる立場として、自分の街中での地位を固めようと思っているのだ。タルヴァニの行方もゴドロンの無事も、神殿の現状すら興味はないだろう。

 神殿の現状に興味がないのはパルミコも同じだ。だが、その数日後に彼の手に渡った報告が、そこから目を逸らすことを許さなかった。


***


「ご当主様。先程戻った者がこちらの知らせを」

「何です?」

「カイト様の件を他の都市に伝えた者が。どうやら他の土地でも同様のことが起きているようです」

「同様の……と言うと神殿が?」

「はい」


 手渡された報告書に目を落とす。

 モリフ市ほど神殿に近くはないが、別の神殿から程近い街。そこでも神殿が光とともに消滅したという。状況的に、ここと同じ事件が起きたと考えて良いだろう。

 日付を確認すると、モリフ市と同日だった。ここから近い神殿とはいえ、一日や二日で行き来できるような距離ではない。仮に陸地を砂上船の速度で進めたとしても一日ではとても無理だ。


「カイトさんのせいにしなくて良かったね。同じ日に二ヶ所の神殿が消失した。そんな話、誰も信じないよ」

「仮にこの街の責任を押し付けることが出来たとしても、ですな。危ないところでした」

「いいですか。この件で馬鹿げた噂を流す者がいたら、厳しく処罰するように働きかけてください。この街はタルヴァニの有力者との繋がりを全て喪失しました。妙な疑いをかけられたら危険ですから」

「分かりました。厳に」


 ほどなく次、その次と同じ日に神殿が消失したという知らせが届き、パルミコは自身の判断が間違っていなかったことを確信するのだった。


***


 神殿は強大な敵と戦い、破壊された。

 そんな言説が囁かれるようになったのは、パルミコが当主の座に座って二月ほど経った頃のことだった。

 どうやら神殿が巨大な何かと戦った現場を見たという者がいたらしく、その噂が情報とともに伝わってきたのだ。

 かつてダーボがいた店は、今は砂漠を探るタルヴァニのたまり場として提供されている。ダーボの話をする者はいなくなった。彼が最期に喚き散らした言葉は、あまりにも荒唐無稽だと誰もが思ったからだ。


『あいつだ! 全部全部、あのカイトってパウトリがやったんだ!』


 ダーボは砂漠でおかしくなっちまったんだ。ガーマフやアスバンが諦めたようにぼやいていたのが印象的だった。

 カイトの行方はついぞ掴めなかった。あの日を境に姿を消し、そしてその姿は周囲の街でも見かけられていないという。砂津波に驚いて街から逃げ出したという話も出たし、砂津波に呑まれたという噂も出た。だが結局、忙しくやってくる日々の暮らしに気をとられ、いつしか街の誰もその名を思い出すことはなくなったのである。


***


 それから更に一年後。砂漠を調査していたタルヴァニのひとりが、芽生えを迎えた植物を見かけた。

 神殿が砂漠を広げていたのではないか、神話が間違っていたのではないか。そんな声が上がり始めるのも無理はなかった。マーディラはようやく、神話という枷から外れて独自の道を歩み始めたのかもしれない。

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