向日葵の夏

黒百合咲夜

第1話

「これは?」

「何か問題か?」

「……いや、気のせいかもしれない。だが、引き続き監視は続けるよ」

「……そうか。何の事かは知らないが、頼んだぞ」



…………………………………………



 暑い日差しが照りつけ、熱気が肌にまとわりつく。蝉はジージーと鳴き、今が夏だということを知らせていた。

 それでも、何の感情も抱かない。モノクロのこの世界に、そんなものは関係ない。白と黒で構成された私の世界。

 あぁ……まただ。また、こうして色のない日常が続いていく。

 目の前に刃物を突きつけられても、首を絞められて息が出来なくなったとしても、もう何も感じない。


「……チッ! んだよこいつ。最近反応が鈍いよな」

「どうする? 今度は裸にして首輪つけて散歩させる?」


 きっかけはなんだったのか、実はよく覚えていない。気がついた時には、もうこうしていじめを受けていた。

 悪口から始まったいじめは、中傷、暴力、虐待へと日を追うごとにエスカレートしていった。

 助けを求めたことも一度じゃない。けれども、誰も助けてくれなかった。警察も、教師も、親も、誰もが見て見ぬ振りを貫く。

 私の心は限界だった。助けなんてこない。弱い私が悪い。そんな考えが、心の奥底に刻み込まれるほどに。


「全裸で犬みたいな散歩ね。ナイスアイデア!」

「ついでに落書きもしちゃおう。発情してまーすってね」


 私をいじめる女子たちの手が、私の衣服を剥ぎ取りにかかる。抵抗する気にもなれず、あっという間に一糸纏わぬ姿にされてしまった。


「首輪持ってる?」

「あるよ。芹那がつけてあげたら?」


 リーダー格の女子が、私を四つん這いの状態にする。それから、私の頭を首輪に通した。


「きゃはは! 完全に犬じゃん!」

「何か芸やってみせてよ! 写真に収めてあげるからさ!」


 感情なんてものは、とっくに消えてしまった。そう思っていた。

 けれども、まだどこかには残っていたんだ。私の口から掠れた声が漏れる。


「……めて……」

「……あ?」

「やめて……誰か……たすけて……」


 腹部に強い蹴りが入れられる。その衝撃で、思わず口内の唾液を大量に吐き出してしまった。

 込み上げてくる吐き気は、我慢できる。どうせお昼のお弁当なんて食べてないのだから。


「犬が調子に乗んなよ! そこらの男にでも媚びへつらって生きる畜生が!」

「あぅ……かっ……こほっ…!」

「あっ!? おいてめぇ! あたしの靴が汚れただろうが!」


 もう一発飛んでくる蹴りを、私は呆然と見ているだけ。我慢すれば、そのうちがある。その休憩まで耐えればいいんだ。

 でも、今日は違った。それは、私がとっくの昔に忘れていた言葉――「希望」だった。

 いきなり聞こえたシャッターの音に、私を含める全員が音の出所を見る。そこには、同じくらいの年頃の女性がカメラを構えて立っていた。


「今の行為は写真に撮りました。警察を呼びますよ」

「なーっ!? ……くそっ! いくぞ!」


 私を置いて、みんなが散り散りに消えていく。残された私は、腹部に響く鈍痛のせいで動けない。

 このままだと、私のすべてを大衆の面前に晒すことになる。でも、もうそんなこともどうでもいいと思えた。

 そんな私に布がかけられる。助けてくれたその人が、私のためを思って布をかけてくれたのだ。


「大丈夫ですか?」

「……し……て?」

「え?」

「どうして……助けてくれたんですか?」


 救いの手など期待していなかった。誰も助けてくれない。みんな自分のことが大切だから。

 でも、この人は違った。一時とはいえ、私をあの地獄の底から救い出してくれたんだ。

 その人は穏やかな笑みを浮かべた。私と同年代くらいの彼女が浮かべる笑みを見ていると、自分が失ったものの大きさを知る。


「私は、多くの人を笑顔にするために。目の前で困っているあなたを見過ごすことは出来ません。最適な解決でないことは承知ですが、お許しください」


 あぁそうか。彼女はロボットなんだ。だから、純粋な思いで私を助けてくれた。

 差し伸べられた手を見ると、自然と涙が溢れてくる。その手を握ると、心に光が差してくるようだった。

 ロボットなのに、その腕には確かな熱がある。優しい――人の温かさが。あの悪魔たちには決してないものが。


「お名前を、聞かせていただいてよろしいでしょうか?」

「私は……香織。海老名えびな香織かおり

「香織さん……よいお名前です。私のことは、ヒマワリとお呼びを」


 これが、私たちの出会い。私とヒマワリの始まりだ。



 東京は、人とロボットが共存する未来都市に変貌を遂げていた。ロボットたちは、人を笑顔にするために作られるが、人々はそんな彼らを友人として受け入れる。ロボットたちも、笑顔にするために仕えるのではなく、対等な存在としての関係を築いていた。

 支配する支配されるの関係などない。彼らは、互いに東京という都市に暮らす同居人なのだ。

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