第15話 似て非なるコト

 街の家々全てを繋ぐべく張り巡らされた迷路のような細道を抜けると、石畳できっちりと舗装された大通りへと出た。


 裏路地とは打って変わって整然と立ち並ぶ建物達には、そのどれもに目を奪われるほどの魅力的な商品が店先に綺麗に並べられている。まるで街にある全ての店を集約したかのような、欲しいものは何でも揃うとさえ思える夕刻の大通りは、海上に住む人達で大いに賑わっていた。安易に必要なものを一か所に無理矢理詰め込むあたり、この街らしいと言えばらしい商店街だった。


「とうちゃーく!」


賑やかな街路をしばらく歩いた先に、女の子の目的の店はあった。


 綺麗なステンドグラスのはめられたお洒落な扉を開くと、りんりんと涼しげなドアベルが迎えてくれる。


 女の子に続いて店内に入ると、そこには、好奇心擽られる不思議な物達が所狭しと置かれていた。


 店のそこかしこに置かれた棚では、きらきら、ゆらゆらと。宇宙の星雲を閉じ込めたかのようなガラス瓶達が幻想的な光を放っている。隣の棚は、漢方だろうか。動植物の一部と思われるものが収められたコルク栓の大瓶が、これでもかと言うくらいにみっちりと詰め込まれていた。


 他にも、色鮮やかで綺麗な宝石や、店の雰囲気に似合わない物騒な代物等々、用途の分からない、けれど知識欲そそられる商品が、この店には数え切れないほどに陳列されていた。


 ……ただ散らかってるだけにも見えるけど。


 人様のセンスに難癖をつけるのはあまり褒められたことではないが、これほどいい加減でごちゃついた店内を見て、文句の一つも出ない人はそういないだろう。


 無性に湧いてくる片付けたいという衝動を一人必死に堪えていると、店の奥から人の気配が近づいてくるのを感じて素早く居住まいを正す。


 扉代わりにかけられていた間仕切り用の薄布がふわりと波打ったかと思うと、奥から店員らしき小柄な少女が表へと出てきた。


「いらっしゃいませ。久しぶりだね、白。」


自分よりひとまわりも小さな彼女は、しかし、見た目に反して落ち着いた声音で言った。


 容姿は子供っぽい彼女だが、表情があまり動かないせいか、無愛想な印象を受ける。声色の件も相まって、よく表現すれば大人びている彼女は、その雰囲気と佇まいからか、不思議と頼もしさの様なものが感じられた。


「っ!!ミナト〜っ!!」


女の子は店員の姿を見つけた瞬間、弾けたように駆け寄って行ったかと思うと、彼女の体に飛び込むように抱きついた。彼女の胸の中でごろごろと嬉しそうな声を漏らす様は、さながら甘える猫のようだ。


「君は、はじめましてだね。私はミナト。見ての通り、街医者だよ。」

「ぁ、はい。はじめまして。」


女の子の突飛な行動に唖然としていると、不意に店員に声をかけられ、咄嗟に返事を口にする。彼女の平然とした様子を見るに、気にしてはいないだろうとは思いつつも、自分は女の子に代わって頭を下げておいた。


 そんな自分に彼女は、いつものことなのだと、諦めた様に苦笑しながらに言った。


「……危ないからダメだよって、前に言ったよね?」


言葉を話せない赤ん坊のように胸元に引っ付く女の子を、彼女は怒るでもなく優しく叱る。その光景に、まるで身内が怒られている時のような妙な居心地の悪さを覚えた。


 彼女が仕事着として纏っているのだろう白衣の外套には、あまりにも女の子が密着しているものだから、白くて長い髪が遠慮なく枝垂れかかってしまっている。素人目にも衛生的に良くないと分かる行為を躊躇いも無くしてしまう女の子に、嘆息を堪えるのには一苦労を要した。


