【第17話】自主的悪事


 ―― 深夜0時 ――


 隣町の中心部から外れた場所にある小高い山。

 名前はない。

 昔から他の山よりも断然小さくそれでいて他の山よりも緑が断然に多い不思議な山。

 しかしその人目に付かないことを悪用して山には不要になった家電や家具といったゴミの不法投棄が後を絶たなかった。

 悲しいことに人知れずこう呼ばれた【汚山】と。



 その汚山の麓。

 防犯灯が切れかけた電柱の傍に二人は立っていた。

 持っていた懐中電灯をつけ、山の中を照らすと真っ暗な闇の中ぼうっと石段が浮き上がる。懐中電灯の光でも分かるくらい山の中には不法に投棄されたゴミが散乱としていた。

「少し歩くと思うのでゴミは避けながら足元に気を付けていくしかないですね」

「そうですね転んだらには致命傷ですしね」

 石段を見上げた。

「なんていうか見るからに出そう……夜の山ってなんでこんなに怖いんですかね?」

「……」

「それは暗さと人の心理がそう見せるようですよ。お墓や暗い池などは昼間はそうでもないのに、夜になった途端何か出そうという人の恐怖心と視覚情報がそう思わせる。脳の錯覚です」

「……」

「おや、あそこに狐の像がありますね?」

「え? どこですか」

「ほらそこです。灯りで照らしてますが分かりますか?」

 目を凝らした先には微かに石の像が建っていた。

「ホントだ、でも狐かどうかまでは分からないな。緋天さんは目が良いんですねアタシも良い方だと思ってたけどさすがに暗いと見えないなぁ」

「………」

「八花君さっきから喋ってないけど大丈夫、調子悪いの??」

 その機嫌の悪さを隠さず「どうしてここにいる?」と当然のような顔でここにいる十夜を鋭く睨んだ。

「私は家から出るなと言ったはずだが?」

「言ったけどべつにアタシ返事はしてないし。それに今夜ここに来るって八花君が自分で言ってたよね。今夜が一体何時なのか分からなかったから緋天さんに聞いたんだけどやっぱり答えてくれなかったし、しょうがないから四時間前からここで待機してた。さすがに家を黙って出てくるのに骨が折れ」

「君がどうやってここに来たかは聞いてない。どうしてここに来たのか聞いてるんだ」

 明らかに怒気を含んでいた。

「お、怒ってる?」

「私の感情なんてどうでもいい。こっちは依頼で、仕事で来てるんだ、もし君が遊び半分でいるのなら仕事の邪魔だ。今すぐに緋天に連れて帰ってもらう」

 これ以上進むな。

 本気の警告だった。

 だけど十夜も負けていなかった。

「遊び半分なんかじゃない。アタシのケジメの問題なんだから」

 ケジメ? と緋天が聞き返す。

「ずっと気になってたんです。どうしてアタシの問題に、アタシの知らないところで、勝手に話が進んでるのか。誰かも知らない人がどうして貴方達に依頼してアタシを助けようとするのか」

 ずっと疑問だった。

「それが今君がここにいる理由に関係しているの?」

 間髪入れずに八花が追及するが負けん気だけは人一倍ある十夜は反射的に言い返した。

「ハッキリ言って貴方達は胡散臭い!」

 人に指を差してはいけないはこの際無視する。

 それで、と八花が冷静に聞いた。

「信用出来ない、この目で確かめないことには。全然信用出来ないんだから」

 ふぅ、と頭を掻いた。

「別に胡散臭くても君に信用されてなくても、こちらはさして問題ないんだが? 私達は君じゃない別の人の依頼で来てるんだから」

 正論過ぎて何も言い返せなくなる。

 それでも十夜にはここに留まるだけの理由が、言い分があった。

「もしかして貴方達に依頼したのって前にここでアタシに声を掛けたその人なんじゃないの?」

 八花が黙った。

 否定しない。つまり――

「……アタシ今まで危ない目に沢山あってきたけど、間一髪のところでいつも誰かに助けられてた、気がする。見守られてたというか、いつも誰もいないし、本当に助けられてのかどうかもよく分からないんだけど。でも、もし去年のアタシを止めてくれたのが貴方達に依頼した人だとしたら、その人に会ってちゃんとお礼が言いたい」

「君の言い分は分かったけど、それは自分の身を危険に晒してでもすること? 阿保らしい」

 呆れた考えだと頭を振った。

「ありがとうございましたって私から言っておくよ。それで」

「いいわけないでしょ!」

 十夜は八花に詰め寄った。

「あの時止めてくれたことも貴方達に依頼したことも全部含めてお礼を言いたい。それを当事者のアタシが何も知らずにのうのうと家でジッとなんてしてられないじゃん!」

 必死だった。八花がうんと言うまでここを離れるつもりはなかった。

「あっちは別に何とも思ってないと思うけど?」

 それに一緒に来ても顔を出すかどうか、と困った顔だった。

「絶対に来ると思うよ。だって報酬のこともあるし、塗りに来るでしょお面!」

「それは」

 口ごもった八花にクツクツ笑う人がいた。

「八花さんもうそれくらいでいいじゃないですか」

 二人してその人を見ると笑いが抑えきれなかった口を隠す緋天だった。

「緋天……君も何を言ってるんだ」

 じろっと睨む。

「今から家に帰しても彼女なら走ってでもここに戻ってきてしまいそうな勢いですよ。ここにいる以上我々と行動した方が安心なのは八花さんも分かっているでしょうに」

 しばらくして八花の小さな溜息と「言った通り頑固だ」という聞き捨てならない言葉を聞いた。

「ちょっと誰が頑固だって?」

「依頼主が君のこと…というかは得てして頑固者だって言ってた。こうと決めたらテコでも動かない」

「アタシよりも姉の方が絶対頑固だけどね。というか一族って」

「はあ、いつまでもここにいる訳にもいかない」

 これ以上の質問は受け付けない、というように肩に置いた手を退かされ疲れたように暗い石段を登っていった。

 戦線離脱とも取れる空気に「え、え?」と石段を登っていく八花と、緋天を交互に見比べた。

「帰れ」と言われなかった。

 つまり――

「ほら何してる。さっさと行くよ

 そう言って石段の上で振り返った。

「う、嘘、付いて行っていいの?」

 呆然とする十夜の背後では「良かったですね」と称賛する声。

「あの八花さんが根負けするなんてすごい事ですよ。少なくとも貴女の熱意は伝わったはずです。ですが、本当に付いてくると言うのであればくれぐれも私達から離れないでください。私と八花さんの指示には絶対従って下さい」

 笑っている印象が強い緋天の真剣な表情。

「十夜さん守れますか?」

「は、はい絶対守ります!」

 約束ですよ、とさらに念押しされ先を行くよう促された。

 石段の途中で待っていた八花を急いで追いかけた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る