【第9話】混迷閃屋上
息を切らして学校に出戻った十夜を部活中の生徒やまだ残っていた生徒が何事かと振り返る。
「ねえちょっと聞きたいんだけど――」
校門から出てきた生徒と手当たり次第に声をかけていった。
最後にまた別の生徒にも聞いてみたけれど何の情報もなく空振りだった。
生徒に聞いて周りながら自然と足は校内へと向いていた。
真莉の教室、体育館、教員室、保健室、部室棟と考えつく限りの場所を回ったつもりでいたが学校内でこれ以上思い当たる場所はなかった。
「やっぱり学校じゃなかったのかな」
もしかしたら用事が済んで入れ違いになってしまった可能性もある。
考えながら歩いている内に自然と足は自分の教室へと向かっていた。
ガララ、と教室の扉を開ける。
「さすがに誰もいないか」
一縷の望みを賭けてみたけどやはりここにも居なかった。勿論亮平の姿もない。
ガランとした教室、いつの間にか太陽は沈みかけていた。
(どこ行っちゃったの真莉)
袋小路に迷い込んだ頭を少しでも冷静にさせたくて教室の窓を開けた。小さなことでも何でもいいから手掛かりになるようなものを閃く頭脳が欲しかった。
「……んな都合のいいことなんてないよね」
何も出てこないことが悔しくて握り拳を窓のレール部分に叩きつけた。
(痛い)
そういえば両掌を怪我していたのを忘れていた。
以前のようにヒリヒリとした痛みは引いたけれど、水膨れが弾け薄皮が破けたものがあって人にはあまり見せられないことになっている。さらに拳を握ったせいで引き攣る様に地味な痛みが出てきてしまう始末。
「ああああもーーーーー何この踏んだり蹴ったり! 神様でも妖屋でも何でもいいからちょっとはヒントくらいないのかーーーー!!!!」
理不尽な八つ当たりを教室の窓から叫んでいた。
これが偶然だったのか必然だったのかは分からない。
タイミングよく空から勢いよく何かが落ちていった。
「は?」
心臓が縮まった。
今のは――
窓から落ちそうなほど身を乗りだして地面を見た。そこには中身の飛び散った学校指定の鞄が無残にも開け放たれ、そして本来落ちて来てはいけないものも。
「嘘…」
地面にぶつかった衝撃でひしゃげたフェンスだった。幸運にも鞄の落ちた先には生徒や教師は歩いておらず怪我人はいないようだがこれはどうみても異常事態だった。
十夜達2年の教室は2階にあり、その上に1年の教室、その上に移動授業で使う教室と続いている。十夜は勿論全ての教室を一つ一つ覗いていったが部活で使っていたり鍵のかかった教室は除いていた。
その中で元々禁止されて入れないからと探す候補にも入れなかった場所が一つだけあった。
「屋上!!」
窓を閉めるのも忘れ、急き立てられるように教室を飛び出した。擦れ違う生徒もほとんどいなくて階段を飛ばして駆け上がる。
ドクッ、ドクッと心臓が強くそして早鐘を打ち付ける。思うように息も、足も動かない気がする。
どうして空から鞄が落ちてきたのか
どうして誰も真莉の姿を見ていないのか
(すごく嫌な予感がする)
なんでこんなに嫌な予感が拭えないのか。
あの鞄に付けられたキーホルダーに見覚えがあるなんて絶対に気のせいだ
願うように祈るように。
鍵のかかっていない屋上の冷たい扉を開け放った――
⁂
「真莉!!」
初めて入った屋上がこんな形になるとは思わなかった。
視界の隅で女子生徒が男子生徒に迫る勢いである意味ではラブシーンとも取れなくもないシュチュエーションなのだが、その男子生徒の背後にフェンスはない。
持ち堪えていた男子生徒が遂に足を滑らせてしまった。
「…ッ!」
声にならない叫びが聞こえた気がした。
その瞬間十夜の足が弾けるように地を蹴った。蛇が絡みつくように重くなる足も健在で走ってる間もずっと十夜を蝕んでいた。
(間に合うわけない。距離がありすぎる)
―― 足、治ってなかったんですね ――
(そうだよアタシはもうこれ以上速く走れない)
―― 本当はアタシもう少し自分の事、強いと思ってた。受け入れたつもりだった。でも、でもやっぱりこんな足……全然受け入れられないよ ――
(だってこの足はもう治らない)
―― 殻を被るのはとても簡単で、殻を脱ぐことの方がずっと大変です。走れないと価値がないなどと、貴女を走れなくしてる人物は一体誰なのか今一度よく考えてみてください ――
(そんなの……そんなのとっくに知ってたよ、緋天さん)
走れないって
価値がないなんて
ずっと言い続けてたのは――アタシ自身だってことは
⁂
重い
くそ重い
これじゃあ間に合わない
これじゃあ――
(もうさ、どうでもよくない?)
