【第10話】落下対峙
まさかこんなことになるなんて夢にも思わなかった。
空が近い
風が強い
どこまでも落ちていく自分の体を他人事のように思えて仕方なかった。
まるで空を飛んでる気分だ。数秒後には地面に叩きつけられて死ぬなんてこれっぽっちも思えなかった。どこか薄い恐怖は背中から落ちているせいかもしれない。だから体を反転しようだなんて嘘でもやろうと思えないし、出来るわけなかった。
(そういえば最近こんなことばかりだったな)
何かと死ぬ思いをしてきたけど家に憑いている白狐が守っていてくれたおかげで今日まで生きてこれた。しかしあれ以来不思議と命に関わるようなことはなくなったが、さすがにこれは不意打ちだった。
せめて死に際は綺麗なままでいたい――
「だからあの子に関わるなって言ったんだ」
風が轟轟と吹き荒れる中で確実に、しっかりと意志を持った声を聞いた。
(なんで…)
重力に従って落下している十夜と反対に重力に逆らって屋上へと上がっていく後ろ姿を見た。
「ッ!」
ドンッと背中からぶつかった。
空中で素早く腰を支えられ何処かに着地した。
衝撃があると思われた着地は意外にも静かで、代わりにあれ程吹き荒れていた風が止まった。
一瞬見てしまったが、どの階か分からないけど恐らく窓の縁という非常に不安定な場所にいるようで、打ちどころが悪ければ死ぬだろうという高さはあった。
「窮屈で申し訳ありませんが緊急事態ですので少し堪えてください」
もう一人の男子生徒も器用に肩に乗せていて、こんな芸当が出来る人は一人しかいない。
「ど、して、ここに?」
「今は説明している暇がありません。もう
顔を見なくても覚えてしまったその声に、言われた通り目を閉じた。「すぐに着きますので」こんな状況でも息も切らすこともせず落ち着いていた。グッと足に力を込めたのが密着している体から伝わり彼の服にしがみついた。
全てが一瞬だった。一言でいうならジェットコースターだったと思う。強い風と浮遊感を再び感じながら再び目を開けた時にはもう一度屋上に舞い戻っていた。
⁂
鞘から刀身を抜いて真莉と対峙する八花の後ろ姿があった。
ソッと下ろされた体は足に力が入らずそのままペタンと座り込んでしまった。予想以上に足がガクガクと震えていた。
「あ~あ、やっぱり死ななかったか残念」
まるで無邪気な子供のように辛辣な言葉を吐く。
その豹変といっても過言ではない真莉にひどく心臓が締め付けられた。
(やっぱり本気でアタシを・・・)
「お嬢さん君の相手は私だよ」
キラリと光る切っ先を向けた。
「誰だったかな? 君みたいな子供見覚えないんだけど」
可愛らしく小首を傾げた真莉だったが八花は迷いなく言い放った。
「おやもうお忘かい? 寂しいな、その様子だとこの前の腕の傷はもう治ったみたいだね、もう少し深く傷つければよかったな」
「……」
真莉の顔が一瞬で醜く歪んだ。
「待って八花君どういうことなのか教えてよ」
「倉稲魂命大神」
聞き間違いかと思った。
「なんで今……その名前が出てくるの?」
「目の前にいるのがあの時の倉稲魂命大神を騙った偽神だから」
頭が付いていかない。
「なんで? その偽物はこの前緋天さんが倒したはずでしょう?」
一体どういうこと?
