第12話 はじめての魔法

■スタートス聖教会裏


『ファイア』少し小さめの声でタケルがつぶやくと胸に小さな痛みが走った。


同時に-ボゥワッ!-と言う音ともに、右手をあげたタケルの眼前に大きなオレンジ色の炎が吹き上がった!


「ワァッ!」


ナカジー達が声を上げ、後ずさりする。


マリンダさんは両手を口に当てて、目を見開いて炎を見つめている。


離れた場所で見ていたブラックモアは腰を落として剣の柄に手をかけた。


タケルの炎は手の上で1m以上の高さで揺らめいている。

見慣れているガスの炎ではなく、焚き火などで木が燃えるような色だ。


タケルは手をあげたまま、もう一度炎を見つめて心の中でつぶやく。


(ありがとう、グレン様。もう少し火を小さくしましょう。)


半分ぐらいの大きさを描いて神へ願った。


目の前の炎がイメージどおりに小さくなった。

手の上にはまだ勢いよく炎が揺らいでいる。

しばらくの間、タケルは炎をみつめ、もう一度神に感謝をささげた。


(ありがとうございました。グレン様 私はこの力をこの世界の人のために使います。魔竜を倒す日まで、お力をお貸しください。)


目をつぶり、手を下ろすと同時に炎は消えた。


「すげぇ。」ダイスケ達はその場で立ちすくんでいる。


マリンダとブラックモアが小走りにタケルに駆け寄って来た。


「お体に異常はありませんか!」


マリンダが険しい顔で詰め寄る。


「チョット胸がピリっとしましたが、大丈夫ですよ。」


「胸ですか?・・・、勇者様、先ほどのペンダントをお見せください!」


マリンダが興奮して、タケルの胸元を見つめている。


ペンダントを服の下から引っ張り出すと、聖教石が薄い青色に変わっていた。


「これは!」


ブラックモアが眉を寄せて、タケルの聖教石を見ている。


「勇者様は神に大変愛されておいでです。」


マリンダは手のひらに載せた聖教石を見たあと、タケルを見つめて微笑んでいる。 


(アカン、惚れてまうやろー)


心の中で叫ぶタケルの声には気づかず離れたマリンダは、ブラックモアに何かを耳打ちした。


ブラックモアは小さくうなずいて教会に戻って行った。


その後にダイスケとアキラさんが同じように魔法へ挑戦したが、何度やっても二人とも何も起こらなかった。


「タケルさん、どうやったんスか?」


「アタマの中で『火の神 グレン様』にお願いしてみた。『ファイア』って言うから、あの大きさの炎を出してください。ってね、それだけのはずなんだけど」


ダイスケは、首をかしげながら少し離れて行き、ナカジーも含めて、もう一度3人で同じように挑戦し始めた。


ダイスケはタケルと同じように、一度目を閉じて間をとってから、右手を顔の高さまで上げた。


「ファイア!」


声を出したダイスケの手の上に炎が立ち上がった! 成功だ!

炎の大きさは10cmぐらいだが、ゆらゆらと揺れている。


「ヤッター!!」


喜んでいるうちに炎が小さくなって消えた。


「タケルさんの言ったとおりに頭の中でやったら、イケました。思ったサイズよりだいぶ小さいですけど、スゲェや。本当にできるんだ!」


満面に笑みを浮かべている。


(たぶん、信じる力が弱かったかな?)


タケルも現実の日本では、神や魔法や奇跡などはカケラも信じていない。

宗教的には無神論者といえるだろう。

ただ、タケル達がこの世界に来たと言うことは、少なくともこの世界には「魔法がある」と既に信じているし、ノックスやマリンダが「神が願いをかなえるのが魔法」と言うなら、それを疑う理由も全く無かった。

だから、自分なりに真摯(しんし)にグレン様にお願いしてみたつもりだ。


(神様はちゃんと、聞いてくれてるんだ)



あとの二人にもタケルなりの考えを伝えてみた。


「二人も、グレン様に頭の中でしっかりお願いして、それから炎をイメージしたらどうかな?」


うなずいた二人は、しばらく目を閉じてから、右手をゆっくり上げた。


「ファイア!」


ナカジーの手の上には、先ほどより大きな炎が揺れている。


「ヨッシャー!」


左手でガッツポーズを作った。途端に炎が消えた。


ナカジーの横にいるアキラさんを見ると、ちゃんと炎が手の上にある!!

大きさはダイスケと同じぐらいだが、しっかりと炎が保たれている。


タケルは改めて3人を眺めた。

3人ともうれしそうだ、目がきらきらしている。

もちろんタケルもうれしい、人生の中でも一番うれしいかもしれない。

ここが、夢の世界であったとしても、夢の中で1番楽しいだろう。


みんなの近くで黙って見ていてくれたマリンダさんが、笑顔をうかべたままタケルに近づいてきた。


「皆様、すばらしいです。こんなに覚えが早いのは今までの勇者様でも初めてです。勇者様はお教えになるのも、お上手ですね。」


タケルの目を見つめる。


(だから、惚れてまうって)


照れたタケルは思わず目線を3人に戻した。


「ちゃんとグレン様にお願いした?」


3人を見ながら確認してみる。


「すっごくお願いした!頭の中でお辞儀もしてみた。」


笑顔でナカジーの声が弾む。

他の二人も笑顔で頷いている。


盛り上がっているタケル達のところへ、ブラックモアがノックスを連れて小走りに戻ってきた。

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