最終話 さようなら魔法少女

 力尽きたライオンのようなレクターは、徐々に身体が縮みだす。そして元々のイタチのような姿に戻ったと思ったら、目をパチリと開いた。

 するとそこへアリオメーヤ星人の三匹が駆け寄って、勝手に盛り上がりだす。


「ふむ、こいつは短期間ですごいエネルギーが回収できたもんだね」

「これは、帰ったら表彰物だね。歴代最高記録の可能性まである」


 俺と四人の魔法少女は呆気に取られて、彼らを眺めることしかできない。

 集まって楽しそうに語り合う四匹を見れば、さっきの戦争の話が嘘なのは確実。アリオメーヤ星だのロイヤール星だのも、きっと全部作り話なんだろう。

 何を信じていいのかわからなくなった俺は、とりあえず不満をぶちまけた。四匹がそっくりでレクターを見分けられないから、適当に全員に向けて。


「おい、レクター。これはいったいどういうことなんだよ。とりあえず、俺は殺されたりしないんだよな?」


 すると四匹の中の一匹が操作卓に飛び乗って、俺の拘束を解きながら答えた。


「もちろんだよ。『死ぬことは絶対にないから安心して欲しい』って言ったろ?」

「さっきは『魔法少女との戦いでは』なんて条件付けたくせに……。だったら、俺の身体に貯まってるエネルギーは、いったいどうやって抜き出すんだよ」

「何言ってるんだい。そんなものは対決後の巻き戻しと同時に毎回回収してるから、キミの体内には最初から残ってなかったよ」


 それも嘘だったのかよ……。

 俺は呆れたけど、それ以上にホッとした。どうやら命の危険は去ったみたいだ。

 周りを見れば魔法少女たちも、担当のマネージャーにきつく当たってる。だけどみんな、よく自分のマネージャーの見分けがつくな……。

 そしてやっと拘束を解かれた俺は、分娩台……いや、リクライニングチェアから降り立つ。そして操作卓の上にいるレクターに、今回の説明をするように求めた。


「みんな混乱してるぞ。まとめてちゃんと説明してくれよ」

「わかった、わかった。じゃぁ、みんな集合」


 レクターは操作卓の上に他の三匹を呼び寄せて密談を始めた。

 簡単に終わる話じゃないだろうし、あっさり終わらされてもたまらない。俺は長話を覚悟して、レクターたちの正面に陣取るようにどっかりと床の上に腰を下ろす。

 すると魔法少女たちも、ボロボロの戦闘服からこぼれる胸や下着を巧みに両手で隠しながら、俺の周囲に集まるように座った。


「じゃぁ、始めるね。まずはみんなごめんなさい、そしてありがとう」


 レクターの合図で四匹が一斉にお辞儀をして、いよいよ説明会が始まった。

 どうやら四匹の中ではレクターがリーダー的存在みたいで、説明でもそのまましゃべりだす。


「ボクらは時々地球にやってきては、この魔法少女と敵役って構図を利用して正義感エネルギーを集めてた、それは本当の話だよ。でも今回、新たに発見されたもっと上質な感情エネルギーをついでに集めようと、この筋書きを思いついたんだ」

「もっと上質な感情エネルギー?」

「最後に魔法少女のみんなが放出したアレさ。アレが愛情エネルギーだよ」


 四人同時の必殺技で、物凄い正義感エネルギーを放出した魔法少女たち。でもさっきのまばゆい輝きは、確かにそれを遥かに上回るパワーを感じた。あれが愛情エネルギーだったってことか……。

 レクターの大まかな話が一息つくと、すかさずみーたんが口を挟む。担当マネージャーに向かって問いただすようなその口調は、相当腹を立ててるのが丸わかりだ。


「あんた、あたしに言ったわよね『キミは生まれた時から、魔法少女になる宿命だった』って。あれは結局、嘘だったんでしょ? じゃぁなんであんたは、あたしを魔法少女に選んだの?」

