眠れよと誘う声が聴こえ
いささか惚けた様子の地球人をカーゴ船に転移させたカイトは、そのまま格子戸をこじ開けて外の部屋へ。
実によく寝ている。いちいち縛り上げるのは大変なので、超能力で浮かび上がらせてそのまま運ぶ。別にそのまま引きずっても良いのだが、うっかり衝撃で目を覚まされると厄介だ。
道すがら、同じように眠っているクルーを同じように浮かせつつ、ブリッジを目指す。
扉を開けたら全員が寝ているというのは、見た目以上にシュールな図だ。と、カイトの後ろをついてきていたエモーションが、人型に姿を変える。
「では、ここを無力化しますね」
「よろしく。後は打ち合わせどおり、地球人はカーゴに、船を動かしているクルーはここに転送するよ」
「分かりました。……それにしても」
ぐるりと周囲を見回して、エモーションは呆れたように言った。
「凄いものですね、超能力というのは」
***
宇宙には色々な知性体が存在する。機能肢の数や生態には本当に多くの種類があり、すべての種族に共通する弱点となるとほとんどない。また、生体改造による環境適応が行われるとその弱点は更に少なくなる。
だが、生まれた星も文化も生態も違うのに、不思議と彼らには共通する特徴があった。休眠を取るのである。
惑星由来の生物は、ほぼ例外なく昼と夜という環境の中で生活する。自分たちの生態に見合った形で生存してきた彼らは、昼か夜には寝るという性質が染みついている。これは、生体改造を行った後も残る。
改造によって肉体がどれほど強化されても、睡眠は必ず必要となる。その周期は改造によって飛躍的に変化するが、睡眠するという機能だけは残るのだ。
「じゃ、あとの説明は向こうでね」
地球人をカーゴ船に、ブリッジで眠るクルーは最初の船に送り込む。地球人以外を強制的な入眠状態に陥らせる超能力。
十隻のディ・キガイア・ザルモスから船団に照射された超能力の波動は、見事にツバンダの残党を無力化してみせた。
あとはクインビーでそれぞれの船に乗りつけ、無事な地球人をカーゴに送るだけの簡単な作業をこなす。ブリッジクルーを一ヶ所にまとめるのは、万が一目が覚めた時に逃げられなくするためだ。
「ほい、一丁上がり」
さくさくと、作業を進める。三十隻もの船が相手だが、緊張感はあまりない。強制入眠は機械知性には効かない戦術だが、ツバンダの残党には機械知性を運用出来ないからだ。
連邦製の機械知性には、当たり前だが連邦法に違反しないように倫理制御がかけられている。出自から連邦法に違反しているツバンダでは機械知性の運用自体が出来ない。連邦外の機械知性ならば運用できるのだが、今度は性能が格段に落ちるという問題がある。規格が違うので連邦外の機械知性では連邦の船を動かせないという悪条件もある。
要するに、余程の好事家でもない限り連邦外の機械知性を連れ回す連邦市民はいないわけだ。
とはいえ。三十隻を一度に無力化するなんて離れ業、カイトは自分が十人いたって出来る気がしない。テラポラパネシオの力の片鱗を垣間見て、感心するやら戦慄するやら。
「エモーション、そっちはどうだい」
『ええ、船の機能は最低限まで落としました。ここは今や牢獄のようなものです』
「随分と豪華な牢屋だねえ」
『キャプテンの昔のお部屋ほど快適ではないでしょうけど』
「そりゃそうだ。僕には君がいたからね」
それに、その牢獄はこれから連邦に運ばれる。判決を受けて収監されたカイトと違い、かれらはこれから裁判を受ける立場になるわけだ。
エモーションと話しながら、作業も半分を終えた。ブリッジに向かっている途中でカイトはふと足を止める。
「ああ、そりゃ居るよなあ」
「お、起きているのかお前ぇ!」
よたよたと、覚束ない足取りでブリッジに向かっていた人型の機械。機械知性ではないということは、全身を機械化した連邦市民ということだろう。
振り返ってこちらを見るさまは、まるで酔っぱらっているようだ。
「なるほど? 全身を機械化したってわけじゃなさそうだね」
「うう、ガマハデッグ! なんなんだ、この声はぁ!」
おや、久々に聞いたそのスラング。幻聴でも聞こえているのだろうか、腕をぶんぶんと振っている。
テラポラパネシオの強制入眠は効いてはいるようだから、頭脳の一部を機械化でもしたのだろうと当たりをつける。逆に、完全機械化を済ませた個体がいた場合は覚醒状態で船をうろついているかもしれない。
あまり余裕ぶってもいられない。カイトは作業を急ぐことにした。
「参考までに、どんな声が聴こえているか教えてくれるかい」
「眠れ、眠れよって聞こえるんだよ! お前、何か知ってるのかぁ!?」
半ば酔っぱらっているらしく、どうやらカイトがこの船のクルーではないことも判別出来ていないようだ。
これならばあしらうのは難しくない。
