【第1話】 占悩路地裏



 布越しで顔どころが姿すら見えない相手。そこにホントにいるのかと不安になってきたところにいきなり占い師の短い悲鳴を聞いた。


「あんたこのままだと確実に――…」


 その言葉の意味に気付くのにそう時間はかからなかった。




 最初はただの噂だった。

 巷の中高学生の間だけでめっぽう当たると噂された占い師。店は【木漏日こもれびの館】と言って噂が噂を呼びテレビ番組でも特集されるまでとなり、テレビを見た人達が「是非占って欲しい!」と何の変哲もないこんな小さな町に他県からも占いを希望する人達がドッと押し寄せるまでの人気な占い師となってしまった。普段から何時間も待ち時間が当たり前になっていたのだが今日に限って並んでる人もそこそこで、ぼんやりと住宅街の街並みを眺めているうちに案内人に名前を呼ばれ念願の【木漏日の館】の中へと通された。

「こんなにすぐに占って貰えるなんて今日はとってもツイてる」と案内人の後ろで小さく鼻唄を歌ってしまうほど心底浮かれていたのだ。

 ――その結果を聞くまでは。




 【木漏日の館】は近くに住宅街が在るにも関わらずどういう造りになっているのか周囲は音という音が全くせず館の中も何処となく薄暗い。館といっても想像するような西洋の館などではなくどこにでもあるような少し広めの一軒家、決して大きくはない敷地で案内人に付いていくと待ちに待った占い師にご対面――とはいかなかった。

 案内人はその部屋に通すと静かに扉を閉めて部屋には占い師と相談者の二人だけになった。

「どうぞ」

 声だけで占い師は部屋び中心にある一人掛けの椅子へと促した。まるで面接でもするような緊張感に相談者も生唾を飲み込んだ。

 占い師本人はメディアにも絶対に顔見せはせず、勿論相談者にも薄い布を隔てて対話をするので男か女か、はては見た目、年齢すらも不詳の人物。女性的にも男性的にも聞こえる不思議な声色。

 自然と相談者は必要なこと以外を口にすることが憚られる。そんな厳粛な空間では衣擦れの音すらも大きすぎた。

 闇色の布の向こうで目が合った、気がした。

 その途端に占い師自身も驚く恐怖も怯えも含んだ言葉が飛び出した。相談者は声が息をするのも忘れて、少しして気を取り直した占い師が姿勢を正す音も、小さく咳ばらいをするのも全部聞いていた。正確には耳を通り過ぎていった。

 続く占い結果も最初に言われたことの衝撃が大きすぎて折角待ち望んだ占いも結局耳に入ってこなかった。




 やっと息を吐けたのは館から出てすぐだった。

「…………まさかあんな結果になるなんて」

 丸っきり


『あんたこのままだと確実に――…』


 有名な占い師だ、ホントなのかもしれない。


『あんたこのままだと確実に――…?』


 占い師に言われた不吉な結果を振り切るように夕暮れの迫った住宅地から逃げ出すように最寄りの駅へと速度を上げた。

 空が暗さを増してきていた。連なる様に住宅の屋根の隙間から夕陽が見えているけれどもうじきにその明かりもなくなる。

「あんたはすぐに周りが見えなくなるんだからこんな時間に帰ってくるの。いい? あんまり帰ってくるのが遅いとお化けが攫いに来るんだから」

 その頃はそれを聞いて大泣きした。それからしばらくは夕方になる前に家へと帰ったものだ、小さいながら姉の言う怖い話程真実味があるものはなかったからだ。

 この夕暮れ時を昔の人は【逢魔おうまとき】と呼んだ。

 妖怪や幽霊といったヒトならざるもの出会う時間、とても不吉な時間帯などだと後になって調べた。

 月日が経てばさすがに忘れることで、すぐにその忠告めいた脅しは効果がなくなるのは仕方ない。

 

『死ぬよ?』


 昔の姉の忠告がどうして今になって蘇ったのか答えは明白だった。

 占い師の不吉な言葉が耳の奥に木霊こだまして消えない。いつもはなんとも思わない空なのにまるで近付く夜の闇が全てを食らい尽くそうとする。

 馬鹿らしい、と鼻で笑える余裕がない今は陽が落ちる前に駅に行くことしか考えられなかった。


 ⁂


 ドッドッドッ、自分の心臓の音が間近で聞こえる。帰宅ラッシュに巻き込まれたことはむしろちょうど良かった。電車に揺られること数十分、目的の駅に着いたことを報せるアナウンスを聞きながら扉が開くのを待った。



 ピッと電子音を鳴らす改札を通りすぎ、併設された見慣れた駅前の商店街の灯りを見たら後ろが渋滞するのもお構いなしにその場で足を止めていた。横を避けていくスーツ姿の帰宅者達の「邪魔だ」と言わんばかりの視線も目に入らず、早鐘を打っていた心臓と高ぶった気持ちがようやく落ちつきをみせ始めた。

 それは駅員に声をかけられるまで続いた。



 駅と併設している商店街へ続く短い階段を下りた。

「そうだ今日漫画の発売…日…――」

 今日の事を無理矢理頭からから追い出し発売日だった漫画の事を思い出した時、どこからか聞き覚えのある声が耳を掠めた。 

 無意識に声のぬしを探してしまい、見つけた先は今しがた向かおうとしていた本屋の前に同じ学校の制服を着た男子生徒達がたむろしていた。

 それは今は会いたくない人物もいて、咄嗟に違う店に入って時間を潰そうとしたが失敗した。目ざとくその人物がこちらに気付いて手を振ってきたからだ。

「亮平」

 幼馴染みの島風しまかぜ 亮平りょうへいだった。

 他の男子も亮平に吊られるように振り向いた。同じ学校の生徒でしかも全員見覚えわけで亮平の後ろでひそひそ話し合ってるのが見てとれた。

「あれって隣のクラスの…夏目なつめ十夜とおや?」

 一人が隣で雑誌を読む男子に話し掛けていたが「ふ~ん…」と興味なさそうに手元の雑誌を捲った。

「え、え、夏目って亮平の何!? どういう関係?」

 亮平の首に腕を回しながら「彼女?」「彼女?」としつこく聞いてくるクラスメイトの頭をはたきながら「違ぇよバカ、幼馴染みの腐れ縁」と昔から聞き慣れている質問を慌てもせずに冷静に否定した。

 まさか部活帰りに出会すとは。

 愛想笑いを浮かべ何かを言われる前にどうにかこの場を切り抜けようと視線を反らせた瞬間。

「………」

 十夜を睨み付ける一人の男子と目が合った。

「…あ」

 同じ部活の亮平と仲のいい桐谷きりがや しゅん。桐谷だけは周りの会話に入らずただ十夜を睨んでいた。


「良いご身分だな」とそう言っているようで

 親の仇のような目で

 責めてくる


「十夜~、…」

「…ぁ」

 足が一歩後退した。


 折角忘れようとした占いを亮平の言葉に間接的に思い出させてしまう。

『死ぬよ?』

「十夜?」

 奇しくも同じタイミングで無意識に足が震えた。

 亮平の言葉を聞きたくなくて、周囲の目から逃げ出したくて。堪えきれなくなった十夜はお店でもなく、お店とお店の間の細い路地へ走っていく。

「あ、おい 十夜!!」

 呼び止める亮平には悪いが止まる気なんてさらさらなかった。今出せる全速力で彼等の前から逃げ出した。


 奥へ


 奥へ


 狭くて走りにくい路地をただがむしゃらに疾走していった。

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