「そんなこと言いながらも、ちゃんと受け止めてくれるミナト、わたしは大好きだよ。」

「まったく……。次からは気をつけてね。」


悪びれもせずあっけらかんとしている女の子も女の子だが、胸元で甘えるような声を上げる猫を当たり前のように撫でる彼女もまた彼女だ。あまりにいい加減な二人のやりとりに、頭痛を覚え頭を抱えた。


 けれど、普段は決してはしゃぐことのない女の子だ。出逢ってから一度もわがままを言ったことがない女の子が、だ。他人の目を憚ることもなく楽しそうに笑っている姿を見ていると、女の子はこれくらいでいいのかもしれないと、そう思わなくもない。


 毅然とした風貌の彼女はと言えば、相変わらずの表情だ。それでも、女の子へと向ける目線にはどこか楽しげな色を帯びていて、女の子を大切に思ってくれていると気付くには、それだけでも十分だった。


 出逢ってから今まで、女の子は真っ白なのだと思っていた。起きて挨拶をする時も、手早く朝食を作る時も、一緒に食材を探す時もだ。どこを探しても、女の子から他人の色が一切感じられなかった。話すこと、聞いてくること、ちょっとした趣味や口調から、物事の考え方まで、女の子はひたすらに揺るぎなかった。個性というにはあまりに強すぎる単色な心柄は、どこか機械的でさえあったように思う。


 それはきっと、女の子がずっと独りだったからなのだと思う。女の子という魔物を変えてくれるような、そんな些細なきっかけさえ、女の子は今まで貰えなかったのかもしれない。それだけ長い月日を、孤独が定着してしまうほどの年月を女の子は一人で生きてきたのだろうと、そう想像していた。


 けれど、それは悲観しすぎだったのかもしれない。


「……そっか。」


人の心は、機械と同じだ。生々流転とはよく言ったもので、人は一人では決して生きてはいられず、また一つとして目の前で起こった物事に答えを出すことができない。判断基準がなければ思考すら叶わず、たとえそれが叶っても、外からの刺激が無ければ決して違う答えには辿り着けない。人は、出来損ないの装置だ。他人に見捨てられてしまった機械は、同じ場所を永遠と、ぐるぐるぐるぐる廻り続ける。


 自分は無意識に、女の子は”そう”なのだと勝手に思い込んでいた。しかし、少なくとも、目の前で微笑んでいる女の子からは、いつもの冷たくて寂しげな色は見えない。自分の心配は、杞憂だったのだろう。こうして笑い合える様な親しい友達が女の子にもいたのだと知って、肩の荷が僅かに軽くなったのを感じた。


 そんな仲睦まじ気な二人を邪魔しないようにと遠目に眺めていると、不意に店員の彼女と視線がぶつかった。


「ぁ、ごめんなさいっ!いつもは白だけだから……。白、ちょっと離れてくれる?」


突然何を思ったのか、彼女はあっと口を開いたかと思うと、やにわに申し訳なさそうに頭を下げてくる。前触れもなく身に覚えのない謝罪を受けた自分は、なんと言葉を返していいのかわからずに口籠ってしまった。


 彼女は急いだ様子で、白衣の外套についた大きめのフードに手を伸ばす。しかし、女の子が体にぴったりとくっついているせいで身動きが取れないのだろう。彼女が助けを求めるような視線をこちらに向けてくるのに、何も理解が及ばないままの状態ではあったけれど、察して口を開くことにした。


「あんまり店員さんに迷惑かけてると、いくら仲が良くても嫌われちゃうかもですよ。」

「うぅ……。わかった。今日はこれで我慢するね。」


心底名残惜しそうな表情で渋々離れた女の子に、彼女はお礼を言って軽く頭を撫でる。くすぐったそうに喜ぶ女の子の姿は、小動物のようについ甘やかしたくなってしまうような愛嬌があった。


