第39話 旅の準備

■西方州都 ムーア ハリス武具工房  ~第三次派遣4日目~


朝から転移魔法でダイスケとスティンをムーアの町へ連れてきた。

スティンはビックリして、しばらく口が利けなくなっている。

(はじめてなら、この世界の人でも当然だ)


二人を鍛冶職人のところに行かせて、タケルはハリスの工房へ向かった。

店に入ると今日もハリスが笑顔で迎えてくれた。


「ようこそ、勇者様 また来てくださったんですね」

「昨日はありがとうございました。おかげでレンブラントさんから援助をいただきました。」

「いえいえ、お役に立てたなら何よりです。レンブラントの旦那はここいら一番の商人ですから、今後もお力になってくれると思います。」


「それで、ハリスさんの師匠のところに行きたいんですが、地図のようなものをいただけませんか?」

「地図ですかい? そいつはちょっと難しいですなぁ。地図は高価なものですからねぇ。まあ、旅慣れてるやつなら太陽と山の方角で大体のところにいけるんでしょうが、来られたばかりの勇者様には難しいでしょうなぁ。」

ハリスは腕組みをして、考えている。


「地図はおいくらぐらいするものですか?」

「書いてある範囲や場所によって異なりますが、小銀貨2枚(約20万円)はくだらないと思います。」

「どこに行けば手に入るのでしょうか?」

「地図を売ってる店ってのはありませんが、やっぱりレンブラントの旦那に聞くのが良いと思いますよ。」


ハリスに礼を言って、レンブラント商会へ向かった。


■ レンブラント商会 応接室。


「地図ですか? 勇者様はどちらに行かれたいのでしょうか?」

「とりあえずは、ボルケーノ火山の方に行こうと思っています。いずれは皇都や他の州都にもいくかもしれません。」


「ボルケーノ火山ですか、そちらに向かう便はうちからは出ていないなぁ・・・、いや、もしうちの荷馬車が走ってるところなら乗って行って頂く事もできるので。」


「地図はハリスが言っていたよりも値が張ります。このムーア近くの地図でボルケーノまで入っているものなら、大銀貨一枚(100万円)でお売りするのが普通です。」

「ドリーミア皇都や他の州都のものまでそろえると、全部で金貨1枚(1000万円)は必要になりますね。」

「では、それで結構です。」

「本当によろしいのですか?」

「構いません、昨日の聖教石の帳簿から金貨1枚を差し引いてください。それから、4人で荷馬車の旅が出来る手配をお願いしたいのです。」


「ボルケーノまでの旅ですか?」

「はい、二日程度と聞いていますので、3日分の食料やその他必要なものを見繕っていただけると助かります。」

「わかりました、費用は帳簿から差し引きで?」

「はい。お値段はお任せしますが、勇者割引でお願いしますね。」

「承知いたしました、原価と必要な手数料で手配します。」


「ところで、レンブラントさんの川舟は帆も張っているんでしょうか?」

「はい、上りの船便では帆を使います。ですが、風向きが合わないときはオールや竿を使って人力に頼ることになりますね。」


「例えばですが、ずーと風が出るような仕組みがあれば便利じゃないですか?」

「どのようなものでしょうか?」


身を乗り出したレンブラントの前で、リュックから白い聖教石を取り出してテーブルの上に置いた。


聖教石の先をレンブラントに向けてから、石の上に手を置く。


「ウィンド」


タケルの後ろから聖教石を通じてレンブラントの髪の毛が激しくたなびく程度の風が吹きはじめた。

レンブラントは後ろにのけぞって、聖教石を見つめている。


タケルが手を離しても風は吹き続けている。

しばらくそのままにした後で、もう一度手を置いて風の神に感謝を捧げる。

(ありがとうございました。ウィン様)


風が止まった後も、レンブラントはしばらく硬直していた。


「風はもう少し強くすることもできます。この石を通じて船の後ろから帆に風をおくれば、多少の向かい風でも進んでいけるんじゃないでしょうか?」

「勇者様・・・いや、・・・これは・・・。」


「あまり、お役に立たないでしょうか?」

「いえいえ、決して! 役に立たないなんて、とんでもない!あまりのことに言葉を失っていました。間違いなく役に立ちます。絶対に。」


「では、いくらで買っていただけますか? 使うのは風魔法が使える方ならどなたでも扱えるはずです。」

「ありがとうございます・・・。ですが、正直言ってまだ値がつけられません。商人としてお恥ずかしいのですが、あまりにも価値が大きいものなので、しばらく考えさせてください。」


「わかりました、ではこの聖教石はもう少し風を強くしてお預けしますので試しに使ってみてください。お値段はその後にご相談しましょう。」


聖教石を握って祈りを込める、メリー号クラスの帆がはためく風の強さをイメージする。

(船の帆に吹き続ける風の力をお与えください)


さらに白くなった聖教石を渡されたレンブラントは、石を眺めて考え込んでいたが、やがてタケルを見つめて頭を下げた。


「先ほどの地図の代金の件ですが、いただくわけには参りません。その他の旅道具なども全て私どもの費用で揃えさせていただきます。無論、白い聖教石のお代は別途お支払いいたします。」


「どうされましたか? お金はあるのでちゃんとお支払いしますよ。」

(あぶく銭だしね)


「いえ、私は勘違いをしていたようです。勇者様は魔法や剣のお力が強いだけだと思っておりました。ですが、それだけではなく魔法をどのように人々が活用すれば良いのかを教会以上にお考えです。」

「私は商人としても、この国の民としても勇者様が思うように過ごせることこそが、民の幸せにつながると確信しました。今後も力の及ぶ限り、お手伝いをさせていただきます。」


「ありがとうございます。ですが、レンブラントさんの商いが続かないと助けてもらうことは難しくなりますよね?」

「それは・・・、確かに。」

「でしたら、必要な費用や最低限の利益は必ず確保してください。そうしないとせっかくの志(こころざし)が長続きしませんからね。」


「ありがとうございます。仰せの通りですね・・・言われてみれば当然のことですが、そこまでご配慮いただき、言葉もございません。」

レンブラントは涙を袖でぬぐった。


「そんな大層な話ではないですよ。でも、これからも色々とお願いに来ますからよろしくお願いします。まずは今日もお小遣いをお願いします。」


レンブラントから硬貨をもらって、ダイスケとの待ち合わせ場所へ向かった。


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