月に手を伸ばして
ロッソジア
第1話 コンビニで出会った少女
「まもなく最終電車が参ります。白線の内側までおさがりください」
毎日毎日、残業をして最終電車で帰る日々。今日も安定して灰色の日だった。
今日は金曜日。部長は同僚を連れて定時に飲みに行き、同僚はその誘いに乗り俺に仕事を押し付けていった。その仕事のせいで俺は今日も終電帰り。彼女もいない1人暮らしの寂しい日々。
周りを見れば同じように疲れ切ったおっさんばかり。しかし、電車の中は繁華街の次の駅だからか飲みの帰りの人たちで少し混雑していた。
疲れ切った顔をして俺はその電車に乗り込んだ。酒によって寝てしまっているおっさんやこれから2人で夜を過ごすのであろうカップルの空間はとても空気がよどんでいて吐き気がしそうだった。
「はあ、やっと今週が終わった。いい加減やめようかな、この仕事」
そんなことを毎週、毎週つぶやいているが未だ何も行動は起こしていない。実家からの仕送りも絶えて久しく、今はもう孫の顔を早く見たいというチャットばかりがやってくる。大事な要件以外はもう見てもいない。
「実家に帰るのもな。今更感はんばねーしな」
半端な覚悟のまま都会に出て、半端な人間のまま終わっていく人生。そんな自分が嫌でしかたなかった。しかし、今更これと言って何かできる才能を持ち合わせているとも思えなかった。
なんてことを考えながらとぼとぼ電車を降りて歩いて最寄り駅からの道を帰っていると視界の端に女子高生の制服が目に留まった。それはこの辺では有名な進学校の服だった。朝にはよく部活などで登校していく姿を見かけるため記憶に残っていた。
「ったく、世の中も末だな。こんな時間まで女子高生が出歩いているとか」
自分には何も関係ないことと割り切り、翌日の朝食と少しの夜食を買うためにコンビニへと入った。店内へ入りパンのコーナーへ向かうと先ほど見かけた女子高生が後から入ってくるのが見えた。そして近づいてくると
「おじさん、これ買って」
と言い出した。突然のことでわけがわからなくなった。しかし、コンビニの店員の目が不審者を見る目になったことだけははっきり分かった。
それも当然だ。こんな夜中に、女子高生を連れて「おじさん」なんて呼ばれていたら俺でも不審に思う。
「わかった。だから少し待って」
とだけ言い俺はすぐに自分の分と彼女の分をレジに持っていき会計を済ませた。
怪しまれずにするにはすぐに店を出ることだと判断したからだ。
あーあ、ここには当分来ることができないな、と思いながら会計を済ませ彼女を連れて外に出た。
「ありがとう!おじさん。よかった、やさしい人で」
と言うとレジ袋の中からパンを取り出すと食べ始めた。俺はそれを見ながらとりあえず思ったことを口にすることにした。
「あんなところで急におじさんとか言わないで欲しいのだけど。だいたい今日初対面だよね?」
「うん?たぶんそうだよ?私は見たことないと思う。それとも何?いたいけな女の子をこんなところでナンパしようとしているの?」
ととんでもないことを口にした。
「そんなつもりじゃねーよ。ただ急にあんな風に声をかけられたから驚いただけだ。それ食ったらタクシー呼んでやるからとっとと家に帰れ」
とスマートフォンで電話アプリを開きタクシー会社の電話番号を調べた。
「帰れないよ。私の家は遠いところにあるのだ。それこそ1日2日じゃ着くことのできない遠いところに」
と彼女はまるで故郷を捨てる覚悟をした顔をしていた。
俺はその顔をみて思わず
「どこに家があるのだ?」
と質問をしていた。彼女は
「月」
とだけ答えた。
あほらしいと思った。どうせ親と喧嘩したとか親がろくでもないしで帰れないとかだろうと思った。
この時、俺は何を考えたのだろうか余計な一言を口走っていた。
「1日くらいなら泊めてやろうか?」
「え?」
俺はしまった、と思った。会ったばかりの男の家に簡単に泊るような人間がいるわけないと思ったからだ。しかし、彼女は
「いいの?」
と期待した顔を向けてきた。もう乗りかかった船と思い、
「ああ。ただし1日だけだ。俺はお前に何も干渉しないし、お前も俺に何も干渉しない。これが絶対条件だ」
と言うと彼女は満面の笑みを見せ
「わかった。1晩だけですがお世話になります」
と言った。俺は少し気まずい気持ちでそれを見ながら
「行くか」
とだけ言うと自分の家へと歩き出した。
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