 しかし、女の子は彼女から離れはしたものの、なぜだか店員の両手を掴んだまま離そうとしない。


「平気だよ。だから、そのままでも大丈夫。」


女の子は、困惑する彼女に向かって小声で耳打ちするように言ったかと思うと、彼女の目の前でスカートの内に隠していた”それ”をそっと下ろした。


 ゆらゆら、ゆらゆら。おっとりと、ゆったりと、女の子の“尻尾”が左右に揺れるのを何の気なしに目で追う。


 猫の、魔物。


 女の子と出逢って間もない頃。大きな秘密を打ち明けるかのように告白されたその姿に、驚かなかったかと言えば嘘になる。魔物は皆例に漏れず強靭な力や特殊な能力を持っていて、人間は魔物達には決して敵わない。だから、そんな埒外な生物と相対しても平然といられたのは、紛れもなくガウルさんと過ごした時間のおかげだった。


 それに、だ。この月に住む魔物達は人間に似過ぎていて、なんだか不気味で、ソワソワと心が落ち着かなかった。魔物達の姿は、どうしても以前の日常を思い起こさせる。だからだろうか、むしろ今は”魔物らしい”姿に安心すら感じていた。


 そして、店員の彼女もまた”魔物らしい”魔物だった。


「……本当なのかな?」


心配そうに尋ねてくる彼女の声には強い不安の色が感じられて、胸が締め付けられるような感覚を覚える。


“わたしは、半端者だ”


 ふと、以前女の子の言っていた言葉を思い出す。女の子曰く、この月という星では、人間の求める”魔物らしい容姿”は珍しい。そして、人は総じて珍しいモノを疎んでしまうように出来ている生き物だ。女の子の様な容姿の者があまりいい扱いを受けないのだろうことは想像に難くない。


 目の前で肩身を狭そうにしている彼女は、おそらく空気を読もうとしているだけなのだろう。”魔物らしさ”を視界から隠しましょうかと、言外に自らそう提案しているのだと、そう察した。


 ああ、ひどく心外だなと、そう思う。


「わざわざ隠さなくても大丈夫ですよ。フードなんて被ったら窮屈だと思いますし。」


彼女の大きく尖った耳を一瞥して。改め、見据えながらに思いを声にした。


 しなやかで柔らかそうな毛並みの耳が、こちらの視線から逃れるようにピクリと動いた。腰から伸びるふさふさの尻尾が、ゆったりと静かに揺れているのからも、意地でも目を逸らさないように努力してみる。それらは紛れもなく彼女の一部で、いわば個性や魅力の類だ。好き嫌いは個人差があるにしろ、わざわざ隠す必要など欠片もある訳がない。


 しかし、彼女はそうは思ってはいない様だった。


「無理してない?遠慮は要らないんだよ?ここでは普通のことだから。」


諦観の眼差しで優しく語りかけてくる彼女に、流石に僅かばかりの苛立ちを覚えずにはいられなかった。自らを否定するのに必死な様は、見ていて不愉快な気分にさせられる。


“何様だ”


心が不意に呟くのに、苛立ちがすっと消えていくのを感じた。


 自分は、赤の他人だ。彼女にとっては何でもない見ず知らずの相手なのだと気が付くと、彼女に腹を立てている自分は何様のつもりだったのだろうと、身勝手な怒りに奥歯を噛んだ。


 自分には、彼女を納得させるだけの言葉を放つことはできない。その事実が、苛立ちは引いてもなお熱を持っていた心へと、最後の追い打ちと氷水をかけた。


「無理なんてしてないよ。」


突然必死な声が聞こえて、自分の身勝手な思いが溢れてしまったのかと一瞬疑った。反射的に口元へと手をやったけれど、幸か不幸か、自分の口はきつく結ばれていて息の漏れる隙間もない。


 心の叫びを代弁してくれたのは、女の子だった。


「玲はね、わたしと一緒に暮らしてるんだ。だからね、ミナトはこれっぽっちも心配しなくていいんだよ。」


そう言うと女の子は、これ見よがしに自らの白い尻尾をこちらへと伸ばしては、目の前でゆらゆらと揺らして見せながら悪戯っぽく微笑む。


「……それにね、たぶん玲はそのままの方が喜ぶと思うよ。」

「どう言うこと?」


女の子は突然声色を変えたかと思うと、彼女へとまた飛びついて、なにやら耳元でひそひそと話し始めた。妙な笑みを浮かべる女の子に不安を抱きながらも、二人の秘密の邪魔をしてはいけないと目線を逸らす。


 しかし、二人を視界から外そうと首を回したせいで、意図せずして耳は彼女達の方を向いてしまった。


「……つまり君は、けものフェチってことなの?」


 …………はい?


