短編投稿用

暁斗

1夜 1票

 俊太はかつてないほど頭を悩ませていた。

 約20年生きてきて、こんなに悩むことがあっただろうか、いやない。

 事は地球域日本区分零細選挙区の第15037回目の投票についてだ。

 今回の立候補者は自由党のA氏と共産党のB氏の一騎打ちとなっていた。

 1票の格差是正を99.7%達成するために、各選挙区はきっちり量子演算によって範囲を分けられており、ゲリマンダーという言葉が死後になってから久しい。

 各区域の有権者はきっちり奇数に分けられており、過不足なく決着がつくようになっていた。

 1票の格差是正裁判を気の遠くなる回数重ねた結果、より正確に、より精密に日本の投票システムは進歩してきた。

 とはいえたかが1票、されど1票。

 なぜこんなにも俊太が頭を悩ませているか、といえば。

 A氏に投票すれば自由党が勝利し、B氏に投票すれば共産党が勝利するたった1票を握っているからである。

 ———ゴクリ

 俊太は固唾を呑んで投票所の記載台の前に立っていた。

 公正を期すため誰もいない投票所から、無数の……いや無限にも等しい視線と重圧を感じる。

「自由党に入れるか、共産党に入れるか、それが悩みどころだ……」

 いつもなら適当に気に入った名前の候補者や若い候補者、顔のいい候補者などに投票してきたのだが、今回に限ってはそうはいかない。

 なぜなら、今回の選挙での開票率100%後に判明したのはA氏とB氏の得票率が50.0000%同士という奇跡の配合になっていたからだ。

 俊太の寝坊票……ではなく遅延票、を除いて。

(こんなことってあるのかよ——!)

 普段政治に興味などない俊太だが、こと自分の持っている1票が今後100年の日本の未来を決めると考えると、それだけで気が重くなった。

 ここで顔をあげ記載台正面に表示されたA氏とB氏の名前を見上げ、俊太はありったけの脳内情報をかき集める。

 ニュースや情報バラエティの解説者や偉い学者の先生たちの言葉がぽつぽつと蘇る。

「今回の選挙は資本主義か共産主義かの決着ともいえる大事な選挙です。みなさん、必ず投票には行きましょう。今回の選挙結果次第で明日から我が国が同盟を結ぶべき国が決まると言っても過言ではありません。これは明日にでも起こりうる世界大戦のどちらの側に着くかということに直結する大問題です。よく考えて日本人として後悔のない投票にしましょう」

 そんなようなことを言っていた気がする。

 そんな大事な1票をまさか自分が握ることになるなんて……

 今や欧米を中心とする資本主義社会とロシア・中国を介するアジア共産主義社会のパワーバランスは日本という技術国家をどちらが獲得できるかに勝負のカギがかかっている……と授業で習った気がする。

(どうしよう、まさか世界の命運まで握っている……なんてことはないよな?)

 考えれば考えるほど、このたった1票が重く感じる。

 俊太の脳内議会も真っ二つに割れていた。

 自由党ってことは名前から察するに自由な社会を目指すってことだから、いいことなんだよな?

 いや、まてここで自由党に入れた場合日本はどうなる。すぐ西に共産大国が列挙してる状況、自由党にいれたが最後戦争が始まれば真っ先に標的にされるんじゃないか?

 それって全然自由じゃ無くないか!?

 でも共産主義って響きも怖いよな。あんまりよくないイメージがある……ここで共産党に入れればひとまず隣の国からの攻撃は防げる。

 でもでもそのあとだ、日本人は全員政府の人柱にされて戦地にGO!なんてことになったら……それも嫌すぎる!

 資本主義について自由を目指して戦うか?

 共産主義について時間稼ぎをするか?

 ああああ、どっちに入れても戦争まっしぐらじゃないか!

 どうする、どうすればいい。どっちの俺の声に従えばいいんだ!

 俊太の脳はこれ以上ないくらい熱を発し、いつ倒れてもおかしくないくらい頭を悩ませていた。

 どうするどうするどうするどうするどうするどうする……

(——————)


 次の瞬間、俊太は投票所の外に立っていた。

 手には投票証明の紙切れを握っている。

「あれ、俺……どっちに投票したんだ。」

 記載台の前で無限とも思えるような時間頭を絞ったところまでは覚えているが、

 結局どちらの氏に投票したのかまったく思い出せない。

(え、え、え、どっちだ?どっちに投票したんだ?)

 困惑する俊太だが、ただ一つ確かなことがある。

 この手にある投票証明があれば駅前のラーメン店で大盛が無料になるのだ。

「チャーシュー麺と担々麺、どっちにするか、それが悩みどころだ……」

 俊太はそう言って駅前に向かって歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る