第46話 アキラさん 55歳フリーター

■スタートス聖教会 宿舎食堂 


「大丈夫だから。」

沈黙しているテーブルでタケルの隣からささやく声がした。

アキラさんが喋ってる!


マリアがアキラさんへ顔を向けた。


「大丈夫だから。ちゃんとしてくれるから」


もう一度そういって、マリアから俺に目を移した。

(俺がちゃんとするってことね)


「うん、大丈夫 君たちが教会を辞めるようなことには絶対しないから。アシーネ様に誓うよ。」

自信たっぷりに微笑んでみた。


アキラさんのカップに焼酎を注いで、目で礼を言う。


戻ってきたナカジーはチェンジで、カタリナに来てもらった。

目の前の景色が美しくなった気がする。


カタリナもマリアと同じように教会の仕事に感謝していると言っている。

当然だろう、ここに送る人材だから教会から離れにくい人を選んでいるはずだ。


カタリナは18歳だった。

少し黒っぽい髪に大きな目が印象的でとても愛らしい笑顔をむける。

現世だったらアイドルになれるかもしれない。


二人に明日から何をしたいか聞いてみたが、「勇者様のお世話」としか返事が返ってこない。

(明日から3日間居ないのに・・・)

(旅に連れて行くわけにも行かないし・・・)

(困ったときのマリンダ頼みかな。)


「マリンダさん、ちょっとこっちにお願いします。」


アキラさんに詰めてもらって、その横に座ってもらう。

アキラさんは緊張しているようだ。


「あすから3日間旅に出ますので、我々は昼間居ません。その間、彼女たちをどうするか相談に乗ってほしいのですが。」

「そうですね、それは勇者様がお決めになることだと思いますが。」

(あれ、なんか冷たい?)


「ただ、居ないから何もしてもらうこともないし、教会の仕事を手伝ってもらいましょうか?」

「それは、ギレン様がお許しにならないと思います。」

マリア達も頷いている。


(先にギレンと話をつけるか・・・)


「ギレンさんは、毎朝いつごろ教会に来てますか?」

「副司教様は日の出とともに出仕されます。」


「でしたら、明日ムーアに行くときにギレンさんと話しをしてきます。3人も一緒についてきてください。」

「ですが、それではギレン様に・・・」


「マリアさん、心配しないで。ギレンさんには『この3人が大変気に入ったので、しばらくそばに置いときたい。あらゆることをお願いしても大丈夫か?』と念を押しに行くだけです。」

「それと、『3日間留守にするので、その間は悪い虫がつかないように自宅に帰して欲しい。無論、その間の給料は払っていただきたい。』とお願いしておきます。」

「私たちが3日後に戻るときには、ムーアの教会で待っていてください。それから、スタートスに一緒に戻りましょう。」


マリアたちはまだ心配そうだ。

横のアキラさんは小さく頷いている。

マリンダは無表情だ。


「マリンダさんもそれで良いですよね?」

「タケル様がお決めになることですから。」

(やっぱり冷たい、まさか?)


マリンダの問題は置いといて、不在の間の3人はそうすることに決めた。


「旅から戻ってきてからのことは、戻ってから決めましょう。マリンダさんも何か良い案を考えていただけると嬉しいです。」

「かしこまりました。」

(そっけないままか)


微妙になった食事会をお開きにして、美女軍団にはご帰宅いただいた。

勇者チームで飲みなおし兼ミーティングにする。


「エー、明日からの旅ですが、男性陣も野宿はなくなりました。」

「どうすんの? 馬車は放っておくの?」

「よく考えたら、俺たち馬車なんて操れないじゃない。だから御者(ぎょしゃ)をお願いした。その人に夜は見てもらうことにする。」


「なんか、一人だけ可哀そうね。」

「だったら、ナカジーも一緒に泊まる? 御者は金髪の美少年ですよ。」

「いやよ、野宿は。タケルが残って、美少年をここに連れてくるわ。」

(言いたい放題です)


「食事は予定通り、旅先で自炊します。ちょっとしたアウトドアのノリで考えてくれればいいから。アキラさんもお酒持ってきてね。」

ニッコリ頷いてくれた。


「ところで、ダイスケ。ルイーズさんはどんな子だった?」

「あんまり、喋ってくれませんでした。まだ18歳だそうです。」

「多分、3人の中では一番おとなしいわね。」

ナカジーは焼酎のお湯割りでご機嫌が戻っている。

ダイスケはルイーズさん推し(おし)だったが、押し切れなかったようだ。


「まあ、みんなわかってくれてると思うけど、彼女たちをムーアに戻すわけにはいかない。そして、未成年の3人を傷つけるような行為も厳禁です。大丈夫ですか? ダイスケ君、アキラさん。」

「そんなことしないですよ。俺もビックリしてますから、ムーアの教会のやり方に」


アキラさんは顔をあげて、こっちを見ている。


「大丈夫。そんなことは絶対しない。」

目を見たまま、力強く返事をしてくれた。

(アキラ覚醒か?)


「タケルが、一番心配じゃないの?」

「ええ、私もそう思います。なので、最初のルールを作ります。彼女たちには我々の部屋への立ち入りを厳禁とします。もし破れば、理由に関わらずムーアヘ強制送還です。」


男子二人が頷いたのでルール成立だ。

21時過ぎになったので、明日に備えてお開きとする。


■スタートス聖教会 宿舎


タケルはムーアで買ってきたオープンフィンガーの手袋に豚革を縫い付けていた。


手の甲部分に聖教石が入るポケットのようなものを作るつもりだ。

豚革を折りたたんで立体化させてから、キリを使って豚革の4隅にグローブごと穴を開ける。

開けた穴に綿の糸を通して、豚革の袋をグローブの上に仮止めする。


もう一度キリを使って豚革とグローブに5ミリ間隔ぐらいで穴を開けていき、皮用の糸を穴に通していく。

糸が豚革の周囲を4分の3ぐらい通ったところで、風の聖教石を入れてみる。

ぐらぐらしない程度に窮屈なので、満足して最後まで糸を通して、豚革で聖教石を包み込んだ。


グローブを右手にはめてみても、甲に違和感はなかった。

命名『ゴッドグローブ』の完成だ。


左手も同じように作りながら、アキラさんのことを思い返していた。

(アキラさんは俺たちよりはるかに純真なんだろうな)

(優しすぎる人なのかもしれない)

(この神の世界にはアキラさんみたいな人がもっと愛されるべきだろう)

(お願いします、ウィン様。 最大の愛をアキラさんへ)


アキラは部屋で、一人で日本酒を飲んでいた。

(このバイトは良いな。時給も悪くないし)

(理不尽なことはこの世界にもあるけど)

(タケルはちゃんとやってくれるから大丈夫)



明日からボルケーノ火山への旅が始まる。

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