「でもキミ、憧れてたよね? 平和を守る魔法少女に」

「あ、あ、そ、そういう話じゃなくって!」


 真っ赤になって照れるみーたん。やっぱり憧れてたのか、魔法少女に……。

 みーたんは慌てて言葉をかき消して、改めてマネージャーに質問をし直した。


「あんたたちがエネルギーを集めるために、どうしてあたしたちが選ばれたのかって話よ。あんたの誘い文句は、後付けの方便だったんでしょ?」

「簡単な話だよ。最初からこの五人を選べば、この結末が期待できたからさ。何しろボクたちは人の心が読めるからね」


 みーたんのマネージャーの端的な回答に、レクターが補足するように言葉を続ける。


「愛情エネルギーっていうのは、すでに愛し合ってる人からは大して得られない。むしろ負の感情を持ってた人がそれを愛に変えた時、莫大なエネルギーの転換が起こるんだ」

「っていうと?」

「マイナスの感情からプラスの感情へ、その差分が大きいほど集められるエネルギーもより大きくなるってことさ。だからこの泰歳と、それを取り巻くキミたちを選んだんだよ。理解してもらえたかな?」


 わかるわけない。俺たちの科学には、感情エネルギーだの愛情エネルギーなんてものはないんだから。納得はできても、理解は絶対無理だ。

 だけどまてよ? ってことは、レクターが俺の前に現れた時は……。


「そうだよ泰歳、キミの予想は正解だ。ここにいる四人は、ボクがキミの前に現れるまではマイナスの感情を持っていた。それも相当最悪のね」


 俺の心を読んだレクターが、また勝手に回答を始める。

 とんでもないことを言い出す予感がしたので、俺は慌ててその言葉を遮った。


「おい、待て、レクター。それ以上、余計な事は――」

「みーたんは規則を破るキミが大嫌いだった。リーンは弱っちいキミを情けないと思ってた。カリンは自由奔放に見えるキミを妬んでたし、ナイツは時々リーンの話題に上るキミの存在に激しく嫉妬してた」

「わざわざ丁寧な解説をありがとう……。でも、そんなこと言われたら凹むわ!」


 俺はレクターに怒鳴ってみたけど、怒る気にはならなかった。だって本当のことだろうし、俺自身も薄々感じてたことだから。だけど幸子もだったなんて……。

 恐る恐る俺が魔法少女たちの方を見ると、四人ともに気まずそうに目を背ける。

 あっさり答え合わせ完了。あんまりだ、これじゃ公開処刑だよ……。

 そんなガックリと肩を落とした俺に、レクターはさらに追い打ちをかける。


「そして肝心の泰歳は、エロで釣れば絶対に引き受けてくれるってわかってたしね」


 もういいよ……。俺のライフはゼロだよ……。

 レクターはずっと心を読みながら、巧みに俺の行動を誘導してたんだな。遊園地もきっと、全部手のひらの上だったんだ……。

 力尽きた俺に代わって、今度はリーンが納得いかない様子で質問を繰り出す。


「それじゃ、あの牛乳泥棒は? あの敵役は一体誰だったの?」

「はい、はーい、それはボクでーす。ボクが変身して敵役をやってみたんだよ。どうだった? ちゃんと人間らしく振舞えてたかな?」

「そういうことだったの……。まんまと騙された」


 元気よく名乗り出たのはカリンのマネージャーだった。

 種明かしをされて自嘲気味に引きつり笑いをするリーンに、レクターが補足する。


「あれは泰歳が他の敵役の戦いぶりを見たいなんて言い出したから、慌てて作った筋書きなんだよ。でも結果的に、あれが二人の距離を縮めたから大成功だったね」


 するとそこに、ナイツが目を輝かせながら割って入った。


「私も先輩と距離を縮めたい。私も先輩の心が読めるようにして欲しい」


 ストレートすぎる要求、むしろ欲求。

 そんなナイツの剥き出しの欲望に、レクターは諭すように淡々と答える。


「心なんて読めても良いことないよ? そのせいでボクの星では、互いに心を読み合っても傷つかないように感情を失くしていったんだ。せっかく感情エネルギーの存在を発見したのに、自分たちがそれを失くしてたなんて皮肉なもんだよね」

「それであなた方はわざわざ地球までおいでになって、こうして感情エネルギーを集めてらっしゃるのですね」

「そういうこと。それにしてもこの星の人類ってやつは、匿名だと大胆になるよね。魔法少女っていう仮面を被せただけで、普段は表に出せない自分をさらけ出すんだから不思議で仕方がないよ」


