【第7話】苛立隠事


 その日一日、十夜は不機嫌だった。

 週末の出来事を思い出すだけでイライラして、それは放課後まで続いた。クラスの生徒も不機嫌な十夜を遠回しに見ているだけで誰も話しかけない。触らぬ神に祟りなしと思う中、ただ一人だけが話しかけてきた。

「何そんなに怒ってんだよ」

 十夜の前の席に座った。

「こっちの勝手でしょ」

 頬杖をついたまま顔を背けた。「へぇ」と言うだけで退く気配もなく、かと言って何も言わずただ座っているだけ。

「・・・・・・・何なの? 用があるならとっとと言いなさいよ!」

 何も言わない亮平に耐えかねて苛立ちも合わさってつっけんどんになってしまう。

「別に俺の勝手だろ?」

 亮平本人はケロッとして奇しくも十夜の言ったことをそのまま返されてしまった。

「腹立つなぁ~その言い方」

「同じことお前も言ってるからな?」

 何も言い返せなかった。口を噤む十夜に深い溜息を吐いた。

「はぁ~、お前のそういう時って案外聞いて欲しい時だろ。もっと分かり易い感じにならないのかよ」

 さすが幼馴染

 分かって欲しくないところばっかり分かるんだから

「……そういうのは今後、にしたらどうなのよ」

 図星を差されて内心面白くない。卑怯だと思いつつその話題を出したら案の定亮平は慌てた。

「おまっ! それは内緒にしろって!!」

 他の人に聞かれていないかきょろきょろと周囲を見渡した。

(だから小声で言ってあげたじゃん)

 これ以上一緒に居たら本当に亮平に愚痴を言ってしまいそう。十夜は席を立った。

「ちょ、十夜!」

 腕を掴まれた。

「何? もうこの後は家でテレビでも見て安らぐ予定にしたの、邪魔はしないで」

「あいつ、はまだ学校来てないのか?」

 その名前に口の中が酸っぱくなった。

「……来てないよ、風邪なの知ってるでしょ」

「それはそうなんだけど。――お前知ってるか?」

「何を?」

 周囲に人がいないのを再び確認して声をひそめた。

「最近あいつに妙な噂があってさ、あいつ学校休んでるのに夜ヤバそうな男達とつるんでるって」

「!」

 それは先週十夜が見た光景のことだった。

(真莉…そんな、噂になるくらい前から……なんで?)

「十夜何か知ってるのか?」

 血の気の引いた顔に感づいた亮平の腕を振り払った。

「ごめん帰るね」

「おい十夜、お前もなんか変だぞ?」

 尚も言い募る亮平から逃げるようにクラスから出ていった。


 〇●〇●〇●


 腕を振り払われ、その場に取り残された亮平が「何なんだよあいつ」と自分の席に戻った。

 あれは絶対何か知ってる様子だった。何せあいつらは小学校からの友達同士、何かと共有してることがあるのだろう。

 昔は三人でよく遊んでいたのに高校…いや中学の頃からか、自然と距離が出来たのを覚えている。

(男女仲良くは小学校まで、か)

 年齢が上がるにつれて同性同士でつるむようになり、お互いが異性として意識するようになった。思春期に誰しも通る道で最初は亮平もそうだった。でも十夜はそんなこと全然気にしなかったせいもあってか途中で馬鹿らしくなって普通に喋る様にしたのだが全員が全員そういう風に切り替えたり、気にしないなんてことはない。

 逢坂が特に顕著に距離を取り始めたのは実は内心ショックだった。

 自分のポケットに手を突っ込みくしゃくしゃになった一つの手紙を取り出した。前に貰ったものとはまた別で可愛い花柄の封筒に入ったものだ。学校に来た時に靴箱に入っていた。宛名はない。

(最近の女子は古風に靴箱に手紙で呼び出しするものなのか??)

 十夜に事情を聞きたかったがあいつはそれどころではないようだし。

 再び手にある手紙を見た。今期に入って二度目の手紙。以前のものは結局相手は来ず、教室にいつまでもいる亮平を不審に思った教師に強制的に帰されたのだった。

「……本命でもない子にモテてもなぁ」

 亮平は自分の席からクラスを眺めた。放課後なのでほとんどの生徒が帰宅または部活で生徒は少ない。それ以前に風邪でも蔓延しているのかどのクラスの生徒もまばらに学校を休んでいた。

 この手紙をくれたという生徒は勿論学校に登校している生徒な訳で、つまり亮平の想い人ではないということになる。

 

 もう一度溜息を吐いた。指定された時間を再確認して手紙をポケットに捻じ込んだ。


 〇●〇●〇●


 昇降口までズンズンと大股で歩いた。先週の事も亮平に問われたことも何もかも十夜を苛立たせる理由だった。

(言える訳ないじゃん、馬鹿バーカ)

苛立ちをぶつけるように靴箱からローファーを地面に叩きつけた。


 ――真莉が逃げ去ったあの日

 友達を傷つけられた怒りのまま八花の頬を叩き、そのことに対して十夜に怒りも侮蔑の感情すらなかった。

「そんなことよりもどうして君がここに?」

 何事もなかったかのように冷静に十夜を見据えた。

「……アタシはランニングしてただけ。ここ通った方が家が近いから」

「それじゃあ先程の子とは偶然会ったわけだね」

 厭々ながら頷いた。

「口論してたようだけど」

「あれは……」

 理由は未だに分からないけど真莉が十夜を責めていたことだけは分かる。

(あの大人しい真莉が)

 別人のようになってしまったのは服装や化粧だけではなかった。そのことを今八花に言ってもしょうがない。

(それに仕事って言ってた。妖が関係してるのかもだけど……)

「あれは……別になんでもない」 

 嘘を吐いた。真莉を守るために。

「――そうか。なら君は今の事を忘れてすぐにでも家に帰るといい。いつまでもここにいては家族が心配するだろう」

 忘れる?

 忘れるって

「そんなこと出来るわけないじゃん、なんで真莉があんなこと!」

「それは言えない。君は早く家に帰りなさい」

 何を言われても今の十夜にはカチンとくる言葉にしか聞こえなかった。

「な、なにその言い方!」

 いつもいつも子ども扱いする八花に毎回食って掛かる。それが子供だということに十夜は気付くことはない。

 これ以上いても意味はないと悟った八花は踵を返した。

「……一応聞くけど真莉のこと追わないの? 仕事なんでしょ」

「今日は追わない。それに今追ってもきっと君が全身で妨害するだろう」

 さっきのように、と八花の足に飛びついたことを思い出した。その通りだから何も言わなかった。

「一つ忠告だ。今後あの友達とやらを見かけても近付かない方がいい」

「は? 何それ。そんなのアンタに言われたくない。近付くか、そうでないかはアタシが決めるんだから!」

「――――そうか。傷の手当だけはするんだよ」

 それだけ言うと八花は夜の闇に消えていった。



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