「まだ終わっていない」
白狐が最後に言った言葉だ。十夜もその不吉な言葉を覚えていた。
「その言葉通りだったみたいだね、この様子だと」
緋天が肩に担いでいた男子生徒を地面に寝かせていた。すぐそばにいた十夜はその生徒の顔を覗き込んで心臓が止まりかけた。
「亮平!?」
ぐったりとして意識を失っていた。
「彼は大丈夫です。さすがにあの高さから落ちて気を失ってるようですが、ちゃんと生きています」
まさか助けたのが亮平とは思わなかったが。
「そう…ですか、よかった」
安心からかホッと息を吐いた。
その一部始終見ていた真莉がギリッと唇を噛み締め憎々しげに十夜を睨んでいた。
「その子にも死んでもらいたかったのかい?」
「……さあ何の事か分からないわ」
真莉は胸を押さえていた手をソッと下ろした。
⁂
「でもなんで真莉が。まさか、あの神社に? それであの偽神に憑りつかれちゃったってこと?」
情報が多すぎて処理しきれない。真莉と対峙している八花に代わり緋天が説明した。
「道端に倒れた女性を覚えていますか?」
あやかし堂の帰りだった、突然目の前で倒れた女子。
「勿論です、あれから全く音沙汰がなかったけど大丈夫だったんですか?」
「命に別状はありませんでした、しばらく入院した後自宅へ帰られたそうです。その間の記憶はなかったようで、詳しい状況は聞けませんでしたがその行きつけの病院で妙な話を耳にしたんです」
それは十夜が以前話したことをさらに詳しくした内容だった。
「十夜さんの言った通り、十代から二十代の若い女性を中心に夜間、突然意識が朦朧として町を徘徊する異常行動を取る若者が増えていたんです。それに口を揃えて皆その時のことを全く覚えていないのです、朦朧とする意識が戻ることはなく目的の場所に辿り着くまでその歩みは止まらないとか」
「その場所ってまさか」
『三、木……、社…ない……と』
倒れた女子が言ったのは
(三十木神社に行かないと?)
意味が分かって正直背筋がゾッとした。
「意識が戻ることはなくって、覚えていないって? え、でもだって真莉は……」
『私なんでこんなところに? さっきまで部屋にいたのに』
「そう…その子だけ意識が途中で戻っていた。私が腕を切った時だね」
「つまり何が言いたいの? ほら偶然、真莉だけ思い出したとかさ…、偶然、そのよく分からない魔法みたいなのが解けたとかさ、そういうことってないの?」
縋る様に緋天を見上げるがふるふると首を振った。
「残念ですがそれはないと思います。それにその女性達は皆三十木神社に願いを叶えてもらったのだと思われます。ここ数日、夜になると自分の意識を保てず神社に向かって徘徊する。意識を途中で取り戻した方は誰一人いませんでした」
(そんな……それじゃあ)
「それに十夜さんの言った通り偽神に憑りつかれたのかもしれませんが、話はそんな簡単なものではないみたいです」
「でも…そんなことって」
「十夜はいつも私の事を信じてくれるね?」
真莉を見た。八花に切っ先を向けられていても笑ってた。
「ずっと、ずうっと貴女を騙してたのは私なのに、いつまで信じてるフリしてるの?」
「真莉?」
「ちなみに私は真莉でもあるけど、貴女のよく知る真莉じゃない。憑りつかれたっていうのも少し違う」
ゆらり、と蜃気楼のように真莉の姿がぶれた。
「願ったの。あの神社で」
瞬きをした時そこにいたのは――十夜の知る真莉の姿ではなかった。
紅葉を思わせる紅色の十二単、茶色かかった髪は艶のある漆黒の美しい髪へと変貌させ単衣の背を流れ地面に付くほど長くなっていた。
それに顔付きも一気に数年の時を経たように幼顔が凛々しく美しい大人へと成長した真莉の姿だった。
「私じゃない私になりたい、それが願い」
髪の上には透明な狐のような長い耳が生え、単衣から三本の尾が揺らめいて、まるで人外を思わせるその存在に十夜は後退った。
「あれは…誰、なの?」
「――そう妾の一部が削がれたゆえ今まで妾に願いを乞い、叶えた者達の力を使った」
突然真莉の声が、雰囲気が変わった。
「妾と願いを介して契りを交わしたのだ、その縁は叶った後でも切れはしない。フフフッ、いつの世も女子を操るのは容易いことよ」
平安貴族を彷彿とさせる独特な口調。狐の姿。
「また会ったな十夜?」
ニンマリと目を細めた。
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