 レクターの言う通りだ。変身した魔法少女は四人とも、普段とは比べ物にならないぐらいに生き生きしてた。

 大胆といえばさっきだって……。


「さっきのみんなの告白もすごかったよな。思わず俺の方が赤面したよ」

「あ、あ、あれは……マネージャーにそそのかされただけよ。『このままじゃ死んじゃうよ? 彼が殺されちゃっても本当にいいの?』なんてテレパシーで煽るもんだから、つい……」

「みんなもそうだったのか」

「…………」

「…………」


 なるほど……。レクターが俺の心を読みながら行動を誘導してたみたいに、魔法少女のみんなもマネージャーに上手く操られてたってわけだ。

 一から十まで彼らに踊らされてたのはちょっとムカつくけど、俺一人じゃ絶対に味わえない良い思いをさせてもらったんだから大満足だ。

 それに由美子や友恵だって、実生活にも好影響があったのは間違いない。そして幸子と小夜……には自重してもらいたい。


「ありがとな。レクターのおかげで、俺も意外な自分に出会えた気がするよ」


 俺はレクターにお礼を言いながら、前足を取って握り締める。握手代わりだ。

 するとレクターは俺を見つめながら、首をかしげる。


「なんだか今回の任務は不思議な気分だよ。これが楽しいっていう感情なのかな?」

「あぁ、間違いない。俺だって楽しいよ、レクター」

「もう一つのこれは、寂しい……かな? こいつはあんまりいい感情じゃないね」

「なんで寂しがる必要があるんだよ」

「それはもうお別れの時間だからさ。それじゃぁ、この施設は元に戻すとしようか」


 そう言って、レクターは操作卓の緑のスイッチを押す。

 すると、さっきまで近未来的だった設備が一瞬で、蛍光灯だけが灯る埃っぽい殺風景な地下室へと変貌した。まるで投影してた映像を消したみたいに……。


「ちょ、本当にお別れなのか?」

「嘘でしょ? 全部教えてもらって、やっとわかり合えたのに……」

「まだ帰るのは早いわよ。もっと私たちと一緒にいてよ」

「お名残り惜しいです。何とかならないのでしょうか?」

「行っちゃやだよ」


 俺を筆頭に、魔法少女たちも揃って別れを拒む。

 けれどレクターたちは揃って首を振る。そしてその哀し気な雰囲気は、充分に感情を表に出してるように見えた。


「ボクらは集めたエネルギーを持ち帰らないといけないからね。今回の任務はこれですべて終了だよ。全部を元通りにはできないから、記憶だけ消させてもらうね」

「やめてくれ、俺の記憶を消すなんて、やめてくれ!」

「だよねー、キミはそこにいる魔法少女たちの、いろーんな姿を頭に焼き付けてるもんねー。でも残念、諦めておくれよ」


 俺はレクターに駆け寄って、その小さな身体をギュッと抱きしめる。

 レクターは、俺の心が読めてるはずなのに口にしなかった。レクターが言わないっていうなら、俺がハッキリと言ってやる。


「記憶を消さないでくれ。俺はお前との思い出が――」

「記憶を消してしばらくは意識が混濁するかもしれないけど、すぐ戻るから大丈夫。それじゃ元気でね!」

「そうじゃなくって、おい! ちょっと……待っ……て」


 頭の中が一瞬で真っ白になる。

 走り去っていくイタチのような小動物が、こちらに振り返って首を傾げる。尻尾を振りながら満足そうな表情を見せると、また再び駆け去って行った……。








 ――ような夢を見ていた気がする……。


 この俺、広原泰歳は頭に少し鈍い痛みを感じながら目覚めた。もう朝か……?

 起き上がろうとすると身体中がやけに突っ張る。なんだ? 制服を着たまま寝ちゃってたのか……?

 首を回しながら起き上がって自分の服装を確認すると、俺は自分の目を疑った。

 なんだ、この服……タキシード? 背中にはマント?

 手品師じゃあるまいし、俺はなんでこんな格好をしてるんだ?