「私の尻尾、触りたくてしょうがないの?」

「……ん?…………ん??」


不意に投下された爆弾発言に、言葉の処理が追いつかずに思考が停止してしまう。


「ミナト〜、玲がわたし達の体を狙ってるよ〜!急いで隠れなきゃ!」


返事に窮してあたふたしている自分に、女の子は楽しそうに微笑んで言う。人をおもちゃにして喜ぶ笑みは、さながら魔女のようで……、というのは、流石に言い過ぎたかもしれないけれど。


 魔物の女の子だから、あながち間違いでもないのか……?


「……って、そうじゃなくて!きゅ、急になんですか。三文芝居もいいところですよ……。」


余計な思考を挟んでしまったせいで声を出すまでに間が出来てしまい、その空白の時間を怪しんでか、彼女たちはジト目でこちらを見てくる。こちらが一歩近づこうとすると、彼女たちは同じだけ後退る。何も悪いことはしていないというのに、なんともひどい扱いようだった。


「…………えっち。」

「何でっ!?」


店員の彼女までからかってくるものだから、もうどうすればいいのかわからなくなってしまった。女の子が心底楽しそうに笑うのに、自分は怒るに怒れず、仕方なく目元を覆って現実逃避をすることにした。


「ほら、玲は嫌がらない。それだけわかってもらえれば、わたしは十分だ。」


そう言って誇らしそうに微笑むのが、また狡いと、そう思った。


 誤解の件は結局有耶無耶のまま終わってしまったけれど、店員は思ったよりも嫌悪感を抱かずにいてくれたようで、同じ空間にいることをこうして許してくれていた。


「ミナトはね、狐の魔物さんなんだよ。」


女の子の言葉に、改めて彼女の姿を観察してみる。小麦色の毛並みが綺麗な彼女は、しかし、未だ信用ならないといった様子で、警戒するように手で耳を隠してしまった。小さな手のひらには収まらない大きな耳は逆に扇情的で、見る者に妙な背徳感を覚えさせるから不思議だった。


 そんな内心だけは悟られまいと、気合を入れて表情を作っていた時だった。


「……君は?何の魔物なの?」

「じ、自分ですか?」


彼女の唐突な質問に、一瞬心臓が止まるかと思った。


 まずい……。


 人間です、なんて正直に言えるわけもなく、何か良い案が近くに転がっていないかと、救いを求める様に視線を泳がせる。はたから見れば、大層挙動不審に見えることだろう。けれど、まるで全てを知っているかのような、そんな狙い澄ましたような彼女の一言に動揺するなというのは、到底無理な話だった。