カイトは寄り添うように近づいて、肩を貸す素振り。
「ああ、知ってる。攻撃されてるんだ」
「なんだって!? まずいな、アニイに報告しないと」
なるほど、こいつはこの船の暴力担当か。頭は弱いが、体を機械化することで暴力性を高めている。ずしりと肩に重みがかかる。随分と重い。
カイトは左手を相手の頭にそっと当てた。気付いた様子はない。
「おう、お前。おれをアニイの所へ連れていけ。お前……お前、誰だ?」
「覚えてないなんてショックだなあ」
ばちん。左手から放った衝撃が、相手の意識を寸断する。
体重がかけられる前に体を放し、起き上がってこないことを確認する。
「僕は君たちの標的だよ。思い出したら存分に悔しがってくれ」
何のために地球人を置いているか分かっていないのだろうか。
もしかしたら、全員起きていてもカイトが上手く誤魔化せば大丈夫だったかもしれない。
***
「引きがいいのか悪いのか……っと」
『や、やっぱり攻撃だったのか! ガマハデッグ、来るんじゃねえ!』
最後の船には、全身機械化を果たした連邦市民がいた。先程と違って元気いっぱいだから、頭脳も改造済なのだろう。
順番が違っていれば、気付かれずにどうにか出来ただろうにと自分の引きの悪さを呪うが、もしかすると他の船にも会わなかっただけなのかもと思い直す。
問題は、目の前の相手が地球人を抱えていることだ。三十隻目にしてようやく、人質が本来の役割で使われているわけだ。
『誰も目を覚まさねえし、他の船と連絡もとれねえ。全部てめえの仕業かあ!?』
「いや? それは大体テラポラパネシオの力だね」
嘘は言っていない。首をロックされている地球人の少年は、どうも相手の言葉が分かっていないようだ。困惑した様子で後ろを見たりこちらを見たり。
どうも不穏な雰囲気だけは分かるらしく、不安そうに足をばたばたさせている。
「済まないね、ちょっとだけ待っていてくれるかい。君、名前は?」
「ぼ、僕はロン。地球のひと?」
『お、おれぁマヘジレットだ! 怖くねえ、てめえなんて怖くねえぞ!』
「ああ。僕はカイトって言うんだ。助けにきたよ」
聞いてもいないのに、マヘジレットとやらも名乗りを上げる。もしかして名前を聞かれたのは自分だと思っている?
全身を機械化したというのに、どうやらこいつはかなり頭が悪そうだ。もしかしてツバンダの機械化市民は、頭が悪い者がなるものなのだろうか。
「ふむ。マヘジレット君。このままその手を放してくれるなら、僕は君に何もしないことを約束するが」
『あぁ!? ふ、ふざけんなよ。カイトだか何だか知らねえが、このマヘジレットがガマハデッグだと思うんじゃねえぞ!』
「あ、そう」
だから何でカイトのことを知らないんだ。
呆れながらもカイトは一歩踏み出した。無造作に近づいて、ロンと自然に握手する。
『おい、なんだてめ――』
「僕もそれなりに連邦での生活を過ごしてきたんだけどさ」
『あ、あれ!? くそ、アースリングはどこいった!?』
そのままロンをカーゴ船に転送する。ついでにマヘジレットの右腕も転送してしまったが、まあ大した問題にはならないだろう。あの場所はテラポラパネシオの監視が行き届いているのだ。
「ガマハデッグって言葉の意味だけは、どうにもよく伝わらないんだよね」
『お、おれの腕がぁッ⁉ くそ、高かったんだぞこのボディ!』
「まあ、聞いても覚える気にはならなそうだから、いいんだけどね」
『てめえ殺すゥッ!』
左腕を振り上げたマヘジレットに、カイトは右手の人差し指を突き付ける。
「ばん」
『がぱっ』
指先から放たれた純白の光が、マヘジレットを直撃して弾き飛ばす。顔面を直撃されたマヘジレットは、妙な音を立てて後ろに吹き飛んだ。
「ふむ。思ったより巧く出来ちゃうもんだ」
超小型のサイオニックランチャーをイメージした一撃。貫通の意志は乗せていなかったので、マヘジレットの顔面を貫いたわけではない。ぶすぶすと煙こそ上げてはいるが、修理すれば何とかなるんじゃないだろうか。
ともあれ、起き上がって来なければそれでいい。エモーションに通信を送る。
「いちおうこれで全部かな。地球人の反応はあるかい」
『はい。キャプテン以外の反応はありません。救出任務、コンプリートです』
「そいつは良かった。あとはテラポラパネシオに任せて、僕たちは戻るとしようかね」
『了解です。それではお待ちしていますね』
ブリッジのクルーを送った方がいいかと少しだけ考えて、面倒だから宇宙クラゲに任せてしまえと結論を出す。
どうせ他のクルーたちもしょっ引くのだ。エモーションを迎えに行く間に宇宙クラゲに報告しておけば良いと判断して、カイトはクインビーへと戻るのだった。
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