 それになんだか空気が埃っぽい。殺風景な壁は今にも崩れそうにボロっちい。

 そして部屋を眺めてみると、俺は再び自分の目を疑った。


「委員長!?」


 どうしてこんなところに委員長が? それに気を失ってる!?

 クラス委員長の松本由美子の姿を確認した俺は、すぐに目が釘付けになる。どこにって? それはもちろん、その胸に。

 何かに切り裂かれたようなブラウスから顔を出しているのは、水色のブラジャー。それもただのブラジャーじゃない。クソ真面目な委員長からは想像もつかないエロいやつだ。


(す、透けてるよ……これ)


 俺は委員長が目覚めないかとビクビクしながら、その胸に顔を寄せてじっくりと観察する。

 こ、こ、これ……下も透けてたりすんのか?

 透けたブラジャー越しの薄茶色にひとまず別れを告げて、俺はスカートの裾をそっと摘み上げる。

 そしてゆっくりと持ち上げ……。


「――あれ? 泰歳」


 突然名前を呼ばれて、俺は背筋が反り返るほどに身をこわばらせた。

 振り返るとそこには幼馴染の鈴木幸子が。幸子も今の状況がよくわかってないらしくて、心細そうな表情で俺を見つめる。


「うーん……」


 今度はうなされるような声が、幸子のすぐ横から聞こえた。この部屋にはいったい何人いるんだ?

 浴衣のようなものを羽織って寝そべっているのは、見覚えのある顔。学校で俺の前の席の、岡本友恵だ。

 俺は友恵の寝姿を見て、生唾を飲み込む。だって、だって、おっきな真っ白いおっぱいが、シルクのブラジャーから飛び出してるんですもの……。


 俺の視線にいち早く気付いて、幸子は身体全体ですぐさま友恵に覆い被さった。

 そして幸子は、はだけてる浴衣を手繰り寄せて友恵の胸を隠すと、俺にこれ以上ないほどの軽蔑の眼差しを向けて言い放った。


「泰歳の……スケベ」


 その蔑んだ冷ややかな視線に俺はゾクッとしながらも、俺は幸子に感謝する。

 なぜって、それは陥没したやつなんて、俺は今まで見たことがなかったから……。

 だけどそれも長くは続かない。幸子がすぐに気づいて、両腕で自分の胸も覆い隠してしまったから。そして、部屋に響く激しい息遣いに向かって幸子が叫ぶ。


「やめて! ちょっと、見ないでよ」


 声を向けられたのは俺じゃない。俺の隣の「はぁはぁ」言ってる奴に向けてだ。

 いつの間にかそこにいたその女は、幸子の女子高の制服を着ていて、背格好や雰囲気も幸子に似ていた。

 こいつは…………誰だ?




