鷺宮千夏のいつもとちょっと違う放課後-3
「おねえちゃん、魔法少女でしょ」
その子は真っ黒な髪と、ちょっぴり日焼けした肌に笑顔を浮かべて、私のことを見上げていた。
私も背が高い方ではないけれど、それにしてもこの子は小さい。
「小学生?」
「そうだよ。小学五年生。こんど、十一歳」芝居がかった仕草で帽子を取って、「僕、
なんだろう。
この子と話していると――懐かしい気持ちと、くすぐったい気持ちでいっぱいになる。
「千夏っていうの」
「千夏おねえちゃん?」
「翼――どうしてあなたは魔法少女になったの?」
「んー、よくしらない」翼は軽々と持ち上げた大剣の、根元で宝石のように光る真っ赤なライターを見せながら、「千夏おねえちゃんも魔法少女なんだもんね。いきなり、クウっていう妖精にこれを渡されたんだ。そしたら怪物が襲い掛かってきて……変身して、あいつと戦えってさ」
私と同じだ。
翼は両手を握ったり開いたりしながら、
「すっごく楽しいね、これ! まるでゲームの中に入ってるみたいだよ。自分の身体なのに、自分のものじゃないみたい」
「これは、ゲームなんかじゃないよ」
「わかってるよ」翼は唇を尖らせて、「言ったじゃん、ゲーム『みたい』って。おねえちゃん、たぶん、中学生とかでしょ。それなのに大人みたいに、僕にヘリクツ言わないでよ」
ちょっとむっとした。なんて生意気な子なんだろう。でも、翼はずっと無邪気に笑っていて、ぜんぜん悪い気はしなかった。
思い出す――
お父さんと初めて会った時のこと。
「きみはいい子だね」出しっぱなしだった刀を鞘にしまってきちんと背中に回し、手を広げて差し出した。「よろしく」
「おねえちゃん、ケガしてる」
「え?」
両の手の平を見ると、皮がすりむけて血がにじんでいる。よく見ると、手首にはたくさんの切り傷。服もボロボロだった。
「いつもなら、すぐに治るのに」
すると、翼がぎゅっと私の手を掴んだ。びっくりした、まるでカイロに包まれた時みたいに温かい。翼は目を閉じて、じっとしていた。
身体が熱い。
運動をした後みたいな、心地よい熱っぽさ。自然と呼吸が深くなってきた。
「はい」離された手を見ると、さっきの傷は見る影もなかった。「おねえちゃん、これ、ひとつ『貸し』ってやつね。あとでお菓子とかちょうだい」
「難しい言葉、知ってるんだね」
「バカにしないでよ」
へへっと笑い、頬を指で掻く。
そこで私は、なんとなくあった違和感の正体に気が付いた。
「ねえ、翼」
「ん? どうしたの」
「ひょっとして、君はさ……」
その時だった。
とん、と軽い足音。私と翼は同時に振り返った。
「おや――これは、予想外、です」
そこには、軍服のようなものを着た、紫檀の女の子が立っていた。
長い髪も、きれいな睫毛も、半分くらい紺になる空に照らされて、人形みたいだった。
「まさか、魔法少女がふたりも。それに、一方は――いえ」
右手を軽く掲げると、じゃら、と音がする。
袖口から伸びた鎖の先にあるものを、私は歴史の教科書のイラストでしか見たことがない。わずかに湾曲した、平行四辺形の金属板――
おぞけがした。
さっきの、黒い魔法少女とは比べ物にならないほどの、なんというのだろう――この感じを。
「不必要でした。あなた達は、計画を狂わせる要素であることに、変わりありません。ここで排除します」
鎖につながれたギロチンの刃を握りしめ、冷たい目で私たちを見た。
「おねえちゃん、下がって」翼が剣を抱えて、一歩前に出た。「あいつ、ヤバいよ。なんか――イヤな感じがする。うまく言えないけど」
「うん。分かるよ」
刀を抜いた。
「でも、下がるのは君のほう。私の方が、お姉さんだから」
「さっきの怪物からおねえちゃんを助けたのは、僕のほうだよ」
「じゃあ、ふたり一緒」
まだ出会って少ししか経っていないのに、私たちは通じ合っていた。そんな気がした。それは、私の思い込みだろうか。
私が左手で刀の切先を構える。柄に埋め込まれたライター。オイルの残量は残り少ない。すぐに決着をつけないと。
私がもう、すぐにでも飛びかかろうとした寸前だった。目の前の少女はギロチンを下ろすと、その場から高くジャンプした。私も翼も身構えたが、一瞬あと、青い光がいくつもその場に降り注いだ。
「三対一――では、さすがに分が悪いですね」もうもうと煙が立ちのぼる中、ギロチンの少女の声がする。「計画を大幅に修正する必要がありそうです。腹立たしいことですが、いったん退却です」
煙が晴れたとき、そこにはあの少女はいない。
代わりあの子がいた。
「ようやく……見つけた」
巨大な銃を構えた、左右非対称なコスチュームの、青い魔法少女。
反射的に翼を背後に庇いながら、刀を構える。すると少女は武器を折り畳んで、不意に変身を解いた。そこにいたのはごく普通の学生服に身をやつした、高校生の女の子だった。
「私は――」
「中井明日架」
私が名前を言うと、彼女は驚いたように目を見開いた。
「……、そう」
「ライターなら渡さない。近寄らないで」
「落ち着いて――私はあなたと戦うつもりはない。そうじゃなかったらこうして、変身を解いて、素顔をさらしたりしない」そこで明日架は、私の背中の方を見た。「それは……そう、『赤』の子ね。さっきクウからライターをもらったのか」
「なんだよ。お前」
「ちょうど良かった。……あなた達ふたりに、ついて来てほしい所がある。会わせたい人がいるの。クウから話は聞いているでしょ」
私と翼は顔を見合わせた。
「それって」
「そう、クウが『ご主人様』と呼んでいる人」
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