二度目の人生を、君と。
名無死
“死にたがり屋”
星が降るある夜、一人の少女が屋上のへりに腰掛けていた。小さな団地の一角にあるマンションの屋上にはもちろん、彼女の姿しかなかった。少女は中に足をぶらぶらさせており、いつ落ちてもおかしくない状況だ。もしこれが昼間であるならば、地上では大騒ぎになっていただろう。
「来世こそは…」
彼女は掠れた声でそう呟くと微笑みながらそのまま前に倒れ込んだ。少女の体を支える障害物はない。彼女は真っ逆さまに落ちていく。少女の中に恐怖という2文字は存在しなかった。ただ、死に心を躍らせながら彼女は空を切る。彼女が目を閉じる寸前、その視界にはあるマントを着た男が映った。俗に言う死神のようなよくパーティグッズなどに用いられる死神の仮面をかぶり、背中には鎌を背負っていた。少女は死の間際に見た自分のくだらない妄想に嘲笑すると、そのまま目を閉じた。地面と少女の距離が限りなくゼロになり、首の骨が曲がり、即死…。
しかし、彼女が待ち望んでいた未来はいつまで経っても訪れない。少女が目を開けると、先程まで幻だと思っていた死神の腕の中にいた。死神は飛び上がると、屋上にそっと少女を下ろした。
「貴方は誰?なぜ私を助けたの?」
彼女は隠しきれない敵意を露わにしつつも、少し楽しそうに笑って尋ねた。
「僕は見た通りの死神さ。君は今日死ぬ運命ではない。今日死なれては困るんだよ。」
死神(仮)は若い男のように、でも平坦な口調で言った。
「本当に死神なら、証拠を見せてちょうだいよ。貴方が私が死ぬのを邪魔したお詫びにね。」
少女はなおも笑いながら答える。すると、死神(仮)は面倒くさそうに頭をかいた。
「君が僕のことを本当の死神と思おうが偽物と思おうが僕にとっちゃどうでもいい事さ。僕は僕の役目を全うすることが目的なんだから。」
死神(仮)はそう言うとマントをひるがせて少女に背を向けた。そのまま走り出そうとすると、少女は言った。
「待ってよ。貴方が今どこかに行ってしまうならここで私は舌を噛み切って死ぬわ。」
少女は笑顔を崩さない。まるで能面のように笑顔が張り付いてしまったようだ。しかし、次の瞬間死神(仮)は一瞬で少女の元に近づき、鎌を首に当てた。よほど切れ味が良いのか、鎌の先が当たった少女の首から一筋の血が滴り落ちた。
「そしたら、君の魂は僕が貰う。そして、君は永遠に暗くて怖い地獄を彷徨う事になるんだよ。」
死神(仮)はそう言うと不気味に笑った。普通の人が見たら、恐怖に耐えられず逃げてしまうか、気を失ってしまうだろう。しかし、それでも少女は表情を変えない。
「君より何回りも大きい大人が泣いて、喚いて、帰りたいと叫ぶような場所だよ?そんな地獄が君に耐えられるかな。」
死神(仮)はさらに恐怖を煽るように少女に詰め寄った。
「今より酷い地獄があったら行ってみたいものね。」
少女は笑顔を崩さないまま言った。死神(仮)はそれが本心であると分かっていた。いや、死神でなくてもわかるだろう。少女の目には一切の恐怖、怯え、曇りがなかった。この状況を楽しんでいるようにも見えた。死神(仮)と少女はしばらく見つめ合うと、死神(仮)が最初に目を逸らした。
「面白い人間もいたものだね。僕の負けだ。全て君の思い通りになるわけではないが、話だけでも聞いてやる。君は何を望んでる?」
「人生。」
少女は小さく、しかし芯が通った凛とした声で言った。
「私が死ぬまで貴方について行かせて。」
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