「私の話はもういいよ。次は、君のことを教えて欲しい。そうじゃないと、不公平だ。」


彼女の言い分は、ひたすらに正論だった。だからこそ、なおさら返答に困ってしまう。


「もちろん、無理にとは言わないよ。でも、それくらいは教えてくれてもいいんじゃないかな?」


当然の権利を主張する彼女は、逃げ道を塞ぐような言い回しで自分に重ねて尋ねてくる。とても公言できないような秘密に、自分は答えに窮してしまった。


 適当な嘘をつくか、それとも本当のことを言うのか。はたまた、一か八かはぐらかしてみるのも良いかもしれない。


 結局どうするかは決断できなかったけれど、いい加減黙りこくった口から何かしら発さないと怪しまれると思い、勢い任せに誤魔化すための言葉を口にしようとした時だった。


「玲はわたしと同じ、猫さんだよ。」


唐突に女の子が口を開いたかと思うと、こちらを庇うような嘘を平然とついてみせた。


 ……察してくれたのかな。


 思わぬ方面からの助け舟に驚きつつも、助かったことにホッと胸をなで下ろす。


「君も猫だったんだね。なら、私の執拗な質問は逆効果になってたのかな。反省するよ。」

「いえ、そんなこと!悪いのは自分ですから。答えられることならなんでも答えますので、その……。気軽に聞いてください。」

「もう……。それじゃあ聞かれたくない秘密がありますよって、そう宣言してるのと同じだよ?……かくいう私も、君と同じだ。隠したい秘密の一つや二つ、あるのは当然の事だと思う。だから、その辺はお互い上手くやろう。」


その提案にこちらが頷くと、彼女は小さな手のひらをこちらへと伸ばしてきた。社交辞令か、はたまたただの癖なのか。どちらにしろ、求められた握手を拒む理由も見当たらず、自然に彼女の手のひらをそっと握った。


「えっと、ミナトさん……で、合ってますよね?」

「…………っ!」


女の子が息を呑む音が聞こえた気がしたものの、目の前にいる話し相手を無視するわけにもいかず、心配の声をかけるのは後回しにする。


「私のことはミナトでいいよ。敬語を使われるのはあんまり好きじゃないんだ。使うのもね。だからね、君が不快じゃなければ、呼び捨てを許してほしいんだ。どうかな?」


小首を傾げながらこちらを見上げてくる彼女に、断る理由もない自分は快く頷いた。


 すると彼女は、これまでの無愛想な表情から一転して、とても可愛らしい笑顔をぱっと咲かせる。


「ありがとう!これからよろしくね、アキラ!」

「……っ!は、はい。」


彼女が唐突に見せたあどけない表情に、思わず目を奪われた。感情が読みにくいのは相変わらずだったけれど、だからこそ、彼女の微笑みには何にも代え難い価値があるように思えてならない。緊張で上がっていたのだろう肩をすとんと下ろした彼女の姿に、僅かでも気を許してもらえたように思えて、気づけば自然と笑みが溢れていた。


 彼女のふさふさな尻尾も、心なしか嬉しそうに揺れ動いている。初めの印象とのギャップに戸惑いながらも、そんな彼女も良いな……、などと。気障なことを言うつもりはないけれど。


「こちらこそよろしくお願いします。ミナトさん。」

「……早く慣れてくれると嬉しいな。」

「がんばります……。」

「うん。お願いだよ。」


思い起こせば、こちらの月に来てからまともに話したのは彼女、もといミナトさんが初めてのような気がする。この貴重な繋がりを、関係を。決して失わないように大切にしようと、密かに心に決めた。


 そんな自分たちを傍で見ていた女の子はと言えば、なぜだかとても不機嫌そうな表情を浮かべていた。


「むぅ…………。」


小さな頬をぷっくりと膨らませて、不貞腐れるように自分へとジト目を向けてくる女の子に、言い知れぬ罪悪感に襲われる。


「白?どうしたの?……もしかして体調悪いの!?平気?」


女の子の妙な態度を心配してだろう。真剣に問い詰めてくる彼女に、しかし、女の子はしばらく口籠っていた。


 けれど、感情を呑み込みたいわけではないようで、女の子は駄々をこねるように小さく愚痴を漏らす。


「名前……。わたしのは呼んでくれないのに。ミナトだけズルい。」


ブツブツ、ブツブツと。呪文を唱えるようにぼやく女の子は、俯いたまま顔を合わせようとしてくれない。


「……玲はたまに、意地悪だよ。」


そしてまた、小さな声でそう言うのだ。


 ……それは、無理なんです。


 その責めるような言葉を。懇願するような女の子の願いに。自分は、歯噛みしながら聞こえなかったフリをする。その判断が正しいことだと、強く信じて。

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