 正気を取り戻したみんなで輪になって、緊急会議が始まる。

 もちろん議題は『現状と今後について』。

 だけど会議は、いきなり暗礁に乗り上げる。


「どうしてあたし、こんなところでこんな格好してたんだろ……」

「わたくし、こんなことが家族に知られたら、大変なことになってしまいます」

「やっぱり泰歳が怪しい」

「俺だってわけわかんないっての」


 会議は堂々巡りで埒が明かない。

 でもこういう場合、疑われるのは間違いなく男だ。そして女四人に男一人。誰一人俺をかばってくれる奴なんて居やしない。

 とはいえ証拠もないから、みんな俺のことを強く追及できずにいる。


「広原君のことだから、みんなにこんなエッチな格好させて、変なことしようとしてたんじゃないの? あぁ、やだ。気持ち悪い」

「じゃぁ、どうやってここまでみんなを連れてきたってんだよ」

「催眠術でしたら、広原さんにも可能なのではございませんか?」

「わざわざこんなところに四人集める意味がわかんないよ。それに幸子の隣の子のことは、俺知らないぞ?」

「小夜、可愛いいから、通りすがりにとか」

「勘弁してくれよ……」


 俺が何を言っても、全然信じてもらえてないのがハッキリわかる。

 元々俺なんて好かれるタイプじゃないのは自覚してるけど、ここまで嫌悪感を持たれてたなんて……。正直ちょっとショックでもある。


「それよりみんな、変わったところはない? もしも何か違和感があったら、遠慮なく言ってね。もしも話しづらいようなら、コッソリでもいいからね」


 率先してリーダーシップを取ったのは由美子。さすがクラス委員長として、普段か仕切ってるだけのことはある。

 だけどそんな由美子に、俺はいきなり違和感を持った。


「委員長って、そんなに温かみのある言葉かける奴だったっけ?」

「あれ? 確かになんでか……ってあなた、あたしのことどんな目で見てたのよ。この変態!」


 しまった。つい、口を滑らせた。だけど由美子に対しては、もっと冷徹なイメージを持ってたんだから仕方ない。

 由美子は俺を罵倒しながら、より一層胸をしっかりと覆い隠す。

 そこへ由美子に相談する感じで、幸子が口を開いた。


「私、泰歳に見られた、おっぱい。たぶん、みんなも見られてる」

「ちょ、待って、待って。目に入っちゃったのは謝る。でも、わざとじゃないんだ、信じてくれよ」

「えーっ!? わたくしの……胸も、ですかー? どういたしましょう……」


 幸子の横で叫び声をあげたのは友恵。友恵はそのまま、両手で顔を覆って伏せってしまった。

 それを見た女の子たちが、一斉に俺を糾弾する。


「あー、泣かせた。泰歳が泣かせちゃった」

「この男、ひどい」

「あたしも黙ってられないわ。これはれっきとした犯罪よ」

「ごめん、ごめんよ、岡本さん。大丈夫だから、俺何も覚えてないから大丈夫だよ」


 俺は全然説得力のない言葉で平謝り。

 するとすぐに、友恵はケロッとした表情で顔を上げた。


「どうしてでしょう……。こんな恥ずかしい思いをしたら、死にたいぐらいの気持ちになるはずですのに……。今日のわたくしは、どうかしてしまったのでしょうか?」


 自分が信じられないっていう、友恵のビックリしたような顔つき。この分なら俺は許されるかもしれない。

 と思ったのも束の間、全然そんな空気にはならなかった。


「ダメだよ、泰歳を許しちゃ。きっと、つけ上がるから」

「そうよ、こんな変態は警察に突き出した方がいいのよ。心配ならあたしも付き合うからね、岡本さん」

「そんな……大目に見てくれよ。水に流してくれとは言わない。でも警察とか、マジ勘弁してくれ」


 俺がすがるような目で友恵に泣きつくと、彼女はニッコリと微笑んだ。

 良かった、友恵はそんなに怒ってないみたいだ……。


「大丈夫です、広原さん。警察に通報したりはいたしませんから」

「ほんと? ありがとう。恩に着るよ」

「ダメだって、許しちゃ。調子に乗るよ? 泰歳は」


 余計なことを言うな、幸子。せっかく友恵が通報しないって言ってくれてるのに。

 俺は友恵に振り返って、もう一度すがるように甘えた眼差しを向ける。けれど友恵の微笑みの奥底に、何かメラメラとした感情が沸き起こるのを俺は感じた。


「ええ、通報はしませんが、許しもいたしません。いかがでしょう? わたくしたちで、広原さんをとっちめてしまうっていうのは」

「賛成」

「広原君、覚悟しなさいよね。あたしたちが受けた辱めを、あなたにも味わってもらうから」


 女の子たちの目が鋭く光る。『辱め』って、いったい俺をどうするつもりなんだ。

 俺は唾を飲み込んで歯を食いしばり、覚悟を決める。

 どうしてこうなった。頼む、誰でもいいから俺を助けてくれ……。






『ふむ……。この分だったら、もう一回ぐらい愛情エネルギーの回収ができるんじゃないかな?』

『嫌悪感ゲージが振り切ってるからね。ここからまた感情を反転させたら、膨大なエネルギーがいただけそうだ』

『うーん……でもさすがに、ここからの感情反転は無理じゃないかな』

『でもさぁ、見たところ、感情は完全には戻ってないよね。どうしたんだい? レクター。こんなミスをするなんて、キミらしくもない』

『感情ってやつは、ボクらが思ってた以上に厄介な代物だったってことさ』


(完)

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