なんでよ諦めるの?
(頭悪いんだからさ、頭で考える必要ないよね)
ここにはスターティングブロックなんてものはない。
あるのはコンクリートの地面のみ。
スタートの
たったこの距離なのに、この足は
(だから難しく考えるなって)
もう一人の
(ただ走ればいいじゃん、足が重くたってそれくらい出来るでしょ)
でも間に合わなかったら
(だ~か~ら~、ごちゃごちゃ煩いんだよ!)
(間に合うわけないってんなら、一緒に落ちればいいんだよ!)
十夜の中で何かが弾けた。足に巻き付く感覚が音を立てて剝がれ落ちていく。
「!」
驚く女子生徒のわきをスライディングしながら十夜も男子生徒を追いかけるように屋上から飛び降りた。
見事な走りと恐るべき瞬発力でフェンスの足と落ちていく男子生徒の足を両方掴んでいた。
「ぐッ!」
掴んでるフェンスが二人分の体重を支えているせいでギシギシと嫌な音をさせる。腐食してるのかパキッとネジが一本外れて落ちていった。
(耐えて耐えてお願い耐えて)
十夜の必死な願いが通じたのかフェンスからの嫌な音は次第に止まっていった。
(止まったけど、どうしよう)
十夜の腕力だけでは男子生徒を引き上げることも、屋上に戻ることも不可能だった。どちらかがちょっとでも動けば十夜の手はすぐにでも力尽きてしまうだろう。都合の良い事は続くようで男子生徒は気でも失っているのか動く気配はなかったがピンチであることは変わらなかった。
「も~何やってるの?」
必死で堪えている十夜の頭上からのんびりとした声が下りてきた。
(真莉)
「誰かと思えば十夜じゃない」
にっこりと天使のような微笑みを浮かべながら苦痛を堪えている十夜の顔を見て子供のように首を傾げた。
「どうしていつもいつも邪魔をするの、そんなに私が気に入らないの??」
「ん、なわけ…」
ダメだ声を出すと力が入らない。
「なんで何も言わないの、それとも私なんかには言えない
何も言えないでいる十夜の顔を近くで見ようと四つん這いにしゃがみ込んだ。
「ねえ知ってる十夜」
フェンスの足を掴んでる十夜の指にソッと手を添えた。
「高いところから落ちる恐怖、それをもっと高める方法があるんだけど今ここで試してみようよ」
十夜の指を一本外した。
「ちょ、ちょっと止めっ!」
心臓がキュウウとなるのを止められない。
「なあんだ。声、でるじゃない」
十夜の懇願にも指を外すことは止めなかった。しかも再び掴めないようにしているせいで十夜はフェンスの足を掴めないでいる。
外していく指を数えていくのも恐怖を増幅させるというものの一つかもしれない。
「……ッ!」
(折角、間に合ったのに)
手が痛い。千切れそう。
「一本でよく耐えてるね凄いよ十夜の指プルプルしてるもん。でもね、これでもうおしまい――バイバイ十夜?」
無情にも外された指が空を切った。それに重力に引き寄せられるように二人の体は地面へ向けて墜ちていった。
いつぶりに見たかもしれない真莉の屈託なく笑う顔を見ながら――
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