【第10話】痛足少女危険
⁂
時間は遡って女子の外周
十夜が背後を振り返っても後続は来ていない――それどころか女子生徒は全員十夜を追い抜いていった。
真莉ですら嫌々言いながらも数分前に角を曲がって姿が見えなくなった。
(・・・・・・・)
自動車がギリギリ通れる一方通行の細い路地を抜けた。周りには学校関係者は勿論通行人も一周回っている間にいなくなっていた。
走っているとは言えないようなスピードに十夜は走るのを止めた。
トボトボと歩道を歩きながら車道を挟んだ向こう側にある小さな公園をみた。校舎からも見えるこの公園は普段から昼過ぎには子供連れの
ポーン、ポーン
十夜の足元に子供が遊ぶような小さな赤いボールが転がってきた。
「え?」
そのままコロコロと学校のフェンスにぶつかって、止まった。
一体どこから?
ボールを拾おうと屈んだ時。
ズルッズル…ズズズズズズ…――
見えない何かが足に絡み付いてくる感覚。
右足が急に重くなっていく感覚。
それはいつもの感覚だった。
完治したはずの足の怪我が熱を持ったようにじくじく疼いていく。
「……痛い」
誰にも見せたことのない苦渋の顔が痛みの強さを物語る。
(もう
いつも
いつも、いつもこれのせいで。
なんでこんな足になってしまったんだ。
ズズズゥ、ズルズル……―――
忘れもしないあの日からだ。恨んでも恨みきれないあの日からずっと悩ませ続けている。
これが十夜の誰にも言えない秘密。
「こんな足!」
強く握り込んだ拳を振り上げた。
(……)
泣きそうになる目元にグッと力をいれた。
結局振り上げた拳はボールを掴んで、車道の反対側にある公園を見た。
誰もいないと思っていた公園には赤い服を着た少女が困ったようにこっちを見て立っていた。公園の周囲には親らしき姿は見当たらず、今にもボールを追いかけて道路を渡ってきてしまいそうだった。
「ちょっと待ってて今持ってくから!!」
ちょうど車通りもなく十夜は痛む足を引き摺るようにして車道に出た。
「はいこれあなたのでしょ?」
無事に反対の渡りきり少女にボールを返す。
「ありがとうお姉ちゃん」
ボールを大事に抱え込みと天使のような笑みを見せた。子供特有のぷくぷくとした頬に白い肌、なんとも可愛らしい。
「お母さんは近くにいないの?」
公園の中にもそれらしい大人もいなかった。
「おかあさんはしごとだからいつもいないよ。いつもひとりで遊んでるの」
そう言って受け取ったボールをポン、ポンと地面にバウンドさせて遊び始めてしまった。
「ねえねえここじゃ車が走ってて危ないよ、せめて公園の中で遊びなよ」
「・・・」
十夜の存在を忘れたように突然返事をしなくなった少女はしきりに赤いボールで遊んでいる。
ポーン ポーン
ポーン ポーン
「ねえここじゃ危ないってば」
背中を押して無理やり公園に連れていこうとしたがするりと避けられてしまう。
「こら本当に危ないんだって」
言っても聞かない少女にほとほと困っていた。
(だれか大人が来るまでここにいないとなのかな~)
まだ外周も終わらせていない。いつまでも体操服でここにいるわけにもいかない。
「お姉ちゃんもいっしょにあそぼうよ」
その無邪気な言葉に脱力した。
「あのねぇ~、お姉ちゃんはこれから学校に戻らないとだから遊べないよ」
「お姉ちゃんはいつもそればっかり、それってあたしとあそぶのよりも楽しいことなの?」
いつの間にかボール遊びを止めてクリッとした大きな瞳で十夜を見上げていた。
「どっかで会ったことあったっけ?」
「―――…」
何も言わず首を傾げた。
それだけ見るとただ可愛いだけだったのかもしれない。さっきまで天使のように思えた女の子の笑みに嫌な寒気を感じた。
(それにさっきからなんだろう、絶対に見覚えないはずなんだけど)
この少女と似た子にどこか心当たりがある気がしてきた。
「ま、まあ、ここで遊ぶのもほどほどにしなよアタシはもう行くから」
今度こそ女の子が公園の中で遊んでくれることを信じて少女に背を向けた。
「お姉ちゃ~ん」
ぐらりと体が傾いていく。
「は?」
一瞬眩暈かと思ったがそうではない。
背中に強い衝撃を受けた気がした。
ジ…ジジ
「ば…ジジ―…いばぁ…ガ、い」
ガガ、ガ、ガ…ジ、ジジ――
ラジオもないのにノイズが混じったような耳障りな音が十夜の耳に入ってくる。落ちながら振り返った場所にはさっきまでの少女はいなかった。
鉛筆でぐしゃぐしゃと書き殴ったような潰れた顔のナニかがそこにいた。
『 子供と車には気を付けよ 』
つい最近誰かに忠告されたような気がする。
誰だっけ?
思い出しかけたけど、もう遅すぎる。
何処かで動物の鳴き声がしたけど、クラクションと急ブレーキの音がけたたましく鳴り響いて掻き消された。
目の前が真っ暗になった。
―――
――
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